13.踊る囮たち
囮を用いるということは、リスクを許容するという事と同義だ。
しかし、そのリスクとは国の第二王子とその婚約者の命を奪われるかもしれないというもの。そう簡単に容認されてよいものではない。であるから、作戦において生じるリスクは最小限でなくてはならない。
「――よって、結界術師捕縛作戦は順序的に進行される。リスクの低い作戦から始め、可能な限りリスクが低いうちでの作戦成功を目指す」
アロンはグラルド卿とフェナリにそう言って作戦の概要を説明する。二人も頷きを返した。
王子の言っていることは真っ当だ。しかし、懸念点があるとすれば、作戦を多段階的に構成するとどこかで対象である結界術師に作戦の存在を気取られてしまうかもしれないということ。もし作戦に気づかれれば、結界術師は一度潜伏に徹するだろう。そうなれば打つ手が無くなる。
「作戦は常に臨機応変な対応を必要とする。突然の招集も容易に考えられる。それは承知していてもらいたい」
「んなモン、今更だろォよ」
「それもそうだな。グラルド卿にとっては、日常茶飯事かもしれない」
「私のことは、お気になさらずとも大丈夫です。父、メイフェアス伯爵もこの件については詮索してくる様子もありませんでしたし、恐らくは黙認されるかと」
フェナリは、今のところメイフェアス伯爵から本件の詮索を受けていない。時に偵察をされているという事は感覚的に何度か察したが、それでもこの部屋のような密会用の部屋に入っている間にその気配を感じたことはないし、茶会の時も含め、密会をしているなら控えているように見えた。
今のところは、黙認しているのだろう、というのがフェナリの考えである。
「分かった、協力には改めて感謝する。――では、本題に入ろう」
作戦は、いつ、どこで、どのような形で遂行されるのか。ここからが本題だ。
この件は秘密裏に行われる必要があり、同時に結界術師をおびき出すためには公である必要もある。上手く作戦の存在は秘匿しながら、舞台は公の場として構築しなければならないわけだ。
「まず、最もリスクの低い状況として――王城での舞踏会を提案したい」
そう言って、アロンは事前に用意していた書状を取り出す。
それは少し前にメイフェアス伯爵家にも届いていた書状だった。上級貴族には全て配られているはずの、王城舞踏会の招待状である。
「舞踏会、というと――貴族の方々が多く集まられる場ですよね……そのような場で結界術師の襲撃が起これば、それこそリスクが……」
「いや、そういうわけでもない。王城で行われる舞踏会であり、貴族も多く訪れるからこそ、騎士団を公式に動員できるのだ。この件に関して、本来なら騎士団を動員することはほぼ不可能だ――が、王城舞踏会であれば既に騎士団の動員は決定している。間違いなく、グラルド卿以外の『紫隊長』もやってくる。結界術師対策としてはこの上ないほどの状況だ」
「ま、そんだけ騎士団がいりゃァ結界術師なんざ捕縛は余裕だろォ、が……それだと結界術師がそもそも来ねェだろ」
結界術師とて、自分に対抗できる『紫隊長』が複数人集まっている状況に出ていくとは考えにくい。確かに状況として囮のリスクを最小限に出来るかもしれないが、そもそも作戦が成立しにくい状況でもあるのだ。
しかし、アロンがそのことを全く考えていないわけでもない。
「だからこそ、だ。私とフェナリ嬢、二人だけになる状況を作り出し、そのタイミングを結界術師に狙わせる」
「私と王子殿下を、二人に……ですがそんな状況は――」
「王城舞踏会では、最後に王族のうち一人がパートナーと踊るだろう。その時、その二人以外は会場に残るが、二人は舞踏用の別塔に移動する。そのタイミングこそ最適だとは思わないか?」
アロンの言葉を、フェナリは頭の中で咀嚼する。
正直言って、何を言っているのか分からなかった。まさか、王子殿下と自分が二人踊るなどと、そんなことを言われたわけもあるまい。しかも王族貴族の衆目に晒されながら踊るなどと、そんなこと――
「王子殿下、それは――つまり」
「無論、フェナリ嬢の意思は尊重する。だが――、私と踊りたいとは、思ってくれないのか?」
一瞬だけ、王子の黄金色の髪に小さな犬耳が見えたような気がした。フェナリはその幻視を咄嗟に取り払う。しかしまぁ、その幻視が取り払われたからと言って王子の申し入れを断れるわけもない。
ニヤニヤとした笑みを隠すこともなくこちらを見ているグラルド卿の前で、フェナリはやむなく王子の申し入れを受け入れることとなった。
◇
「――そこ! 腕が下がっています。足の運びはもっと滑らかに……ああ、また腕が!!」
アロンからさらに詳しく作戦の内容とそれぞれの役割や立ち回りを説明されたのが三日前。
そして、アロンから舞踏会でのラストを飾るペアとしての申し入れが完了したとの報告を受けたのが一日前であった。その報せは当然のように貴族たちにも通達されるわけで――メイフェアス伯爵によって舞踏の特別教育が急遽始まるのも、当然と言えば当然のことだった。
しかし、当の本人たるフェナリとしては――
(縁が……縁がないんじゃ!!)
怪物狩りの身に人生を尽くしてきた少女に舞踏などの芸があるわけもなかった。
そして、花樹が転生してくる前のフェナリも残念ながら舞踏は得意でなかったらしい。もしかすればフェナリの体がすべて覚えているかもしれない、と最後の希望を託した少女だったが、現実はそう上手くいかないというものだ。
ということで、今日から急遽始まったダンスレッスン。伯爵家だけあって、用意された講師も王族に芸を仕込んだ経歴もあるような達人。同時に、恐ろしく厳しい講師でもあった。
「では、休憩にいたしましょう。十分後、再開します」
「――はい……ありがとうございました」
少女はこのダンスレッスンで初めて息が上がる、という事を経験した。
体力がなければ当然、怪物などを狩ることは出来ない。だからこそ、少女には疲れる、と言う概念すら薄れたものだった。それなのに、いざダンスレッスン、となれば恐ろしく疲れるし、息も上がる。
何よりフェナリが困っているのは、このダンスレッスンを通して、まだ半日とはいえ、成長が皆目みられないことだった。このままでは、王子の隣でずっこけるか、王子の足を踏むか、最悪結界術師の手によってではなく塔の上から足を踏み外して落ちて死ぬ。
(どうにかしなければ……このままでは、大変なことになる)
現状維持のままで王城舞踏会の本番を迎えれば、どんな結果になったとしても最悪だろう。
せめて、不得意で見苦しいとしても、最低限の技術を手に入れなければ。
最終的に、本番で踊るのは会場からある程度離れた別塔。しかも時間帯は夜で、魔術によって照らし出されるとしても会場の貴族たちからはフェナリの踊っている様子もはっきりとは見えまい。
「十分経ちました。レッスンを再開します」
「はい、お願いします!」
最低限でいい。不得意なことは重々承知した。それでも、否、だからこそ、最低限だけでいいから、技術を手に入れる――!!
◇
「それで、フェナリ嬢。王城舞踏会のための練習は捗っているか?」
「……それが、ですね……恐ろしいほど上達しないもので」
王城舞踏会当日まで、あと一週間となった。
そのタイミングで、フェナリは王城の第二王子の庭に呼ばれていた。転生してからは三回目となる王子との茶会である。そして、同時にこれは王城舞踏会に向けての進捗確認の場でもあった。
フェナリに課せられた役割は主に囮として存在していることのみ。そして、その囮は会場の貴族たちの衆目に晒されながら踊らねばならないらしい。つまりは、フェナリの問われる進捗確認と言うのはダンスレッスンの進捗確認と同義なのだが……フェナリは、芳しい返事を返せずにいた。
「フェナリ嬢のダンスは見たことが無かったが……一度実演してみてもらっても?」
そう言いながらダンス相手になろうと立ち上がる王子に、フェナリは激しく首を横に振った。
王子は少し不服そうな表情をしたが、あまりにフェナリが真剣に止めようとするので流石に諦めて椅子に座りなおす。
「申し訳ありませんが……恐らく靴に穴が一つや二つ空いてしまいますので」
「それは……逆にどうやったらそんなことが……」
「私にも分かりません……講師の先生にも、『お相手の足を踏んで怪我させる人は何度も見ましたが、靴に穴をあけたのは貴女が初めてです』と言われました」
フェナリは分からない、と言うが、実際には大体の予想がついている。
どうしても、ダンスに不慣れな彼女は、ダンス中身体が緊張状態になって、無駄に力んでしまうらしい。だからこそ、いろんなところに集中が行き過ぎて、逆にミスをしてしまうわけなのだが……その時に元は怪物狩りを生業としていた少女の全力がぶつかってしまうわけで。基本的にミスは足に出るので、相手の靴にばかり被害が及ぶという怪事件が起こっているのだ。
と言っても、流石に王子にそんなことを言えるわけでもなく、フェナリは知らないふりを貫き通した。
「しかし、フェナリ嬢には申し訳ないが――このままでは王城舞踏会のラストの座は厳しいな……」
「申し訳ないです、私が足を引っ張って……」
王城舞踏会のラストは、申し入れるだけでその座を手に入れられる。
それは参加できるのがそもそも王族に限られているからであり、あまり同時に申し入れを行う、という事態が起こらないからだ。しかし、申し入れを行ったペアがラストに相応しくない、と国王が判断を下せば、そのペアのラストでの舞踏権は間違いなく剥奪される。
そして、フェナリが彼女の言う通り全く上達せず、相手の靴を踏みまくるというような体たらくであれば、国王がその判断を下す可能性も出てくるのだ。
「しかし、フェナリ嬢がダンスを苦手とするとは……正直言って意外だな」
「そうですか? ダンスは、今まで得意だったことがありませんが……」
「確かに、私はフェナリ嬢のダンスを見たことはない、が――あ、いや、あの日のことは……」
王子が言わんとしているのがどの日のことなのか、フェナリはすぐに気づく。
そして、自分の約束させたことが律儀な王子の言葉を遮ってしまったのだ、というのが申し訳なくなった。あの時忘れてくれ、と願ったのは王子に対して不遜な言葉遣いをしたのを許してほしい、と言うだけの意味があっただけなのだが……王子からすれば律儀に守るべき約束なのだろう。
「王子殿下、今は周りに誰も居りませんから、私は気にしません。今は緊急事態の最中ですし、王子殿下のお考えを私などが遮るわけにもいきませんから」
前々回の茶会の時に襲撃が行われたことを鑑みて、今回の茶会では離れたところに護衛はいる。しかし、話の聞こえる距離ではないし、そもそも話を聞かれるとしても、今更仕方のないことだとは思っていた。
そう思ってのフェナリの言葉に、王子は少しだけ躊躇いを見せて、しかし「フェナリ嬢が言うなら」と納得した様子で小さく頷いた。
「あの日、岩落鳥を屠ったフェナリ嬢は踊っているように見えた。それも、それは誰にも真似できないような、美しい踊りであったと記憶している」
「――それは……」
確かにそうだ、という納得の言葉を、フェナリは呑み込む。
実際、岩落鳥を相手取っていた時、フェナリは何も考えずとも踊っていたのかもしれない。少なくとも、ダンスに通ずるような動きを、自然に行えていた。
しかし、ではそれをダンスに活かせ、と言われても出来る気はしない。あれは怪物を前にしていたから、または剣を振るっていたからだ。踊りで持つのは剣ではなく相方の手で、相対するのは怪物ではなく同じく相方だ。全く、怪物を屠るのとダンスをするのとでは違いが大きすぎる。
「ダンスは苦手なのだな? そして、剣を握れば美しい舞を魅せる……であれば、こういうのはどうであろうか」
怪物を用意するわけにはいかない。それでも、少しでも怪物を屠るときの状況に近づけることは出来る。王子は、そのために提案する。
「――王城舞踏会の最後を、剣舞で飾るというのはどうだ?」
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