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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第1章「逃亡した結界術師」

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14.騎士団演習場


「――んで、ここに来た、と」


「ああ、すまないな、グラルド卿。わざわざ出迎えをしてもらって」


「今更の話だろォが。何度も言わせんな、面倒ェな」


 フェナリのダンス技術が恐ろしく欠落していることを鑑みて、アロンは剣舞をダンスの最終部として披露することを提案した。そして、その練習のために、とアロンが用意したのがここである。

 王城の本塔からは離れるが、実質的に王城の敷地内には存在する、この場所。グラルド卿も属する騎士団の常駐している騎士団演習場であった。


「しッかし、王子とその婚約者が剣舞たァ、稀というか何というか」


「調べてみたところ、前例はないらしい」


「そりゃ、そうだろォな」


 剣舞をする、と言うのならば当然のように模擬剣が必要となる。そして、模擬剣とは言えど、刃物である以上、安全に万全性を期すためにもその道のプロが集まる騎士団に来た、と言うわけだ。

 ここであれば剣舞をするための場所も用意できる。


「ですが、本当に……剣舞と言うのは認めていただけるのでしょうか……?」


「そこは問題ない。前にも言った通り、この一件は国王陛下より私に一任されているも同然。その中での行動であれば黙認されるだろう」


 アロンはそう言いながら、ふと先程のことを思い出す。

 フェナリに剣舞をすることを提案したのち、一先ずは国王にその旨を伝えに言った。もしもそこで申し入れを拒否されるのであれば他の手を考えなければならない、と思っていたが、そんなことにはならなかった。

 国王は一言、「王族の矜持を失うな」とだけ言った。それは肯定ではなく、同時に否定でもなかった。

 結果として王族の矜持を損なうような事態にならないのであれば、許容する。アロンは国王の一言をそう解釈した。つまり、一時的とはいえ剣舞を認められているわけだ。


「何も、問題はない。フェナリ嬢の舞は、確かに美しかった。観客たる貴族を魅了するのは舞踏の種類や名称ではない。踊るものの様、そして至る帰結。それだけなのだから」


「……分かりました。私も、全力を尽くします」


 剣を握っての剣舞であれば。フェナリはそう自分に言い聞かせる。

 ダンスは自分に向いていなかったのかもしれない。だからこそ、アロンは自分のために剣舞と言うほかの選択肢を提案してくれたのだ。であれば、これ以上に王子を困らせるような状況を作り出してはならない。剣舞であれば、フェナリも思った通りの動きが出来るはず。ここからは名誉の挽回の時間だ。



「んじゃ、一先ずは木刀でやッてみろ。剣舞つッても結局は剣の打ち合い。今からは俺が講師だ」


「ああ、よろしく頼む」


「よろしくお願いします」


 グラルド卿に渡された木刀を、一度二度、と触って握って感触を確かめてみる。

 そうして自分の手に馴染ませてから、改めてはっきりと木刀を握りなおした。


「本番は音楽があるが、今はそんなことを考えずに行こう。フェナリ嬢、打ち込んできてくれ」


「分かりましたっ、では!」


 フェナリが木刀を構えて踏み込む。

 花の一閃を用いずの単純な木刀の横薙ぎ。大して力も入れずに、軽やかに。

 それをアロンは真正面から剣を当てて受け、大袈裟に木刀を回転させ、木刀を逆手に持ち替えるとフェナリと同じく軽く横薙ぎに振るう。

 本物の戦場でやっていれば、そんな大きく無駄な動きは十分に命取りになりうる。しかし、これは厳密には剣の打ち合いじゃない。剣舞なのだ。しかも、本番には遠くから観客が見ている状況で自分たちの動きをはっきりと見せ、魅せなければならない。そのためには、必要不可欠な動きだった。


 

 ――黄花一閃・向日葵


 声には出さず、フェナリは花の一閃を繰り出した。

 刀身を一切上下左右に動かすことなく、ブレのない一突きを王子に向ける。これを正面から剣だけで防ぐことは出来ない。それは、アロンも理解している。


「おぉー」


 フェナリの一突きに対し、アロンは後方に倒立回転。動きが大きく見えるようにしながら、トントンッ、とリズミカルに後退していった。それにグラルド卿が気の抜けたように称賛の声を漏らす。

 アロンは後退した先で手に着いた砂をさっと払うと大きく踏み込んだ。自分とフェナリの間に大きく弧を描くようにして曲線的な足運びで間合いを詰めていく。こういうところ、王子は多彩であった。見ていて単調な動きにならないよう、前後左右の立体的な動きを欠かさない。

 対して、フェナリは実直に剣の打ち合いをしていた。剣舞と言う、一つの芸としての剣の打ち合いをしたことが無く、人からの注目を得るための立ち回り方と言うものを知らないから、王子のように多彩な動きをすることは出来ない。けれど、間違いなくその剣技は精錬されていた。


「けどまァ、こう見ると嬢ちゃん強ェな……騎士団に入ったッてやっていけるだろォな」


「そんな、まさかっ……剣などそう握ることもっ、ございません」


 グラルド卿に対して返した言葉に、アロンもグラルド卿も訝しげな視線を向ける。

 アロンはだったらあの日の剣技は何だったんだ、と言わんばかりの瞳で。グラルド卿は目の前で繰り広げられる剣戟とその言葉との矛盾を指摘するような瞳で。

 しかし、実際フェナリの言葉は一部間違っていない。フェナリの体で剣を握るのなど、これで三回目だ。まだ三回目なのだ。十数年生きてきて、それだけしか握ったことが無いなら「そう握ることが無い」と言っても間違いではあるまい。


「どうだ、嬢ちゃん、騎士団に入らねェか?」


「やめろ、グラルド卿。フェナリ嬢に人を殺させるわけにはいかん」


「ま、騎士ッてのも綺麗なモンじゃねェからな」


「私は、人を屠るのは得意ではありません。怪物ならまだ――あっ、いえ……」


 剣を握っているからか、前世の感覚に戻りかける。

 前回とは違い、怪物を相手取っているわけでもないのだから、まだ自制が利いて良かった、とフェナリは少しだけ安堵する。しかし、漏れてしまった言葉が何もないわけでもなく、アロンとグラルド卿は一瞬だけ、顔を強張らせた。


 目の前の少女は、何者なのか。

 最初の茶会の時に、アロンが感じた疑問だ。それを、アロンは二度目に抱く。グラルド卿は初めてだ。

 こうやって関われば関わるほど、目の前のフェナリ伯爵令嬢、と言う少女が何者なのか不透明になっていく。その底が、濁って見えない。


「フェナリ嬢は……何者なのか」


 ふと、零れてしまった。

 そう言わんばかりに、アロンは言葉を漏らす。そうして、はっと自分の口から出た言葉に気づく。しかし、誤魔化すことはしなかった。もしも、ここで。ここで、フェナリの答えを聞くことが出来るのであればと思うと、誤魔化してその機会を失いたいとは思えなかった。

 アロンは、剣を振るい、フェナリからの剣戟を上手く受け、躱しながら不自然に口を閉ざす。

 ただ、フェナリからの返答を待っていた。


 一方のフェナリは、一瞬だけ悩んだ。躊躇った。

 自分の正体を告げたとして、王子は、グラルド卿は信じるのか。もしかしたら、この二人であれば、信じるのかもしれない。フェナリの言葉を信じてくれるのかもしれない。そんな希望が生まれる。

 もう、ここで言ってしまえば――




 ――いつかは朽ちる花を手折るとは。




 嗚呼、止めておこう。


 言ったら、自分の存在は強者として位置づけられるのであろう。そして、それはフェナリにある程度の利益をもたらすのかもしれない。ここは寂華(じゃくか)の国とは違う。人々も、違う。だから、違う反応が返ってくるかもしれない。

 それでも、フェナリは前世での死に様を思い出して、口を閉ざした。

 

 強者として認識されることは、味方として信頼されると同時に、敵に回れば最悪だ、という意識を植え付けることにもなる。その意識が人を凶行の途へ突き動かすことを、フェナリは知っていた。


「何も――私はフェナリ・メイフェアス。メイフェアス伯爵家当主を父に持つ一人の少女に過ぎません」


 今は、言えない。それでも、「次」を諦めたくはないから。

 口では当たり障りのない言葉を並べながらも、フェナリはその動きで示した。自分は、間違いなく普通の少女ではない、と。


「――そう、か。そうだな、変な質問をした」


 アロンは、フェナリの言いたいこと――それを十全に理解できたわけではない、と自分でも理解しながら、それでもフェナリの気持ちを掬い上げた。今は、触れてくれるな、とそうどこか寂しそうに訴えかけてくるフェナリの姿が見えたような気がしたから。

 今ではないのだと。それなら、待とうではないか、と。


 フェナリの握る木刀は、最後明らかに消えた。

 その残像を幻視するほどに、木刀の動きは俊敏で、アロンはその動きを目で追いきれなかった。グラルド卿はかろうじてその動きを視線で追えた――が、常にそんな速度で剣の打ち合いをされればグラルド卿ですら少し劣勢になるだろう。

 一瞬だけ消え、また現れた時には、フェナリの握る木刀は王子の首筋にあてられていた。これが剣舞ではなく、剣の打ち合いならフェナリの勝利で、もしもこれが命の奪い合いならば、アロンは死んでいた。


 アロンにとって、ここまでの剣の打ち合いが成立しているのは不思議だった。

 あの日見たフェナリの動き、岩落鳥(フォーゲル)を屠ったあの剣技は、まさかこんなものだったはずがない。未だ鍛錬の途中にある自分と、同格であるはずはない。

 そのことをアロン自身冷静に分析して知っているからこそ、フェナリが目の前で自分と互角かのように剣を打ち合っているのが不思議で仕方がなかった。しかし、その疑問に対する答えは今ちょうど出た。ずっと、フェナリは手加減をしていたのだ。

 まさか、同格などではない。少女と王子の間には隔絶された大差があった。それでも、剣舞として最低限に成立させるため、フェナリは手加減をしていたのだ。



 ――王族の矜持を損なうな



 アロンの木刀を握る掌に、力が入る。

 このままでは、王族の矜持を、自らの持つ王子としての矜持を、損なうことになる。

 自分は、まだ何も優れてなどいない。まだ、足りない。


「グラルド卿、少し――」


「あァ? あ~、な。だッたら今日の夜、騎士団演習場だ」


「頼む」


 アロンとグラルド卿の会話を横目に、フェナリは木刀をしまっていた。

 正直、今だけは自分を入れずに二人だけで話していてくれてよかった。そして、先程のアロンの返答も、それでよかった。何もなかったことにしてくれた方が、フェナリにとっては都合がよかった。

 しかし、一抹の寂寥感があるのは、何故だろうか。

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