29.最悪の成就
あけましておめでとうございます、村右衛門です。
今年の初めはこの小説で迎えることが出来、うれしく思います。
小説本編は不穏なまま進んでいますが、読者の皆様の実生活は良いものになりますように……
アロンを狙って放たれた鋭すぎる剣戟。
放った下手人は――フェナリ・メイフェアス。
◇
時は、会談の開始から遡る。
ホカリナ王城の一室、幻術によって隠遁しているその部屋で、少女は絶えず呻いていた。
自らの存在する世界を理解するための要素が何もないという地獄。熱くも冷たくもない世界、平らでも凸凹もしていない世界、色がありながら透明な世界。
『何もない』世界で、少女は彷徨っていた。
「――。そろそろ、頃合いかな」
少女を上から見下ろすのは、これから全ての元凶になりに行く、『予言者』だ。
彼は少女の状態をしばらく観察して、自らの決めた基準に達していることを確認。次の段階へと、ことを進めた。
「幻の灯籠――。破滅の絆――。厳格なる揺籠――。」
『予言者』の口から語られるのは秘術の詠唱というより、呪詛に近いそれ。この世界における魔術や騎士術ともまた根本を違える秘術。
「魂魄――『囚われの幻籠』」
言い切って、『予言者』はふぅ、と一息ついた。
呪詛を述べ、術を正式な段階を経て成立させる。そんなことをすることは彼にとっても少ないことだった。いつもであれば、簡略な発動で事足りるのだから。
しかし、この少女を前にしてそんな油断をすれば、間違いなく命取りになる。念には念を、ということだ。
そして、『予言者』は最後の段階を終えた。
それは、遠大でも何でもない、簡単な計画。約一ヶ月前から始まった、数十年単位の計画に過ぎない。けれど、その計画が少女を滅ぼす余波に、一つの大国を轢き潰すのだ。
「『予言』が成就すれば、どうしようもなくなる。既成事実を前に、情など何の役にも立たないさ」
そうだろう? と『予言者』は少女に問いかける。しかし、やはり返事はない。
「行こうか。君の好きな、『怪物』のところへと――」
◇
「――っく……ハァ!!」
鋭い金属音が空間を切り裂いた。同時に、シェイドが力任せに剣を振り切り、放たれた剣戟を押し返す。
咄嗟の反応にしては優秀すぎる、シェイドの剣。しかし、それも彼女の剣戟の前では肩慣らしに瀬戸際で対応できる程度にまで薄れる。
静かに、彼女は妖刀を構えた。
その明瞭すぎる攻撃の予備動作に、シェイドの緊張も高まる。背後には護衛対象であるアロンが、彼女の妖刀の間合いにはホカリナの国王をはじめとした要人たちがいる。彼らを守りつつ、相手を――
――彼女を、どうすれば
敵として討滅すべきなのか、被害者として保護すべきなのか。現状、それは分からない。
フェナリは、元々野望を持ち、謀略を腹の底に沈めて絶好の機を待っていたのかも知れない。そして、この日、『予言者』と共謀して叛乱を起こした可能性だってある。
「王子殿下……! ――ご指示を」
非道だとは知りながら、シェイドはアロンからの指示を待つ。当然、相対しているフェナリから視線も意識も外さないままに。
後ろからはアロンの逡巡が色濃く感じられる。彼もまた、現状を正しく把握できてはいないのであろう。
その逡巡、困惑を、横っ腹から殴るように――
「――教えてあげよう。彼女は、私の『幻術』で錯乱しているだけ。――君らの、味方のはずの少女さ」
『予言者』の言葉に、アロンとシェイドの考えは決まる。しかし同時に、恐ろしく難度の高い状況に放り込まれたのだと言うことも分かった。
難度のみの話をするなら、フェナリを制圧するだけの方が圧倒的に簡単だ。彼女にかかった幻術を解き、その時まで殺さず傷つけず戦うよりは。
「――蒼花一閃・朝顔」
方針は決まった。しかし、定まった目標を達成するための方策を話し合う時間は、与えられることがない。話し合いをする意図を見せるより先に、フェナリからの剣戟が飛んでくる。
圧倒的な範囲攻撃。それを、シェイドは脂汗を滲ませながらどうにか受けきった。しかし、初撃よりも勢いの増したそれに、シェイドの息は上がる。
圧倒的すぎる戦力差に、シェイドは歯噛みするばかりだ。
「『予言者』……殿? 『幻術』というのは――」
ディアムが、何事が起こっているのか把握できず、困惑を前面に出した表情を浮かべて『予言者』に尋ねた。その視線は、すぐそこで行われるフェナリとシェイドの命の削り合いには向かない。その瞳は揺れながらも『予言者』を見据え、信じられないものをどうにか信じようとしているように見えた。
そのディアムの質問に、『予言者』は軽い笑顔を浮かべてみせる。その表情の柔らかさに、ディアムが一瞬表情を緩めて――、
「なに、まだ私が『予言者』と?」
「ぇ……」
「全て、『幻術』だよ。――山脈の雪崩、辺境の暴徒、ほかに何があったっけな。まぁいいか。そういうもの全て、『幻術』で私が予言して成就したかのように見せた、それだけ」
「いや……なにが、そんな……?」
「君らの思考は揺るがしやすい。それら全て、私の目的のために利用させて貰った。フェナリ・メイフェアスの殺害、というね」
ディアムの困惑、そして口を挟むことはないホカリナの要人たちの困惑困惑困惑。
それらを嘲笑うようにして、『予言者』――否、『幻術使い』は全ての種明かしをしてしまう。急に与えられた膨大すぎる情報に、ホカリナの面々は勿論、アロンたちも困惑の表情だ。
困惑しきっていたから、当然のように『幻術使い』が扉を開けて堂々と部屋から出ていくのを、誰も見とがめられなかった。
全ての種明かし。怒涛だったそれらを聞いて、しかし、ここでアロンには一つの疑問があった。
――何故、彼はフェナリの殺害を目的とするのか
普通に考えれば、それは生じて然るべき疑問だ。フェナリは確かに伯爵令嬢と言う立場ではある。しかし、それでも――他国の名も知らぬ人間に命を狙われる理由は想像つかない。
何もかも、アロンには理解できなかった。現状の全てが厳然たる事実でありながらも、アロンにとっては理解できない事実だ。同時に、理解したくない事実でもあった。
目の前の『幻術使い』が確かにフェナリを狙っていて、その『幻術』に陥落されたフェナリが、自分たちを認識できずに攻撃を仕掛けてくる。
それは、最悪だ。アロンの想像していた事態、その想像や予測、推測、全てのどれよりも最悪の事態。
「『予言』、か――これは、最悪の成就だな」
アロンの呟きは、シェイドとフェナリの剣戟、その間で交わされる金属音に掻き消された。
◇
「――第二小隊、包囲! 基本手を出すな、自分の命を守れ! しかしッ、外には出すな!!」
シェイドの叫びが会談を行っていたはずの会議室に響き渡る。突然、災厄の下手人となったフェナリを前に、臨戦態勢を敷いたのはギルストの騎士団だけだった。
基本的にはシェイドがフェナリと相対し、どうにか攻撃を横へと逸らす。他の騎士たちも時にはフェナリに攻撃を仕掛けるが、それのどれもが失敗に終わってきた。
そんな中、死地となってしまったその場で、ホカリナの面々は――ほぼ困惑に呑まれたまま動かない。アロンは何度もホカリナ国王に対してホカリナ騎士団、衛兵たちの動員を呼びかけるが、国王からの返事はない。
もしかすれば、彼らはフェナリとはまた別の『幻術』の中にいる可能性だってある。そうなのだとすれば、護りこそすれ、動かそうとするのは間違いだ。現状では、アロンたちは『幻術』を破る方法を知らないのだから。
「状況の、打破――まずは、フェナリ嬢と我々の隔絶、か」
最初よりは冷静さを取り戻して、アロンは状況を見据えながら打開策を考える。分からない要素が多すぎて、簡単には打開策を講じることが出来ないが、今わかる、少しの手掛かりから出来ることを進めていかねばならないのも、事実だ。
アロンが今考えうる最適の策は、消極的ながら『逃げ』の一手だった。アロンたちの大目標は『幻術』に対抗する術の何たるかを明らかにし、フェナリを『幻術』から救い出すこと。しかし、その目標は一手だけで達成できるほど簡単なものではない。
だから、まずは時間が必要なのだ。ギルストの面々、出来るならば『予言者』についての情報を持っている可能性のあるホカリナの面々も含めて、現状の打開について話し合う。その時間が。
「――ディアム国王! 『予言』の、打破のためッ、提案があります!!」
「――――」
「ホカリナ王城を一時放棄、フェナリを中に閉じ込め、戦力を十分に準備してから奪還します!!」
「――無駄だ」
ディアムの口から出てきた言葉に、アロンの表情は険しくなる。しかし同時に、ホカリナの面々がたんに困惑しているだけで、『幻術』に落ちて判断力や思考力を完全に失ったわけではないのだという事は分かった。
「無駄ではありません! ひとまず、状況の打開のために――」
「無駄だ。『予言者』殿の、『予言』は――絶対だった」
「それも全て、『幻術』だったのでしょう?!」
「――っ、しかし!!」
「では何故! フェナリを暗殺するために結界術師を送り込んだ!! 『予言』を覆すためだ。過去の貴方自身が、『予言』の絶対性を覆しているはずです!!」
アロンの切った啖呵に、ディアムは少しだけはっとしたような表情を浮かべて、ふと立ち上がった。
金属音が鳴り響く、会議室。その中で、ディアムは口を開く。
「――撤退戦である!! 我々はアロン国王名代の提案に従い、ホカリナ王城を一時放棄! 及び閉鎖を行う!!」
やっとのことで立ち上がったディアムの言葉に、ホカリナの要人たちも表情を入れ替える。
共通認識として、フェナリを脅威とし、同時に『幻術使い』を全ての元凶、下手人として据える。そして、ホカリナ王城からの撤退戦を行うのだ。
「ホカリナ騎士団! 第一小隊、第二小隊は王城内の人間を全て外へ誘導! 第三小隊、第四小隊はギルスト騎士団に助力を!!」
ディアムの言葉に、ホカリナの騎士団を含む、その場の全員が動き出した。
撤退戦を行う、と言う理不尽な状況に対する屈辱的な決定。しかし、全員の命――フェナリの者も含んだそれらを守るためには、必要なその判断を、全員が呑み込んだ証左だった。
「フェナリ嬢――少しだけ、待っていてくれ」
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