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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第4章「黒影迫る魔術師団」

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107.『止り木』


「――以後、なにとぞ良しなに」


 そう言って、オルウェイヴは――腰を折った。

 その動作が、一挙手一投足が、フェナリの目には色濃く映る。何も、魅力的とかそういうわけではない。それどころか、全く逆だった。彼は、余りに危ういのだ。その存在自体が、魔性であり『魔』そのものであるかのように思える。そんな、雰囲気。醸し出される、そんな空気。


「――フェナリ・メイフェアスです。お会いできて、光栄です。……レイルス師団長」


 姿勢を戻し、直利不動になったオルウェイヴだが、やはりその纏う異質な空気には変化がない。先程の形容の仕方が、恐らくは彼にとっての最適解なのだろう。――彼は、『魔』であり、そのものなのだ。

 魔術と言う技術を扱い、司る魔術師団――その師団長。その立場と役職、それに相応しいだけの雰囲気を、彼は間違いなく持っていた。そういう意味では、生粋の、と言う意味では、彼はグラルド卿をも凌駕する。


「――オルウェイヴ師団長からの、唯一の条件だったんだ。騎士団本部まで、自分たち第一師団が護送する、というのがな」


「その通り。――悪魔の娘が『少女』を自称するなどと、私としては全く信じられません、が……会議の結果は結果です。せめて、王子殿下の御身の安全ばかりは我々、魔術師団がお守りせねば、と思いまして」


「そう言う事なら、シェイドで十分間に合ッてんだろォが。騎士が、いるだろォが」


「ちょっと、グラルド卿……それより、それよりですよ」


 因縁の相手、という事もあってかすぐにオルウェイヴに噛みつこうとするグラルド卿を、フェナリが宥める。というのも、今のオルウェイヴの発言には決して聞き逃せない部分があった。

 ――会議の結果は結果、とオルウェイヴは言ったのだ。


「そうだ。厳正なる会議の結果――国王陛下はシオンを『少女』と認められた」


「という事は――!!」


「ッし!! よくやッ……――感謝、いたします、アロン、王子、殿下……」


 魔術師団の人間がいる、ということを半ば忘れていつも通りの態度でアロンに接しようとしたグラルド卿がどうにか立ち止まった。瀬戸際だった。というか、半分崖下に落ちていた。

 グラルド卿はオルウェイヴの方を向いて露骨に舌打ちをする。ほとんど八つ当たりだった。


「では、オルウェイヴ師団長。護衛ご苦労だった。――訓練に励んでくれ」


「承知いたしました、アロン王子殿下。では、また佳い時にお会いいたしましょう」


 グラルド卿が盗人に吠える番犬の如き様子なのを見て、アロンがオルウェイヴを早めに下がらせようと声を掛ける。その指示に対して、オルウェイヴは何ら拘泥するような様子も見せずにすっと退いた。しかし、腰を折って、最大限の敬意をアロンとフェナリに見せて、その去り際、グラルド卿に対して嘲笑を向けるのだけは忘れない。

 グラルド卿が噛みついている様子が目立ちがちだが、しっかりとオルウェイヴ側も()()()なのだな、とフェナリは苦笑いを浮かべた。あの嘲笑は、どういう意味だったのだろうか。


「ハッ、どうせ『卿は公の場で礼儀を見せることすらも出来ないのか』とでも言いたかッたんだろ」


 完全にオルウェイヴが立ち去ってから、グラルド卿が忌々し気に吐き捨てる。この様子からするに、グラルド卿とオルウェイヴは中々の因縁を持っているらしい、とフェナリは結論付けた。

 そこで、そう言えば――とフェナリは視線を別のところに向ける。シェイドが静かだった。勿論、意味もなく騒ぎ立てるような人間でないことは知っているのだが、あまりに沈黙を貫きすぎているような……


「……シェイド?」


「見つからないようにと、願っておりましたことをここに告白します……」


 シェイドは、確かにいた。というか、最初からいたのだ。オルウェイヴの異様な雰囲気のせいで、隠れていただけで。そして、彼自身が自らの存在感を隠していた、だけで。

 シェイドの様子は、何とも面白い絵面になっていた。


「シェイドはな、止り木に――なってしまったのだ」


 追い打ちをかけてくるようなアロンの補足に、フェナリはギリギリのところで吹き出すのを堪えた。危なかった、本当に危機一髪だった。

 しかし、堪えられなかったらしいグラルド卿が思いっきり吹き出して笑った。変わらない、豪胆な笑い声だった。


 ――シェイドの肩に、シオンが乗っている。


 まあいわゆる、肩車の状態だった。

 グラルド卿はひとしきりガハハと豪傑らしい笑い声を上げていたが、ふとそれが止まる。気づいたのだろう。これから、シオンの面倒を見るのは自分なわけで、つまりは当然――、


「……おいッ、いや、俺に乗るな!!」


「――――」


 予想的中。

 シオンが、シェイドの肩から飛び降りてグラルド卿の方へと向かっていく。当然、シェイドのような有様は避けようとグラルド卿も抵抗する――が、


「小さいと、何も見えない、です……っ」


「そりゃァそうかも知れねェけどなァ!」


 ここぞとばかりに、シオンは自らの悪魔としての身体能力を駆使した。グラルド卿も、『少女』を相手にして本気で振りほどこうとはしていないだろうが、しかし軽く振り回されて揺らされても、シオンは微動だにしない。

 よじ登り、『止り木』の抵抗を受けながらも強引に、その定位置を奪い取って占拠したのであった――。


「うむ、画になるぞ。グラルド卿」


「隊長は大柄ですから、私なんかより似合いますね!!」


 自分が被害に遭うことは十中八九無いと確信して高みの見物のアロンと、被害から逃れられて一安心のシェイドがグラルド卿の状況を揶揄する。いや、シェイドの場合は嫌味なく、本当に褒め言葉の可能性はあった。

 そしてフェナリはというと――吹き出しかねない瀬戸際で、ひたすら肩を震わせながら耐えていた。


「これから、よろしくお願いします……っ」


「そこでよろしくすんじゃねェよ」


「いいじゃないか、グラルド卿。シオンの責任はすべて負うとまで豪語したんだ」


「この状況を含んだ覚悟なわけねェだろ!」


「っふ、ふふっ……」


「嬢ちゃんが決壊しやがッたか……」


 そうして、グラルド卿はシオンの『止り木』として、責任を取るところまで追い詰められたのであった。


  ◇◆◇◆◇


「オルウェイヴ師団長のことだが――グラルド卿とのことから予想されるより、彼は悪い男ではないんだ」


「それは、まあ……グラルド卿とも、そういう仲だから、というだけでしょうし」


 シオンに『止り木』扱いされたグラルド卿を一通り面白がって、フェナリはようやく王都を離れることになった。久しぶりにメイフェアス邸へと帰還するのだ。

 とはいえ、本来ならば今頃そのメイフェアス邸でティータイムでも楽しんでいるはずのフェナリが堂々と王都から馬車で出ていくわけには行かない。一応、城塞都市テレセフでのことにはフェナリは関わっていない――というのが今の捏造された事実だ。


 というわけで、フェナリは王都を出るところまで王族の馬車に乗せられている。丁度、アロンが城下の視察をする予定が重なっていたので、それにあやかる形だ。王都を出たところで、別の馬車でメイフェアス領まで向かう、その予定であった。

 前置きが長くなったが、詰まる所――フェナリは今、アロンと共に馬車に乗っている、と、そういうわけだった。そして話題に出たのが『魔』そのものの男、オルウェイヴ・レイルス。


「シオンに関する会議にも――彼がいてくれてよかった。否定的なことを言いはするが、彼の父親よりは随分とマシだ」


「レイルス師団長の……父親、ですか」


「本来、会議に参加するのはレイルス伯だったのだが……体調不良だそうで、代理としてオルウェイヴ師団長が来たんだ。――レイルス伯は典型的な上層貴族だからな……来ていたら厄介だった」


「ということは、グラルド卿のことも――」


「嫌っている、という言葉では足りないくらいだな。最早、忌むべきものとして見ている節がある」


 そう言って溜息をつくアロンに、フェナリはなるほど、と相槌を打つ。

 グラルド卿が言っていた話とも合致する部分だ。「古臭い」とグラルド卿が評していた、上層貴族――つまりは王国議会に出席し、発言権を持つ貴族たち。レイルス伯は、そのうちの一人なのだろう。


「そのうちの一人、というだけではない。彼は、レイルス伯は――あの中でも最年長でな、爵位が上の貴族に対してもある程度は顔が利く。一番に古い男であり、最も実権を握っている男だ」


「……難しい話ですね。力の強い人間が一番偉い、というのなら分かりやすいんですが」


「そんな戦闘狂のような……しかし、それもあながち間違ってはいないぞ、フェナリ嬢。戦場における強さが『戦えること』であると同時に、社交界における強さは『相手を意のままに動かせること』だ。その点で、レイルス伯の右に出るものはそういない」


「私には……縁のない強さです。誰かを意のままに――そんなこと、考えたこともありませんでしたから」


 フェナリの場合――というより花樹の場合、意のままに動かされていたのは彼女自身の方だ。だから、自分が相手を、という逆の立場については考えたことがない。

 しかし、その方面の強さにはめっぽう弱い、ということを自白したフェナリに対して、アロンの瞳は優しげだった。


「フェナリ嬢は、それでいい。純粋であること、無垢であること、それも美徳だ。それに、フェナリ嬢が戦場での強さを持つなら――私が社交界での強さを持てばいいだけだからな」


「そんな……アロン殿下のお手を煩わせるわけには――」


「――フェナリ嬢。私にも、守らせてくれ」


「――――」


 ――静かに、しかし熱を孕んだ声で言われて。

 フェナリは、黙ってしまった。


 馬車の揺れる音、それだけが――二人の耳朶を打つ。耳朶を揺らす。


「――王都の外に出たそうだ。フェナリ嬢、少し行ったところに馬車を手配している。その馬車でメイフェアス領まで帰るといい」


「――ぁ。……ありがとうございます。わざわざここまで同行いただいて……」


「いいんだ、ずっと戦い続きで静かな時間もなかっただろう。これからは、そういった時間も大切にしたいと思ってな」


「――そう、ですね」


「まさか、戦えないと体が疼くなどと、戦闘狂のようなことを……」


「アロン殿下は私をなんだと……!! いや、まあ、定期的に誰かしらと手合わせはしたいですが……」


「やはり、戦闘狂……」


「戦闘狂ではありません!! ――多分」


 珍しい会話だった。

 ここまで砕けた会話が出来たのは、おそらく初めてのことだろう。フェナリは、なんだかんだ言ってアロンとの間に線引きをしていた。

 前世で奴隷だった自分と――王族であるアロン。その間には、決して越えられない壁があるのだと思っていた。しかし、それは思い違い、なのかもしれない。


「では、フェナリ嬢――気をつけて。また茶会で会うとしよう」


「はい、アロン殿下……またお会いしましょう」


 思い違い、かもしれないが――もしも、勘違いなどではないのなら。

 ――フェナリはアロンに改めて婚約を申し込まれたとき、どう答えたらいいのだろうか。


 別れ際、遠ざかっていくアロンの馬車に小さく手を振りながら、フェナリはそんなことを漠然と、考えていた。


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