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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第2章「予言者の国」

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24.ホカリナへの旅路


「嬢ちゃん――生にしがみつけ」



 グラルド卿は、一瞬だけ『紫隊長』としての鎧を脱いだ。

 裏家業としてのグラルドでもなく、王子の悪友としてのグラルドでもなく。その時の彼は、一人の人間としてのグラルドだった。


「人間の人生なんてモンは、いつかは無くなる。そりゃ、俺だッて嬢ちゃんだッて同じだ」


 それは、恐らくグラルド卿であれば口にしない考えだった。

 世界中で何度だって囁かれ、時に叫ばれてきた人生観だ。陳腐になり果てた、今更な表現だ。

 人生は短く、いつか無くなる。だから今を生きろ、死ぬことを恐れろ、生にしがみつけ。そんな言葉は、現実、非現実関わりなしに何度だって吐かれた言葉。

 そんな綺麗ごとを、自分が話すなどとは、とグラルド卿は自嘲する。


「人生なんてモンは、いつかは朽ちる花と同じ――」


「――――ッ」


「いつかは朽ちる花を、嬢ちゃん自身が手折るんじゃねェ」


 その言葉は、フェナリにとって致命的だった。

 急所に刺さるナイフと同じだ。それほどに、強かった。

 

 ――いつかは朽ちる花を手折る


 いつだったか、雅羅が口にした言葉だった。

 妖術を使って魂を削る花樹(フアシュ)は、本来より早く死ぬ。その花樹(フアシュ)を、わざわざと殺そうとする。つまりはいつかは朽ちる花を手折る――そんな人間の愚かさを愚嘲するための言葉だった。

 まさか、その言葉が自分に向けられる時があるとは、思わなかった。


「生に、しがみつけ。戦場なんてのは折れた花だらけ。本当なら、嬢ちゃんはそんなとこにいるべきじゃねェ。それでも、その場に留まるッてんなら……自分だけは自らの抱くその花を、大切にしてやれ」


 フェナリの心に、彼女の覚悟に、先程晴れたはずの霧が、またかかる。

 不安と恐れ、死に対する恐怖とそれを避けたいという本能的な欲望。同時に、生に対する執着と固着。それは、人間が本来当然のように持っているはずだったもので、フェナリにとっては後付けだったものだ。

 その当然のような存在――感情とも、欲望とも何とでも呼べるそれが、霧として、フェナリの元へと帰ってくる。しかし、今のフェナリはそれを払いのけようとはしなかった。

 

 ――いつかは朽ちる花を手折る


 それは、愚行だ。

 いつかのときには無かった実感が、フェナリに与えられる。

 その愚行を、自ら行うなど――考えられなかった。だからこそ、フェナリは自らの命を、大切にしなければなるまい。

 単純すぎる帰結だ。いつかは死ぬ自分を殺してはいけない――だから、自分の命を大切にしなければならない。花は花であるから花である、と言うのと大差ないような、簡単な話。

 それでも、フェナリにとってはこれまでの人生の中で、気づくことのできていなかった事実でもある。


「グラルド卿……」


「――――」


「ありがとうございます、グラルド卿……霧が、かかりました」


「そうか、なら良かッたな」


 ふと聞いただけではおよそ良いこととは思えないようなフェナリの言葉だったが、グラルド卿はその言葉に隠された感情、考え、それらを汲み取って豪胆に笑いを浮かべた。

 多分、それは肯定だった。



  ◇



 茶会襲撃事件――全ての始まりとなったその日から、一か月は過ぎた。

 そしてこの日、フェナリはアロンと共にホカリナへと旅立つのだ。


「――アロン王子殿下、おはようございます」


「ああ、おはよう。フェナリ嬢」


 フェナリの王城召集は朝早くのことだった。事前に知らされていた通りの予定で集合し、王家の馬車を利用してホカリナ国領へと向かうのだ。

 何度か茶会や公的な会合を経て全体の予定を知らされている。その全てを細かいところまで理解はしていないが、大枠程度はフェナリも理解している。


「――ああ、フェナリ嬢にも紹介しておかねばなるまいな」


 大枠程度は理解しているフェナリだから、アロンの言葉と同時に姿を現した青年のことも、覚えていた。


 会合で言われた言葉を、思い出す。全体の予定とは別に知らされた事実。

 今回の護衛は、グラルド卿ではない。

 彼は『紫隊長』という肩書きを持ち、同時に国の最高戦力の一人だ。それは、ギルスト国内だけでなく、周辺国家にも知れ渡っている事実である。そんな彼を、平和的な会合の護衛として連れて行くのは、いささか問題がある、との国王の判断だった。

 以前より、『紫隊長』が国外へと出された事例は少ない。それこそ、戦争以外の事例はないのではなかろうか。だからこそ、今回の会合のための護衛として、グラルド卿は不適なのだ。


「僭越ながら、『紫隊長』グラルド卿の代わりを務めさせていただきます。フェナリ様とは、初めましてでございますね。改めて、自己紹介を――」


 グラルド卿とは違い、豪胆な印象は受けない。

 歴戦の猛者としての威容は持っていない代わりに、爽やかで清澄な雰囲気のある青年だった。

 白一色の髪を主張弱めのオールバックに仕立て、騎士の隊服を身に纏った青年が、フェナリの前で跪く。



「騎士シェイド・バーカインと、申します。以後、お見知りおきいただければ」


「彼は二年前に騎士団に入団した若手だが、既に幾つもの戦績を上げている。騎士団自慢の新進気鋭騎士である、と団長からも聞いた」


 シェイドが跪き、名を名乗り。アロンがその横でシェイドを紹介する。

 そうすれば、次はフェナリの番だった。


「――私は、メイフェアス伯爵家が伯爵令嬢、フェナリ・メイフェアスです。ホカリナ遠征の間、よろしくお願いします」


 無難なあいさつと共に、フェナリが小さくカーテシー。シェイドが改めて、小さく頭を下げた。

 こうして、三人の顔合わせは終わる。そうして、流れるように準備が進み、三人は同じ王族の馬車へと、乗り込んだ。人が九人ほど乗れる馬車に、御者が一人と護衛であるシェイド、その向かいにアロンとフェナリが腰かけた。

 他の馬車には侍従たちや文官が数人と全体の護衛の騎士が数名が乗り込み、小隊規模での遠征となる。


 

  ◇



「――それでですね、グラルド卿は……」


 ホカリナへの旅路は険しい。

 大山脈の隙を縫って馬車を進めるその旅路は、山道に慣れた上級者でもそう挑まないと言う。


「――以前発生した低級悪魔の……」


 そんな旅路であっても、ホカリナとギルストの国交を活性化させるためには挑まざるを得ない。幸いにも、最近になって比較的安全な移動経路が見つかったのだ。この経路の発見が無ければ、そもそもホカリナとの貿易は不可能だっただろう。


「――ですがグラルド卿は、低級悪魔などには負けそうになく、圧倒的な絶技で敵を屠り、輝かしい勝利の戦績を重ねていらっしゃるわけです!」


「グラルド卿が、護衛にシェイドが抜擢されたと聞いて、『不安はないが、俺が困る』と言っていた意味が、やっと分かったよ」


「グラルド卿のことを、本当に慕って、るんですね……」


 初対面の印象こそ、爽やか清らかな美青年、と言った様子だったシェイド。但し、その口を開くとグラルド卿の一人のファンであった。

 馬車に乗ってから二時間と少し――その間、シェイドの語り口は止まることを知らなかった。グラルド卿が如何に素晴らしく、如何に強く、如何にグラルド卿たるか。それを語り続けているのだ。


「……グラルド卿と、シェイドを二人同時に護衛にしたらどうなるのだろうな」


「止めて差し上げましょう、王子殿下。流石にグラルド卿が可哀そうです」


 ぼそりととんでもないことを考え付くアロンに、フェナリがやんわりと制止を返す。

 実際、そんなことになってたじたじになっているグラルド卿を見てみたい、というのは分かるが、同時にその考えは止めねばなるまい、と思った。

 最悪の場合、そんなことをしてグラルド卿が恥ずかしさのあまり死んでしまっては困る。

 グラルド卿の性格上、こういった誉め言葉には慣れていないだろうから。


「シェイドが私の護衛に就くのは初めてだったが……その人となり、そしてグラルド卿への思いも初めて知ったな」


 アロンからしても、グラルド卿の実力は認めている。しかし、アロンの周りにはグラルド卿の出自を知っている人間も多いからか、彼を手放しで褒めているのを見るのは珍しいことだった。

 本人が自分自身に厳しく、グラルド卿の自己評価は少々下方修正されることが多い。その事実に少々ばかりの不満を持っていたアロンからすれば、シェイドの存在は面白いとともに誇らしいものでもあった。


「グラルド卿とは……騎士団で会ったのだったな」


「はい、王子殿下。私が騎士団入団を果たした頃、グラルド卿は入団以来約一年が経過されていたと記憶しています」


「グラルド卿とシェイドさんの入団の時期は、そこまで離れてないのですね」


「そうですね……事実、騎士を目指したのは私の方が先ですので。ですが、グラルド卿の出世の速度は目覚ましく、私などとは雲泥の差で……!!」


 少しのきっかけでグラルド卿の褒め語りに移行するというのだから、シェイドと言うのは油断も隙も無い。しかし、ここまで清々しい振り切り方であれば、フェナリとしても好感を持てるものであった。

 愚直に、直情的に行動できる人間を、フェナリは初めて見た。自分自身が感情で動くこととは正反対の人間であるということもあり、そう言った存在には何とも言えない尊敬の気持ちが生まれるものだ。



「ですが、何より……私にとってグラルド卿は、騎士であることの証左であり、騎士であるための、礎です」


 自らは持たない輝きを持ったシェイドに、眩しさを感じるフェナリは、ふと放たれたシェイドの言葉に、返す言葉を見失った。

 自分が何か言葉を返さねばならない、と言う状況ではない。けれど、この言葉には何か返したくなる誘惑があり、同時に何も返せない、という希望の無さがあった。

 シェイドの瞳に、何らかの誇張や欺瞞の色はなかった。それが眩しくて、同時に周りの光を全て吸い込みかねないほどに酷く暗い。


 そこにあるのは、歓喜と尊敬と畏敬。

 同時に、裏に隠される哀感、向かいどころのない復讐心と怒り。


「それ、はどういう……」


「王子殿下、国境の検閲所に到着しました」


「あ、ああ……今行く」


 フェナリが、最低限シェイドの思惑を、その瞳の意味を問おうとして、それでも言葉を途切れさせた瞬間、馬車の外で馬を操っていた御者が声をかけてきた。

 そこで、そこまでの空気は霧散する。シェイドも、聞こえていなかったかのように何もなかったという顔だ。フェナリも、ここで強引に話を聞きだそうとまではしなかった。アロンとしても、シェイドの瞳の意味は気になったのか、後ろ髪をひかれるような様子で一度馬車から出ていった。

 アロンの護衛のため、シェイドも馬車の外に出る。フェナリも護衛一人いない馬車に残されるわけにもいかないので、共に外に出た。



 ホカリナへの旅路――それは、早くも終わりを迎えた。

 同時に、ホカリナ国領へとアロンらは入ることになる。予言者の国ホカリナ。その未知へと、足を踏み入れる。

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