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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第4章「黒影迫る魔術師団」

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109.『平和な』茶会


「フェナリ嬢、以前から話が進んでいたパーティの件――初日の日程が決まったんだ」


「逃げ出してよろしいですか」


「残念だが難しいだろうな」


 こうして、フェナリの退路が塞がれていく。

 茶会への招待は、もしかすれば地獄への片道切符だったのかもしれないとフェナリは思う。気づくのが遅すぎたせいか、最早残された逃げ道はほとんど無いし、その数少ない空路にもアロンの根回しが徐々に巡ってくるだろう。いや、そろそろ最後の砦も陥落した頃だろうか。


「では――逃げます」


「ここに来て断言の形に……いや、フェナリ嬢。本当に残念極まりないのだが、その意思は尊重できない。もう決まってしまったことなのでな」


「アロン殿下、これまで――お世話になりました」


「典型的な別れを演じても無駄だ。――本当に、何がフェナリ嬢をそこまでさせるというのか。いいじゃないか、人見知りくらい。私だって社交界は苦手だが、この機会に二人で不得手を克服するというのも、悪い話ではなかろう」


 元々、様々な思惑が絡んで計画されたアロンとフェナリ主催の貴族を集めたパーティだが、今となってはアロンとフェナリが社交力を身に着けるための習練の場としての意味が強い。特に、アロンは昔から社交界での立ち回りを上手くやろうとして、そして失敗してきた。今こそ、その苦手を克服する好機だと考えているのだ。

 社交界と言う慣れない場を前にして、威嚇する猫の如く警戒態勢に入っているフェナリを宥めるようにして、アロンは穏やかに言葉を掛ける。しかし――、


「アロン殿下。はっきりと申しますと――私は初対面の人間には無条件で殺気を放ちます。それが私の『人見知り』です」


「――。――――。――もう一度、言ってくれるか」


「私は初対面の人間には無条件で殺気を放ちます。それが私の――」


「分かった、良く分かった、フェナリ嬢。私の聞き間違いだと思った言葉は一字一句勘違いではなかったらしいな、うん。――勘違いならどれほどよかったか」


 そう、アロンは勘違いしているのだ。自分の思う『人見知り』とフェナリの持つ『人見知り』と言う性質、それらを一緒くたにして考えている。しかし、それは大きな間違いであった。それを、フェナリの一言、物騒にもほどがあるその一言で思い知らされる。


「いくつか、そうだな、いくつも言いたいことと聞きたいことがあるが……ひとまず、殺気を放つ――というのはどういうことなんだ。いや、字面がおかしいな。王子と貴族令嬢との会話で出てくるはずがない言葉だ」


「その言葉通りです。生まれが生まれでして、初対面の人間は警戒しておくもの、と言う印象が抜けないので……結果として、初めて会った人間には少なからず殺気を送ってしまうのです」


「ほぉ――いや、ほぉ……? で、では、私との初対面にも?」


「意識して抑えていますし、武術にある一定以上の心得がある人間でないと気づかないので……」


「成程……グラルド卿がフェナリ嬢との初対面の後で『あの嬢ちゃんはやるな』とか言っていたのはそういうことか」


 聡明なアロンとて、流石にフェナリの『人見知り』がそんな裏の意味を持っているなどとは想像していなかったらしい。普通にその勘違いに困却しているアロンを前にしてはフェナリも「そうなんですよね……」と声の調子を落とさざるを得ない。ここが押し込みどきだった。

 少しして、語弊を呑み込み切ったらしいアロンがはっと顔を上げた。


「フェナリ嬢。少し、私に向けて殺気を放ってみてくれ」


「え! いえ――そんな、失礼なことは出来ません」


「純粋な好奇心だ。殺気を向けられるというのはどういうことなのか、知っておけば賊が暗殺を企てられたときに役立つかもしれない。そうだろう?」


 アロンがそう言うので、フェナリとしてもまあ、断る理由はなかった。

 何故かは知らないがわくわくしているらしいアロンのため、フェナリは殺気を送った。――本当に、どういう流れが来たらそうなるのか、今度は彼女が困却していたのだが。しかし、アロンの望みとあらば、である。果たして――、


「――――」


「……送ったのか?」


「送りましたね、結構強めに」


「……感じないというのは、やはり――武術の心得が足りないということか」


 残念ながら、アロンの技量ではフェナリの殺気に気づくことは出来なかったらしい。先程フェナリが送った殺気は意識的なものだったし、分かりやすくしたのでグラルド卿やシェイドは勿論、もう少し力量としては下の騎士でも気づくことは出来るだろう。けれど、アロンは武闘派ではなく文官よりの才能が有るので、そう言うのは難しかったらしい。

 しかしその瞬間、周囲の木々で羽を休めていた小鳥が一斉に飛び立った――。


「フェナリ嬢――困らせるようなことを言うぞ。私の実力は、小鳥以下なのか?」


「本当に困ってしまうことを言わないでください……」


 ということで、アロンの危機察知能力は小鳥以下という事になった。

 その後、人間よりも動物の方が生存本能が強いわけで、そういう意味では殺気を敏く感知できるのも納得できるわけで……というようにフェナリにフォローされる第二王子の姿があったとか、なかったとか。


  ◇◆◇◆◇


 ――閑話休題。


「それで、フェナリ嬢が初対面の人間に対して殺気を放ってしまう、と言う話だが……それは本当に、社交界に出られないほどの問題足りうるのか? 私、は――小鳥以下かもしれないが、貴族たちとて私と同じようなものだろう。そうに違いない」


「ほんの少しまだ引き摺ってらっしゃる……」


 小鳥の乗っかった天秤は脇に置いておくとして、だ。

 実際、フェナリが貴族を集めたパーティから逃げようとしているのは、殺気を放ってしまうという不穏な『人見知り』の性質だけではない。ここまでそちらの『人見知り』を前面に押し出してきたのも、フェナリのせめてもの抵抗だったと言えば、そうなのだ。分かりにくいことこの上ないのだが――、


「フェナリ嬢、ちなみに一つ聞きたい。フェナリ嬢の持つ『人見知り』に、世間一般で言われるような性質は、全く含まれていないのか?」


「――ぎくり」


「……自白ありがとう。やはり、殺気を放つ云々は隠れ蓑、か」


 ここではっきりさせておこうと思う。曖昧な言い方を完全に排し、フェナリには忖度せずに、正しい事実を述べよう。――フェナリは人見知りである。社会通念上の常識に則った意味合い通りの。

 そしてちなみに、殺気を放ってしまうという話も、嘘ではない。とはいえ、アロンが気付かなかったことからも分かるように、武闘派ではない貴族と相対するときには特段気にしなくていいような性質である。

 グラルド卿のような騎士を相手にするとき、もしくは――直近でいうところのオルウェイヴを相手にするときなんかには細心の注意を要するが、それ以外の場面では気にする必要もない、その程度の殺気なのだ。


「いいじゃないか、それくらい――私もそういったきらいがあるわけだし、共に乗り越えていくのも一興。そうだろう」


「――そうは言われましても……戦いになったら積極性の塊になるくせに人と関わるときには人見知りだなんて、戦闘狂であるという話を補強してしまうじゃないですか」


 一応、フェナリは戦闘狂と言う評価を受けることは心外なのだ。ただ、否定することも出来ないだけで。否定する要素を持っていないというだけで、否定したくないわけではないのだ。

 だから、フェナリは自分が人と接することに億劫だという要素を隠そうとした。その結果として出てきた言い訳が『殺気を放ってしまう』であるところがやはり戦闘狂と言われる所以なのだろうけれど。


「戦闘狂だろうと、私にとってのフェナリ嬢は変わらないさ――」


「良い台詞のように言わないでください! 戦闘狂と言う一言で全てが台無しです!!」


 いや、有難いけれど、有難いのだけれども――!!

 しかし、戦闘狂と言う評価が前提に据えられたその台詞は看過できなかった。戦闘狂ではなく、単に戦いに生きてきた少女、というのがフェナリの自己認識である。


「話が逸れたな――それで、近日行われるパーティの話だ。初めだから、人数は少なめで行おうとは思っているのだが……フェナリ嬢、呼びたい人はいるか?」


「ひとまず、グラルド卿とシェイドを」


「いや、確かに彼らも貴族であって、私も呼ぼうとは思っていたが……」


 即答で出てくるのが身内なのか、とアロンが苦笑いを零す。しかし、フェナリとしてもここだけは譲れなかった。

 貴族、貴族――だ。自分が貴族令嬢であり、王子であるアロンと長らく関わっておきながら今更なのだが、フェナリは前世のこともあって貴族に対しては苦手意識がある。その貴族が多く集まる中に放り込まれては、彼女の精神衛生上よくない。というので、身内の存在は必要不可欠なのだった。


「では、グラルド卿とシェイドには招待状を送ることにしようか。あと、あまり関りの無かった貴族たちの名前を入れなければならないな。今回のパーティの目的はそこに在る」


「では……えっと、そうですね――どんな貴族なら、関わったことが無いんでしょう」


「そうだな、ぱっと名前を挙げるとすれば――ウィルトン子爵家やティレイズ伯爵家、それから……レイルス伯爵家、だろうか」


 レイルス伯爵家。つまりはオルウェイヴ・レイルス。もしくは――その父であるレイルス伯。

 彼らを嫌っているとか、憎んでいるとか、そういうことではないのだが、フェナリとしてもアロンとしても避けたい人選ではあった。というか、初回のパーティに呼ぶには刺激が強すぎる二人だった。


「せめて、オルウェイヴ師団長だけなら――か。三回目以降で検討することにしよう」


「そうしましょう……その時にはグラルド卿も忘れず、ということで」


「ははは、火と油だな」


 最低限の言葉だけを交わしてレイルス伯の扱いに対する認識を共有。そして、話は何事もなかったかのように元の場所へと戻っていった。


「ウィルトン子爵家――は良いかもしれないな。あそこの令嬢は恐らくフェナリ嬢と歳が近かったのではないか?」


「そうなのですか? ――ということは、十六程ですか」


「記憶が正しければ、だな。あそこの令嬢は一度会ったことがあるが……私よりも近くにあった珍しいデザートに興味を向けていた。利権に特段の執着がない家の方が、初回の客としては楽だろう」


「では、ウィルトン子爵家も招待客に、ということで――甘味が好きという話なら、話が合うかもしれません」


 ウィルトン子爵家――招待名簿入りである。

 今回のパーティはあまり規模を大きくせずに執り行われるため、招待するとしたらあと家が一つか二つ、ということになるだろうか。

 ――と、フェナリが思っていたところで。


「そう言えばフェナリ嬢。今回のパーティだが、招待客としては一人、確定している人がいるんだ」


 と、アロンが言った。その言葉に、フェナリは無意識に頬を固くする。なんというか、既視感があるのだ。招待客の話をしていて――ある程度話が進んでからそんなことを言ってくるという流れ。まるで、メイフェアス邸に直接伝書を送り、メイフェアス伯爵に状況を悟らせて――()()()()()()()()()()()()()()かのような、そんな流れだ。

 詰まる所――、フェナリの退路は現在進行系で塞がれている。もしくは、もう……


「今回のパーティには、私の兄上――第一王子が出席されることになっている」


 アロンはそう断言した。まさか、今から招待するかどうかを選択できるような状況ではなさそうだった。


「そうなんですね」――と。

 フェナリはどうにか笑顔を貼り付けて返す。しかしその裏で、阿鼻叫喚の嵐であったことは、特筆には値しないだろう。



フェナリは16歳というのは、公式が勝手に言っていることです。万が一の場合は修正します。

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