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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第1章「逃亡した結界術師」

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16.王城舞踏会


「王城舞踏会、か。流石は王子だけあって、選ぶ舞台も華美なものだな」


「しかも、そのラストじゃぞ? 王子殿下が剣舞を提案してくださらねば、私は衆目に恥を晒すことになっておったわ」


 アロンとグラルド卿が騎士団演習場で剣の打ち合いをしている頃、フェナリと雅羅は言葉を交わしながらお茶を飲んでいた。美味しいクッキーも添えて。この時間は毎日の状況報告をする時間であるとともに、フェナリの糖分補給タイムでもあった。

 前世から甘いものなど口にしたことのなかったフェナリだが、今世になって甘いものを初めて食べてみれば、その甘美な味わいという沼から上がることはもはや不可能になっていた。と言っても、最近は王城と邸宅を行ったり来たりしつつ、アロンと剣舞の練習をしているので結局の増減は零である。何の、とは言わない。



「恥を晒す、か。それでも良いではないか。お主、王子との婚約は嫌だなどと言っていたであろう。それだけ恥を集めることになれば、婚約破棄にも近づける」


 雅羅の言葉に、フェナリは渋い顔をする。

 それもそうだ、という小さな納得もある。しかし、それ以上に何か自分の中からせりあがってくる思いがある。王子との婚約を破棄して欲しいという願いは、いつしかそこまで強い願いではなくなっていた。それどころか――


「今は、嫌、と言うわけではない。だからと言って積極的に死守しようともせんが……」


「ほぉ、何か心境の変化があったか。面白いものだな」


「……そんなことはどうでもよい! 王城舞踏会は明日。雅羅は、その間何をしておくつもりなのだ」


「ふむ、儂か……することと言えば、結界術師を捜すことくらいしか出来んであろうな」


 烏の姿で飛び回り、結界術師らしき怪しい人間を探し出す。雅羅はそれしかできない、と言うが、実際それは一つの大きな仕事だ。結界術師の捜索には元々、『紫隊長』であるグラルド卿が当たる予定である。しかし、一人だけで広範囲をカバーするのはどうしても限界が生じるだろう。そんなときに、雅羅の翼があれば、幾らかグラルド卿の仕事も楽になる。

 

「そもそも、結界術師は来るのか、まだ分からぬのだ。そう焦って役目を選ばずともよいだろう」


「それもそうじゃな。我々は別塔に移動するとはいえ、騎士団を含めた衆目の前であることには変わりない。結界術師が動くことは一つの大きな賭けだ。その賭けに、乗ってくるか次第じゃな」


 王城舞踏会、と言う一つの行事は大きな影響力を持つ。

 国を挙げての行事である以上、王族や上級貴族は全員集まり、同時に隣国の王族が招かれることすらある。それだけの大きな行事の中で動くことには大きなリスクや危険が伴うことなど、結界術師も理解しているはずだ。だから、普通に考えれば明日を襲撃の決行日には据えない。

 しかし、如何なる可能性も破棄してはいけない。全ての可能性、至るかもしれない帰結をどれも排さず、どんな結果になろうとも対応する。それが、今フェナリとアロンに求められていることだ。



「一つだけ言っておこう。囮と言えど、死ぬでないぞ?」


「分かっておるとも。王子殿下は勿論、自らの身も守ってみせる」



  ◇



 数多くの上級貴族たちが王城に招かれている。国で最も権威ある演奏楽団が呼ばれ、最高峰の調度品を集めた広間が準備された。

 そして、今年の王城舞踏会には隣国であるホカリナの王族も数名出席する。


 ホカリナはギルストの南東側に位置する大国で、国土面積や人口はギルストとほぼ同じ程度。しかし、魔術ではギルスト、資源や文化ではホカリナが優勢に立っていた。ホカリナではギルストでは想像もしていないような文化が多くあるらしい。時には怪物を見世物にだってするのだとか。

 ギルストとホカリナ、その二国はお互いに国を閉ざしてきたが、最近になってそれぞれが歩み寄り始めている。

 両国間での貿易が成立するのも時間の問題だろう、というのが現状だった。

 今回の王城舞踏会への招待も、そのための布石である。



「――ホカリナの王族の皆様方、本日はようこそおいで下さいました。舞踏会場までは(わたくし)、ギルスト王家が第二王子、アロン・ギルスト・インフェルトがご案内いたします。どうぞ、こちらへ」


 馬車で約二日の長旅を経て、ホカリナの王族はギルストの王城舞踏会へと出席している。

 その王族の面々を案内する役には、第二王子であるアロンが抜擢されていた。


 アロンとその護衛がホカリナの王族たちを迎え入れる。アロンとホカリナの国王を先頭とし、一行は厳しい護衛体制の中で王城の中を移動した。

 王城の廊下を歩みながら、ホカリナの王族と談笑をする。時に投げかけられる調度品についての質問には淀みなく答え、投げ込まれる外交に関する話題は上手く躱す。正直言って、アロンの得意分野ではなかった。こういった類のことは第一王子である兄の方が優れている、とアロンも認めている。

 と言っても、兄である第一王子は次期国王であることもあって、他国の王族とのコネクションではなく自国内の有力な貴族とのコネクションを優先したのだ。結果として、ホカリナ王家の面々を案内する役はアロンに押し付けられたわけである。


「本日の舞踏会は階層で分かれておりまして――一階層では我が国が誇る音楽団が演奏を行っており、ダンスを楽しんでいただくことが出来ます。そして二階層には立食形式の些細なお食事を用意しております。ダンスの後の休息に用いていただくもよし、吹き抜けから一階層のダンスをご観覧されるのもよし。ご自由にお楽しみいただけます」


 そう言って、アロンはホカリナの王族たちに説明をしながら舞踏会場の中を案内する。しかし、ホカリナ王家の面々の反応は酷薄であった。

 お互いに貿易を成立させよう、と動いているのであれば、このような対応の薄さは異様で目立つ。第二王子とはいえ、アロンも王族の一人だ。まさか軽んじていい相手などではないことはホカリナ王族たちも理解しているはずであろうに。


「――では、(わたくし)はこれで失礼いたします。今晩は、舞踏会をお楽しみください。もし、何かございましたら会場におります侍従にお声がけいただきますよう」


 これでやっとこの面倒な仕事から解放される。そう思いながら、されど表情には出さないようにしながら、アロンはお辞儀をして、ホカリナ王族たちに背を向けた。

 そのまま、アロンは一度舞踏会場から離れる。自分のパートナーである、フェナリを迎えに行かなければならない。



  ◇



「フェナリ嬢、グラルド卿。待たせて済まなかった」


「いえ、お気になさらず……私は只今、緊張で時間感覚がありませんので……」


「それは……大丈夫なのか?」


 息を多少乱しながらも、フェナリは「私の役目は果たします」と言葉を返す。

 アロンとしてはフェナリを心配こそしたが、今更状況を変えてやることなどできないと知っているからこそ、ただ黙した。


「しッかし、お貴族サマ、王族サマってのは大変だなァ。今から挨拶回りだろォ?」


「……っ、そうだな」


 グラルド卿のなんてことは無い言葉に、アロンの表情が曇る。グラルド卿はその反応が不可解だと言わんばかりに疑念を表情で示すが、フェナリはアロンの表情が変化した理由に思い当たる節があった。

 今日の王城舞踏会、それは王子にとって、これまでの罪業を償う場という認識でもあった。


「では、行こうか……フェナリ嬢」


「はい、王子殿下」


 アロンが腕を横に差し出してくる。フェナリは少しだけ躊躇って、その腕に自らの腕を絡めた。

 厳密には保留となってはいるが、表面上は婚約者という関係だ。だから、こうやって腕を組んで並び歩くのも、当然のことで、逆に言えばこうしなければ周りからの印象も悪くなるのだ。


「グラルド卿、我々はここから自由に動けず、卿とも安易に言葉を交わせない。後のことは頼んだぞ」


「ハッ、任せとけッて」


 グラルド卿は豪胆な笑いを見せて、それを最後に表情を取り繕う。ここからは、王子の悪友じゃない。『紫隊長』グラルド卿だ。

 グラルド卿を護衛として伴い、アロンは悠然とした歩みでフェナリと連れ歩く。


 舞踏会場へと足を踏み入れた瞬間に、周りの貴族の面々から視線が集まるのを感じた。

 恐らく、自分たちに気づいた全員が自分たちから視線を外すことなくにこちらを見続けている。そして、数秒したら逆に不自然なほどに目を逸らし始めるのだ。


「あれは……メイフェアス家の」

「第二王子の、婚約者……」

「何故あの娘が……」

「やはり、家の位階でしょう」

「うちの娘のほうが相応しいのに」


 そして、貴族たちの注目は、どちらかといえば第二王子であるアロンではなく、フェナリに向いていた。

 囁かれ始めるフェナリに対する小さな悪意。こんな人間にまで、挨拶をして回らねばならないのだと思えば、先程のように表情も曇るというものだ。



「――カイウス子爵、本日はようこそ。お楽しみですか?」


 そんな中でも、王子としての責務は無くなってくれない。フェナリにとってもこんなことは苦行だと分かりきっているのだから、辞めてしまいたいのに、そんなことは許されないのだ。

 だからこそ、逆に考える。


 アロンが初めに声をかけたカイウス子爵という男は、いわゆる「フェナリ反対派」の筆頭である男だった。

 自分と自分の娘に対する多大なる自信を傲慢なほどに持っていて、フェナリよりも自分の娘が王子の婚約者として相応しい、と考えている。しかし、そんな自信があるとはいえ、爵位を比べればメイフェアス家には敵わない。その事実がまた、カイウス子爵の悪意を掻き立てるのだろう。


(全くもって、醜いことこの上ない)


 アロンは、そう思う。

 だけれど、カイウス子爵がその爵位を確かな実力で勝ち取っているのも事実であって、簡単に家との繋がりごと捨ててしまうことは出来ない。



「これはこれは、アロン王子殿下! こちらから挨拶に参ろうかと思っていたところでしたのに!」


「いえ、丁度お話が終わられたところだったようですので」


 カイウス子爵に対する嫌悪を、アロンは表情の下へと隠す。そして、社交辞令塗れの会話を交わした。

 カイウス子爵は分かりやすく表情に喜色を浮かべている。第二王子とはいえ王族から初めに声をかけられた、という事実が彼を高揚させているのだろう。


「それにしても、あれですな! アロン王子殿下が舞踏会に参加されるのは私の記憶が正しければ初めてですか!」


「ええ、今日が初めてです。我が婚約者であるフェナリのお披露目も兼ねて」


 一瞬だけ、カイウス子爵の表情が歪んだ。けれどすぐに表情は取り繕われる。

 流石のカイウス子爵としても、真正面からフェナリに対する陰惨な言葉を吐くことは出来ない。それは廻り巡ってフェナリの婚約者であるアロンに対する不敬に問われるかもしれないからだ。

 だからこそ、カイウス子爵は少し遠回しにして――


「そういえば、私の娘も今回の舞踏会に出席しておりましてな! 今ちょうど初めのダンスを終えた様子ですし、是非アロン王子殿下ともダンスの機会を!!」


 フェナリを貶めにはいかない。ここではアロンの睨みが強すぎる。だからこそ、自分の娘を薦めて遠回しにフェナリより自分の娘を、と主張する。

 周りの貴族は、お互いに歓談しながらもアロンとカイウス子爵の会話を聞いていた。そして、カイウス子爵の言葉に呼応するように囁きだす。フェナリでは不十分だ、どちらかと言えばカイウス子爵の娘さんの方が、と。

 誰しも、カイウス子爵の娘がアロンと婚約すればいい、などとは思っていない。誰もが自分の家の娘と婚約を結ばせたい、と思っている。しかし、そもそもフェナリが婚約者の座から引き摺り下ろされねば婚約者の座は空座にならないのだ。

 だから、一先ずはフェナリを貶めるために一致団結して――




「成程――カイウス子爵は自分の娘を推挙されますか。最初の相手(フィアンセ)に」



 一瞬にして、場は凍り付いた。

 カイウス子爵を中心として、貴族たちの声が聞こえなくなる。遠く離れたところで歓談している貴族たちの声が遠巻きに聞こえてくるだけになった。


「……ッ、い、いえ、そういうわけでは――」


 咄嗟に、カイウス子爵が否定の言葉を吐こうとする。

 この国において、舞踏会で初めに踊る相手は婚約者である、と決まっている。アロンは舞踏会に出席するのが初めてとはいえ、その程度のことは当然知っていた。


「幸運にも――貴方にとっては不幸か知りませんが――私の婚約者はフェナリと決まっています。そして、この国の舞踏会での不文律を犯そう、というのであれば……我々の茶会にはお呼びしにくくなりますね」


「『我々の茶会』……?」


 カイウス子爵が反芻したその単語に、周りの貴族たちも騒めき始める。

 勘のいい貴族は、アロンの発したその言葉が何を意味するのか、理解して一部感嘆の声を上げる。


「フェナリとともに、茶会を開こうかと思っていまして。是非ともカイウス子爵にもお越しいただければ、と思っていましたが……残念です」


「そん、な……っ」


 アロンとフェナリが開く茶会。それに参加するという事は、王族との強いコネクションを手に入れられるという事である。第二王子とは言え、王族であり、将来は要職に就くことが約束される立場。そのアロンとの関わりを早くから強めておける状況というのは、特に子爵よりも位の低い貴族たちにとって、喉から手が出るほど欲するであろうものだ。

 その機会を、カイウス子爵は失った。「残念です」と言う一言で、その事実は決定したのだ。そして、その事実は貴族たちに対し、「フェナリを貶めようとする者は機会を失う」ということを暗に喧伝することに役立つ。事実、話の流れを聞き耳を立てて把握していた貴族たちの殆どが、既にカイウス子爵を見限り、アロンとフェナリ側に着こうとしていた。



「カイウス子爵」


 状況を完全に支配し、場の空気を操って。

 アロンはフェナリとともにこの場を離れようとしていた。そのタイミングで、ずっと黙していたフェナリが口を開いた。アロンもそのことに多少の驚きは覚えつつも、フェナリのすることをただ見守っていよう、と改めてカイウス子爵の方へと向き直る。


「娘さんのダンス、少しだけ見させていただきました。本当に、素晴らしい技術だと思います」


「ん、な……ッ」


「――ええ、本当に。精錬された動きですね。良い講師をつけていらっしゃるんでしょう」


 フェナリの言葉が、カイウス子爵にとっては致命的だった。

 何もかも、自分たちの負けであるのだと、彼はその時に初めて悟った。貶めようとしていた相手から最後、誉め言葉を送られて終わりなどとは。衆目が無ければ、この場で膝から崩れ落ちたいところだった。しかし、どうにか小刻みに震える足を押さえつける。


「では、カイウス子爵、我々はこれで。全ては、王国がために」


「え、ええ……王国がために」


 どうにか最後の挨拶だけは終わらせて、カイウス子爵はその場を離れていった。

 アロンは、してやった、という達成感を抱きながらも、それを表情に出すことはせずにまた次の貴族のところへと歩いていく。

 そして、カイウス子爵に一番のダメージを与えたであろうフェナリはと言うと――



(いやぁ、あの娘さん、本当にダンスが上手だった。私もその才能を分けてもらいたいものじゃな)


 

 何の悪意も打算もなく、致命傷を与えていた。

お読みいただきありがとうございました!

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