表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/123

39.世界の■音


「しッかし――まさかそんなことになッてるとはな」


「こちらとしては、グラルド卿が都合よくホカリナ付近に来ていること自体、不思議だがな」


「そりゃァ、王族は面倒くせェって話だろォが」


「――意味は分からないが、私以外の前では言うなよ? 不敬罪だ」


 別室に移動し、状況を説明されたグラルド卿は、まさかの現状に顔を顰めた。

 何らかの戦闘が起こっているらしいことは感覚で分かっていたし、恐らくは面倒ごとに巻き込まれているのだろう、と言う推測こそしていたが、まさかフェナリが『幻術』に堕ちて敵側に回っているなどとは、想像もしていなかった。


「だが、嬢ちゃんがこッちに敵対するッてんなら、よく生き残れたな」


「その点は、シェイドの健闘ぶりだな。逆に言えば、シェイド以外では善戦すら出来なかった」


「ハッ、そりゃァそうだ。あの嬢ちゃんだからな。シェイドも、善戦できたなら及第点だろォよ」


 フェナリの強さは、グラルド卿も認める。あれは騎士団でも有数のものだった。それどころか、グラルド卿にとってはシェイドがフェナリ相手に善戦できていたという事実が驚きだ。先日手合わせをした時の感触を考えれば、シェイドでは少し届かないかと思っていたものだが。

 やはり、『幻術』の下にある時点で、本領は発揮していないか、とグラルド卿は考える。――と、そんなとき、アロンがグラルド卿を正面から見据えた。


「――だが、フェナリにも、グラルド卿は勝てるだろう?」


「――。任せとけッて。俺ァ手合わせで嬢ちゃんに勝ッたんだ」


「それでこそ、だ」


 シェイドには申し訳ないが、彼で善戦できたというのであれば、そのフェナリはグラルド卿にとって難敵ではない。本領を発揮したフェナリにも、グラルド卿は勝つ自信があるのだ。

 そもそも、負けるわけにもいくまい。グラルド卿が自らの騎士剣に何を籠め、何を求めようとも、その騎士剣は民衆にとって、周りにとって、間違いなく希望なのだ。それを自覚するからこそ、グラルド卿は黙ってその希望を遂行する。


「――やるか。手合わせの、再戦ッてわけだ」


「ああ。奪還戦を、さっさと終わらせよう」


 この二人のタッグが組まれた時点で、勝利が確定したも同然だ。

 しかし、そう簡単に一筋縄ではいかないのも、事実。そのことを証明するかの如く――、


「――何だ、外が騒がしいんじゃねェか?」


「ふむ、何やら――嫌な予感がするな」


 お互いに短く言葉を交わして、アロンとグラルド卿は小走りで外へと出る。

 騎士団演習場の正面の広場、恐らくは日々騎士団の練習試合などに使われているであろうそこに、なぜか引き寄せられるような気がした。音がしていたように思えていたが、実際に外に出てみれば誰もいない。


「あそこで、何が――」


 アロンの疑問、その答えはすぐに示される。それは、信じがたいと同時に、いつかは来るはずのものだった。確かに、ずっと鳴りを潜めていたのがおかしいのだ。



「いやぁ――暇になったもんで、来ちゃったよ」


「『幻術使い』――!?」


 その姿は、最後に見てからそれほどに時間のたっていないものだ。しかし、随分と久方ぶりに見える、というのはこの時間が濃密すぎるからだろうか。

 そんな感慨も、今は放置せざるを得ない。それほどに、目の前の状況は――、


「グラルド卿――ッ」


「王子殿下」


「あの男が『幻術使い』だ、全ての元凶――」


「あれは、『幻術』です」


「は――」


 短いグラルド卿の言葉に、アロンは続く言葉を詰まらせる。そして、静かにその言葉を咀嚼し、目の前の状況を反芻してみれば、そこに『幻術使い』はいなかった。

 

「――。嫌だねぇ、『紫隊長』ってのは」


「光栄だな、化け物にそう言われるのは」


 誰もいない場所から、『幻術使い』の声が聞こえてくる。それはある一か所から聞こえてきているように思えながら、しかし四方八方のどこからも聞こえてきているように思えてくる。不思議な感覚に、感覚が蝕まれるような気がした。

 しかし、ここで耳を閉ざす訳にはいかない。耳を閉ざせば、『幻術使い』を前に状況を呑み込もうとする意志を捨ててしまうことになる。


「何が、目的だ――『幻術使い』」


「うぅん、特に理由はないよ。強いて言うなら、最初に言った通り」


「『暇になったから』か?」


「そういうこと。あとは――」


 あまりに軽佻な『幻術使い』の言葉に、アロンは精神を削られる思いを味わいながらも言葉を交わす。しかし、その答えもまた軽薄が過ぎるもので、この会話にも意味があるのか、と疑わざるを得なくなった。だがやはり、会話を簡単に打ち切るわけにもいかない。

 だから、アロンは一度切られた『幻術使い』の言葉、その続きを待つ。



「あとは、気になることがあって。――なんで君らは、あの少女を救う気でいるのか」


「――それは、どういう意味だ」


 恐らく、『幻術使い』の発言に何ら悪意はなかった。単なる、好奇。本当に、気になっただけなのだ。しかし、その言葉は当然のようにアロンの神経を逆撫でした。

 どこにいるのかも分からない『幻術使い』に対し、アロンの怒気が全方位に向けられる。しかし、『幻術使い』はどこかで、へらへらと軽佻な態度を崩してはいないだろう、と予想できた。予想できるからこそ、やはり苛立ちを避けられない。


「どういう意味だ、『幻術使い』」


「――そのままの意味だよ。少女は『敵』になった。見ただろう、君らも。彼女は、君らの主戦力すら相手取ってしまう、化け物だ」


 その声音は、アロンの神経を確かに逆撫でしながらも、しかしアロンを諭すかのよう、正しいことを言い聞かせて宥めるような、そんなものだった。『幻術使い』は、本当に疑問に思っているのだ。『敵』となり、アロンたちを滅ぼしかねない力を持ったフェナリを、アロンらが救おうとしていることを。

 それは、完全なる価値観の隔絶。アロンらと『幻術使い』――その間にある、埋められない溝の証明だった。そのことを、アロンもまた、理解する。


「フェナリは、化け物ではない。フェナリは、敵ではない。――フェナリは、変わらず私の護るべき人、唯一婚約を望む人。救う理由は、それで事足りる」


「――――」


「舐めるなよ、『幻術使い』――お前が敵に回したものは、単なる一個人ではない」


「――。そうだね」


 アロンが、冷静なままに啖呵を切る。その啖呵を聞き切って、しかし『幻術使い』はその言葉に何ら心を動かされた様子なく、軽薄に言葉を返した。

 と言っても、その言葉や態度に示されはせずとも、アロンの言葉に思うところが何もなかった、と言うわけではないらしい。それは、軽薄な言葉を返す直前に生まれた沈黙が証明していた。珍しい、『幻術使い』の沈黙、逡巡だったかもしれないそれは、彼がアロンの言葉に何かを感じ、考えた証拠だ。


「そうか、そうか――。それが、君らの考えか」


「――――」


「いやはや、感じ入ってしまったよ。実に、愉快な気分だ。知らない感覚、知らない価値観、知らないものばかりだ。この世界に来てからというもの、退屈しなくていいね」


「……まるで、別世界から来たかのような言い草だな」


「――そうかもしれないね」


 突然に気分を高揚させ、饒舌さを極める『幻術使い』の様子に、アロンは結界術師カーン・キルティを幻視する。彼を尋問した時の、明らかなる狂気。それと似たものを、『幻術使い』からも感じた。

 違う価値観を知れたこと、それを僥倖だ、愉快だ、とするのはアロンでも理解できる感覚だ。しかし、アロンと『幻術使い』で異なるであろうことは、価値観の違いを認め、擦り合わせて行こうという意思が、それ以降に生まれるか否かという事。

 『幻術使い』は、価値観の違いを知ろうとも、それを今後に生かすことはないだろう。それは、やはり彼の持つ異常性、明らかに他と隔絶された異常な価値観のせいだ。


 だが、だからと言ってアロンは引き下がるわけに行かない。

 目の前にいない、声だけ聞こえる相手。その『幻術使い』から、可能な限り情報を得なければならない。だからこそ、アロンはまだ諦めずに『幻術使い』という異常な存在と相対する。神経を逆撫でされ、その心を何者かに蝕まれる感覚に苛まれながら、しかし相対を続ける。


「こちらが答えたのだ。次は、そちらであろう」


「――そうかな、そうかもしれないね」


 アロンは、この理論が通じるかすら怪しいと思いながら、小さな可能性に賭けた。そして、アロンはその賭けに勝ったのだ。実際に答えが返ってくるかは分からない。しかし、問いかける権利を与えられた、というだけでまずは僥倖。

 そして、尋ねるべきは何かと、そう逡巡して――、


「お前は、何者だ。――『幻術使い』」


「――――」


 それは、アロンの考えから唯一ずれてしまった、問い。本来なら、もっと尋ねるべきものがあったのかもしれない。本当に尋ねるべきは、正体でなかったのかもしれない。しかし、アロンの根本にある、本能的な衝動が、『幻術使い』の正体を求めていた。

 改めて問いかけるまでもなかったかもしれない、その問いを受けて、『幻術使い』もまた沈黙を返す。


 こんなことなら、もっと相応しい問いを投げかけるべきだったか、と早くもアロンが後悔する。しかし、アロンが危惧したこと――『幻術使い』が問いにも答えずに姿を消す、ということは最低限起こらなかった。


「今は、愉快だからね。愉快爽快愉悦の至り――だからこそ、誰にも理解されない名乗りを挙げよう」


 『幻術使い』は、心から愉快そうに声を弾ませて、そう呟く。

 誰にも理解されない、名乗り。そう聞いて、アロンが疑問を感じながらも静かに、その続きを待つ。その答えが、確かにフェナリを救い、今後『幻術使い』を討滅するのに有用であると信じて。


 瞬間、アロンらが見据える真正面の少し上側――ホカリナ王城の、頂点に人影が生じる。

 それが、『幻術使い』の姿だと、その場の人間が気付くのには大して時間がかからなかった。


「――『幻術』ではありません。ですが、私でもあれァ遠いですよ」


「……仕方がない」


 グラルド卿の言葉が、その『幻術使い』の姿を、確かに『幻術』でない、本物であると認める。その言葉に、多少の動揺を感じながらも、アロンは冷静に判断した。

 名乗る時ばかりはその姿を現すなど、変なところで律儀なものだ、と感心とは決して言えない感情を抱いて、アロンは確かにその姿を、遠く離れていながら何故かはっきりと見えるその軽薄な表情を見据える。


「――聞こうか、お前の『誰にも理解されない名乗り』を」


 アロンがそう言って、『幻術使い』の名乗りを促す。そして――、





















「――『三大華邪』が一角、我が名は『厳籠(げんろう)』。覚えておいてくれよ、人間」











 ――世界に、雑音が走った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ