閑話1.寂華の国
第2章の開幕までの間、不定期で閑話を投稿します。
閑話1つ目は『寂華の国』――少女が少女足るようになった、その日を描いたものです。
寂華の国。それは、怪物の闊歩する山中の小国だ。
小さな集落が散在する、国家としては瀬戸際で成立しているような発展途上の国。しかし、外界と隔絶されていることによってその文化や慣習は独自に確立されてきていた。
――その最たる例が『妖術』である。
人ならざる怪物に周囲を囲まれている国であるからこそ、その中で暮らす人々には当然、怪物に対抗する手段が必要になる。その手段と言うのが『妖術』であったのだ。
人ならざるものに対抗するための力であることから、それの行使には莫大な損害を伴った。それこそ、適性のない人間では数百人がその命を犠牲にしなければ一つの妖術も行使できない。そんな、燃費の悪い対抗策が『妖術』と言うものなのだ。
しかし、その前提は一人の少女の存在によって覆される。
その少女は、孤児だった。集落同士の繋がりも大して強くない寂華の国では、人知れず崩壊している集落など数えきれないほどある。人が減り、崩壊を目前にした集落で、その少女は生まれたのだろう。その少女を入れた揺り籠の横には二人の男女の餓死死体があり、自分たちの食事を犠牲にしてでも少女を生かしたのだと分かる。
――しかし、もしかすればそれは悪手だったのかもしれない。
少女は、捨て置かれる筈だった。
その少女が置かれていたのもまた、別の崩落寸前の集落だったからだ。しかし、少女は全滅寸前の集落を渡るようにして、少しずつ寂華の国の中枢にある大集落へと渡されていった。それは、いくつものごくごく小さな集落の崩壊を代償に、か細く紡がれた少女の命だ。
そして、遂に大集落へと運ばれた少女の揺り籠は、物好きな貴族の目に留まった。
寂華の国は小国でありながら、最低限の支配体制や階級制度は存在している。その階級制度の中で、上位に君臨する――と言っても、ただ生まれが大集落であったというだけでそうなっただけの、凡人たちである貴族が、少女の命を握ったのだ。
「――何、孤児でも一つ、余興には使えようぞ」
物好きな貴族、というのは良い意味ではない。
それどころか、下賤で下劣極まりない、最悪の意味での表現だ。
貴族は、その少女を単なる余興のために拾った。
その余興と言うのが宴会での酒盛りや、楽器の演奏や舞などの芸のことであれば、少しは救えたものだ。貴族の言う余興とは『無意味な生贄』のことなのだから。
まず、この頃の『妖術』の立ち位置と言うものを説明しなければならない。
本来は怪物に対抗するための数少ない方策として確立されたのが『妖術』であった。
しかし、その行使には多大なる代償が必要と知れれば、それは昏い歴史の遺物と成り果てる。一部の書物にのみ詳しいことが記され、人々が周知している事実は『妖術を使えば死ぬ』ということのみ。
そんな存在が、忌避されないわけもなく――この時代には人々の間で『妖術』の居場所はない、かのように思えた。
この頃に留まらず、寂華の国は怪物に囲まれている以上、人々の生活は安寧とは言えないもので、常に死と隣り合わせだ。常に、生きているか死んでいるか分からない状況。
だからこそ、人々は自分が生きている、ということを実感したかった。生きているか死んでいるかの曖昧な人生ではなく、はっきりと生きているのか、死んでいるのかを確認したかった。その方法として、貴族たちの裏の側面で広まったのが『無意味な生贄』なのだ。
――人、特に女子供を呼び、妖術を詠唱させる
――そして、死にゆく彼ら彼女らを見守る
卑劣、下賤、残酷、醜悪――そう言った言葉を並べ立てようとも表現しきれぬ愚行。それが、貴族たちの間ではやった裏の遊び。そうした余興によって、貴族たちは安寧の中に死と言う存在を見出し、相対的に自分たちの生を実感するのだ。
恐らく、別の世界でも同じようなことが行われていたのだろう。そこでは人ではなく野を駆ける獣を対象にして。それは、悉くが『余興』だった――。
いくつもの集落を渡り、それぞれの集落の人間のささやかな善意で生かされ、紡がれてきた少女の短い人生が、貴族たちの『余興』によって潰える。
それは、この世の無情をただひたすらに宣告しているような、最悪の事実で――
――少女は、命を落とす……筈だった
◇◆◇
「――参れ、参れ。食い、酔え」
「――これは宴。これは大舞台」
「――参れ、参れ。ただ、見よ」
物好きな貴族と言うのは、多い。
悪趣味と誹られようとも、彼らは止まらない。彼らを止める術が、誰にもない。
そして、だからこそ彼らは『余興』へと手を出すのだ。
今日もまた、少女が『無意味な生贄』として費えられようとしていた。
黒子たちに担ぎ上げられ、言葉をほぼ話さぬ少女が三人、貴族たちの前に運び込まれてくる。言葉を話さない、というのは寡黙であったり、怯えているわけではない。物心がついて間もなく、話せる語彙を持ちえない、ということなのだ。
少女はこの場で、貴族たちにとって――『余興』の材料として以外の価値はない。
ここまで、幾らかずつの犠牲を以て生かされ続けたその少女の命も、貴族たちの前では軽い。ただひたすらに、軽いのだ。
「――見よ、見よ。これぞ、大舞台」
「――見よ、聞け。感じよ、生の息吹」
狂気の沙汰だ。
貴族たちが口々に告げる囃し立ての声が、だんだんと揃い、一つの狂気と成り果てる。
そして、時は満ちた。
「星々の果て――。燦めきの終嫣――。破砕の顕現――」
「――――か、は」
一人目の少女、否――先程まで少女だったものは、血を吐いて倒れた。
その詠唱は途切れ、その代償は術の行使を待たずに払われる。それはまさしく、無駄すぎる、生贄だった。
「――――」
貴族たちは、不気味なほど、静謐に身を沈めていた。一人の少女の命を無惨に引き抜き、然れど彼らの表情は変わらない。
それは、ひたすらなる狂気の顕現だ。ただ、ひたすらに、彼らは狂ったように生と死を求めていた。
沸々と自らのうちに湧き上がる生の実感。自らの周りに死が存在するからこそ得られる、相対的な安堵感。それに身を委ね、優越感を浸りながら――貴族たちは次の少女を、死に誘った。
「星々の、ぁ――っは」
次の少女は、はじめの少女より更に適性がなかったらしい。その口は、人間である間に詠唱の言霊を吐ききることすら出来なかった。
そして、その矮躯を代償という名の死が襲う。
「――――」
やはり、貴族たちの口は閉ざされたままだった。その瞳があまりに静かで、狂乱の儘に輝いてもいない、というのがやはり不気味だった。
次を――。少女が死ぬのなら、次の少女を。
貴族たちは、そうして最後の少女を促した。その少女こそ、数々の集落を巡って命を繋がれた少女だ。
その命が散る、その瞬間が静かに望まれ――その時は、来た。
「星々の果て――。燦めきの終焉――。破砕の顕現――」
その呪詛とも言える言霊を紡ぐことだけを叩き込まれた唇。それ以外の言葉を持たない少女の舌が、望まれたとおりにその言霊を転がした。
ここまで口に出来た時点で、一つ前の少女よりも『妖術』に対する適性があったということ。
しかし、その程度では『妖術』の寵愛を受けているなどとは間違っても言えない。
まだだ。貴族たちはこれまでの『余興』で、『妖術』を成功させた者を見たことがある。百人――いや、千人に一人であろう逸材だった。と言っても、行使できた技は指先程度の石礫を生み出す、と言う程度のもの。
その程度、自らの命を賭する理由にもなるまい。
そして、その程度では自分達の生命を弄んだ醜悪の権化に対する復讐の一端にもなり得ない。
――その程度では、寵愛とは言えない
そうだ、その程度では。
寵愛、と言う言葉はそんな程度の人間に用いるものじゃない。その言葉は――、
「――魂魄・『星屑の喧騒』」
最後まで言い切った。その事実に、貴族たちの間にどよめきが起こる。
この時点で、百人に一人の逸材だ。そして、目に見える程度の石礫でも生み出せれば、千人に一人の――
――寵愛、とは誰に対して用いるべき言葉か
――寵愛、とは、彼女にこそ相応しい
その言葉は――、この少女にこそ、相応しい。
瞬間、破砕の顕現たる星屑が、降り注いだ。
それはまさしく、自然を相手取るような厳然たる大災だ。星々が、夜空に輝き地を見下ろす彼らが、その怒りを露わに、地に降り注ぐ。
正しく運用すれば、忖度無く寂華の国最大であるこの集落を簡単に押し潰すほどの威力。それだけの破壊。
それが、ひたすらに醜悪を煮詰めた一点に収束する。
不気味なのは、少女の目の前で命が散りながら、少女に着せられた白い着物には一つと汚れのないこと。
飛び来る血飛沫を、更に降り注ぐ流星が打ち砕き、蒸発させ、消し飛ばす。
それはまさに、寵愛、と――そう呼んで余りある程の奇跡だった。
百人に、千人に――否、寂華の国で、その国史の中で唯一の、逸材だ。
破滅の招き猫、破砕の権化、凶悪の使者。
どの言葉が、彼女に相応しいだろうか。恐らくは、どれもが適切であり、どれもが間違いなのだ。
――彼女は、怪物だ
その一文が、ただひたすらに正しい。
それ以外の雑多は、全て正誤の曖昧な有象無象だ。
――彼女は、怪物だ
――彼女は、怪物だ
彼女は――怪物なのだ。
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