閑話2.低級悪魔討滅任務
閑話二つ目は『低級悪魔討滅任務』――グラルド卿に与えられた、違和感だらけの任務についてです。
時間軸が本編を一部追い越しています。『◇』から先は本編の時間軸を少し進んだ場面になりますが、2章開始時には時間軸が戻りますので、あらかじめご理解下さい。
「――何ッとも、裏が見え見えだなァ?」
王城の中枢にして心臓部である本塔を出て、騎士団演習場へと戻りながら、『紫隊長』グラルド卿は呟く。
丁度今先ほど、騎士としての新しい任務を与えられたところ――だったのだが、その内容に対してグラルド卿には違和感があるらしい。
与えられた任務自体は単純なものだ。
――ホカリナとの国境付近に出現した悪魔の討滅任務。
騎士団に与えられるものとしては割合の多い種別のものであり、グラルド卿も新兵時代から何度だってその類いの任務に従事していたのだ。
しかし、任務のおかしさはその難易度にあった。
「まさか、低級悪魔の討伐に『紫隊長』かァ――?」
自分の力を過信するわけではないが、グラルド卿は自分の力量を、低級悪魔には余裕で勝ちうるものだと自負している。
それどころか、日頃から与えられる任務は上級悪魔の、しかもそれが複数体現れたときの討滅任務なのだ。その彼が、まさか低級悪魔討滅任務に向かわされるというのは、どう考えてもおかしい。
「それに、場所がホカリナとの国境付近ッてのも気になるな……」
先日の結界術師に関する一件のことは、グラルド卿の記憶にも印象強く残っている。
結界術師による王子とその婚約者暗殺未遂、と言う形で進められていた捜査だが、最終的な結末は当初の予想を大きく違えるものだったと、そう言わざるを得ない。
結界術師はホカリナからの刺客であり、ホカリナではフェナリが国を滅ぼすという予言が囁かれている。そんな妄言を、グラルド卿が信じているわけでもない。
しかし、そんな戯れ言が結界術師のみの妄信だと片付けられないのも事実だった。
恐らく、結界術師だけでなく、ホカリナの中枢部が、今回のことに関わっている。もしくは、中枢部をも操る何者か――、
「あァ、やめだやめ! めんどくせェ、考えたくもねェ。賢い奴らの神算鬼謀なんか――」
ふと、グラルド卿はそれ以上の思索を諦めた。
他にも、幾つだって指摘できる違和感はある。
――伝令を通してでなく、国王からの直々の命令であること
――低級悪魔討滅任務に、『紫隊長』だけでなく、騎士団のエース的存在も抜擢されていること
――しかし、そのエース的騎士は国王も把握しているはずの別の任務のために抜擢されており、今回の任務からはやはり外されたこと
数え始めればきりが無い。
恐らくは、国王の神算鬼謀の幾らかが裏で働いているのだろう。しかし、グラルド卿にはそれらの全てを同じく頭脳と思索で導き出すことは出来ないし、知ろうと思わない。
そういった類いのことは好きじゃないのだ。特段苦手かと言われるとそうでもないが、積極的にはしたくない。
――どうせ、理解したところで価値はない
王族というのは、自分とは違う世界と、違う価値観で動いている。
それは卑屈な考えと言うより、事実なのだ。見るべきものと、見られるもの、その全てが違うのだから当然、彼らと自分では見ている世界も全てが異なる。
違う世界の在り方を知ろうとも、それは究極的には違う世界なのであって、意味は無い。
それが、グラルド卿の持つ、一つの指針だった。
◇
グラルド卿は与えられた情報から、悪魔の巣窟を割り出した。
それが、この山中の洞窟である。悪魔の巣窟というのはその字の通りか、洞窟内にあることが多いが、今回もその例に漏れなかったらしい。
「――。やッぱし、人の形も保てねェ低級……特別な条件もねェみてェだな」
低級悪魔だけでなく、実際には上級悪魔も存在するだとか、その巣窟の立地自体に危険度を高める要素があるだとか、そういった可能性は否定された。
間違いなく、これは新兵が数人派遣される程度の任務だ。低級悪魔を数体討滅する、ただそれだけの。
「――ッは、アロンと嬢ちゃんは重要な公務だッてのに、俺はこの違和感だらけの任務かよ」
少しの悔しさも交えて、グラルド卿は息を吐く。
今頃、アロンとフェナリはホカリナとの会談を行っているであろう頃合いだ。
悪友と、何やら面白そうな少女のこと、そしてそれに同行しているはずの後輩のことを軽く思い出しながら、グラルド卿はまた、息をつく。
「さッさと、終わらせるか――」
そう呟いたグラルド卿は、何の怖れもなしに、低級悪魔の巣窟の中へと躍り込んだ。
突然現れた、味方でない存在の気配に低級悪魔たちがグラルド卿の方へと視線を向ける。
――『悪魔』とは、何か。
簡単に言えば、この世界を闊歩する怪物の一種である。
しかし、悪魔と言う存在が他の怪物と一線を画すのはその特性が理由だ。彼らは『進化・退化』を起こす。幼体から成体へと成長することのある怪物は一定数いるが、それは一方向の変遷であり、変化状態の増減は存在しない。しかし、悪魔にはそれがあるのだ。
低級や上級、といった枠組みはその『進化・退化』があるからこそ造られたもの。多くの個体は低級のまま討伐されるが、時に小さな集落を滅ぼした悪魔などは『進化』を遂げ、その階級を上げる。また、長らく力を振るう機会に恵まれなかった悪魔は逆に『退化』するのだ。
その『進化・退化』というのが具体的にどのような作用をもたらすのか、というのも悪魔が他の怪物と大別される要素の一つであろう。
悪魔は、『進化』すればするほど、その見た目は人間に近づいていく。
低級悪魔では人と似つかない異形の姿だが、中級になれば人間の面影が生まれ、人間の体の一部だけを異形の存在に変えたような、不気味な風貌になる。そして、上級悪魔ともなれば、その姿は遠くから見た限り区別がつかないほどになるのだ。
当然、よく観察すれば決定的な違いは発見できる。しかし、会う人すべてをそれだけ確認する者はいないのだから、集落の中に悪魔が潜んでいて、突然集落丸ごと滅ぼされる、というのもあり得ない話だ。
――悪魔とは、忌避される存在である
その理由は、人間と似ているからだ。
人間と似ていて、人間の集落の中に潜む可能性があるからだ。
その風貌は人間と似、時には『進化』の中途で『変化の術』を身に着ける悪魔。もしかすれば、愛する者は、既に悪魔に成り代わられているかもしれない。そんな疑心暗鬼の中で、人々が悪魔を忌避しないなどと言うことは、無かった。
一つ幸いしたのは、悪魔には同情の余地がないことだ。
その残虐性は止まることを知らず、多くの個体が人間に対しての嗜虐性を持っている。その情報だけでも、恐らく殆どの人は悪魔に対しての同情を手放すだろう。そして、実際に相対してみれば、同情と言うものを少しでも抱きかけたことにすら嫌悪感を抱くまでになる。
それが、悪魔と言う存在だ。よって、グラルド卿に代表される騎士たちは彼らを討伐する。
騎士たちの持つ、特殊な力は殆どの場合、悪魔に対して揮われるのだ。
今回も、例外ではなく――、
「―――、――――――――」
「―――――、――――――――――」
「『―――――――』」
グラルド卿は、必要ではないと判断しながらも、その特別な力を振るう。
未だ、この任務の裏に隠れた国王の神算鬼謀は見えていない。もしかすれば、国王から明かされていない情報で、今回の任務の危険度を上げる要素がないとも限らない。
それならば、念には念を、だ。
「――さァ、かかッてこいや」
「ウ、ウガァァ――」
「ハッ、その牙は、爪は、翼は――飾りかァ?」
大して大きくもない図体を上手く動かすことも出来ないままに、低級悪魔はグラルド卿の剣戟に倒れていく。まさか、この程度ではグラルド卿の剣戟が翳ることなどない。
騎士剣、ギルストにおける最大の希望の象徴たるそれが振るわれ、そのたびに悪魔の体が断ち切られ、余波で吹き飛ばされ、洞窟の側壁にぶち当たってその身体が砕ける。そのことに、不快感こそ感じずとも、だからと言ってグラルド卿の中に快感はなかった。
裏家業として働いていた時だって、それ以外に稼ぎ口がないからその仕事についていただけで、何も人を傷つけることに快感を覚えていたわけではない。
人を傷つけ、その命を奪うことに快感を、興奮を覚えるのは単なる猟奇殺人鬼だ。グラルド卿は、そんな人外でも、怪物でも、狂戦士でもなかった。
――ただ、無がある。虚無だ。
何もなくて、何もあって欲しくは無くて。
あるとすれば、違和感だけで――でも、それすら剣を振っていれば霧散して消えている。最終的に、グラルド卿の中に残るのは虚無だけだった。
悪魔などと言う存在は、いなくていい。
もしも、彼らが残虐性を持たず、人間の前になど姿を現さず、人間の生活を脅かさず――そうだったら、人間は悪魔と共生することが出来たのだろう。
しかし、そうではない。そうではないというのが厳然たる事実であるから、グラルド卿は剣を振るう。悪魔を討伐するために剣を振る時、グラルド卿はその心を無にしていた。何もかもが空白になった気がした。
せめて、国を守るための戦争で剣を振るっているなら、その心は忠誠心や愛国心に満たされて、虚無が底を埋め尽くすことなど、無かっただろう。
結局、悪魔などと言う存在がいるからいけないのだ。
そんな存在が、この世にあるから。ただ、あるというだけで、いけない。生かされない。
ただ、その存在が気に食わない。
悪魔などと言う存在が――と憎み口を叩く。それは、悪魔と相容れない、人間としての本能がそうさせるわけではない。悪魔に大切なものを奪われたというわけでもない。
グラルド卿が悪魔を嫌悪し、されど彼らを殺す時に充足感を得られないのは、それどころか、虚無に支配されるのは――、
「――あァ、そッくりだ」
最後の一体は、開戦から――否、蹂躙の始まりから一分足らずで討伐された。
最後まで、手ごたえのないものだ。やはり、グラルド卿が懸念していたようなことにはならなかった。グラルド卿の身を危険に陥れるような、そんな要素はない。それを確認して、グラルド卿は小さく安堵する。
そして、悪魔の討滅を終えて、その心を支配していた虚無が離れて行って――、
――代わりに入り込んできたのは、戦闘の気配だった。
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