閑話5.シオンという『少女』
閑話五つ目です。
シオン本人は出てきません――が、基本的にはフェナリのチョーカーを着けてグラルド卿の周りにいます。時と場合によっては、シェイドが代わりに見張りをすることもしばしば。グラルド卿とアロンの密会などは、その特例の一つです。
「――あの合図、よく覚えていたな」
事がおおよそ済んだ頃、アロンとグラルド卿は人目につかないところに、お互いが引き寄せられるようにして集まり、こうして言葉を交わしていた。
昔から――そう、昔から、アロンとグラルド卿の関りとは、こういうものだ。表立って、その関係を公然に晒すことは出来ない。グラルド卿が、裏家業であったことを、貴族たちは知っていて――そして、そんな男が王子であるアロンと関わっている、その事実を彼らは快く思わないのだから。
「まァな。使う事なんざ、一度たりとも無いと思ッてけどよォ」
――しかし。
グラルド卿とアロンは、未だにその関りを続けている。悪友として、恐らくは貴族たちが最も困却してしまうような、そんな関係を続けているのだ。
二人の過去、つまりはグラルド卿が裏家業であった身から、王国騎士団に召し抱えられる、その境界点に何があったのか。それを語らずして、彼ら二人の関係は到底語り切れるものではないだろう。
「そォいやよ、アロン。――俺のこと、嬢ちゃんとシェイドに、話そうと思ッてる」
「そうか」
「別によォ、元々隠すようなことでもなかッたんだけどな」
「そうだな」
「まァ、けど……そろそろ、タイミングッてやつだからな」
「ああ。私は、グラルド卿の意思を尊重しよう」
ずっと、グラルド卿は自らの過去を話してこなかった。その理由は、半分がわざわざ語るほどのものでもない、と言うグラルド卿の認識にある。そして、残る半分は――その過去が、グラルド卿にとってあまり明るいものではなかったから、だ。
裏家業として身をやつしていたあの頃は、大仰に言ってしまえば暗黒時代に他ならない。そして、その世界から掬い上げてくれたアロンは、文字通りの救世主と、そういうことになるのだろう。
「そんな男と、悪友になッた――人生ッてのは面白ェモンだよな」
「まったくだ。私としても、少し腕の立つ者がいると思って引き抜いてみれば、国家最高戦力と呼ばれる立場にまで上り詰めてしまうとは、正直思っていなかった」
あれは――ちょっとした、無謀ないたずら、のはずだった。
そう続けながら、アロンはふと押し黙る。押し黙って、俯いた。あの頃を思い出すのは、久しぶりだ。
アロンにとって、グラルド卿との過去は彼にとってのそれとは――ほんの少し、扱いの異なるものだ。と言うのも、グラルド卿にとってそれが明暗くっきり分かれる過去であるのに対し、アロンにとってのそれは、明暗、清濁、善し悪し、そのどれもがはっきりせず、簡単に言えば複雑な、過去なのだ。
「過去を――思い返して、その結果として、グラルド卿はあの『少女』を、助けたのだろう」
「あァ」
短い、返事だった。全くそこに、逡巡などは見えない。
――昔からそうだったな、と思う。一度決めたことは努めて曲げないし、そして、間違っていることを自らの指針として決めることは、一度もなかった。
「『少女』――と、そう呼び続けられるように願うばかりだ、私としてはな」
「だな。まァ、俺がそう呼ばせてやる。絶対に――アイツを、『悪魔』にはしねェ」
「グラルド卿の努力は、当然必要だろう。しかし、それだけでどうにかなるような、そんな簡単な話でもない。それは、分かっているのだろう?」
グラルド卿がどれだけ、彼女を――シオンを監視し、それが悪魔のような行動をしないか、常に見張っていたとして。それでも、シオンがその牙を人間の害になるよう、扱えば――その時、既にシオンは『少女』ではなく、『悪魔』になる。それは、厳然たる事実だ。そして――、
「グラルド卿には先んじて、言っておこう。先程、シオンについて――父上に報告書を上げた。明日までには王都に届き、父上の、つまりは国王陛下の、目に入る」
「――――」
それがどういうことか分かるか、と問われて、グラルド卿は押し黙る。当然、アロンの言っていることの意図が汲み取れずに黙ったわけではない。その沈黙は、理解したうえのもので、覚悟と納得、そして諦念の含められた沈黙だった。黙認、とも――呼べる。
「我々が王都に帰還するまでに、国王陛下の方では決断が為されるだろう。当然――私は、シオンの、否、グラルド卿の、味方だが……国王陛下の御心が全てだ。それは変わらない。父上がシオンを『悪魔』だと認めた時、私は――騎士団に、討伐命令を出す」
――残酷なことだとは、思わなかった。
それが当然の処置だと、分かっているからだ。シオンを悪魔ではなく人間として扱う――それは、アロンの権限を以て一時的に認められたことだ。が、ギルストに関する話である以上には、最高権力者であり最終決定権の所有者である、国王の決断と認可が必要だ。
それなくして、シオンは認められない。当然と言えば当然の話だし、残酷な話では当然なく、冷酷な判断でもなく、単に当然至極の、そんな話だ。
――シオンの存在は、薄氷の上に在る。
グラルド卿が信じたいと願い、フェナリが説得の一助を担った。そしてシェイドがグラルド卿を信頼し、アロンが決定を下し、責任を負った。
それで、まだまだ足りない。王権国家である以上、王の治める土地に生きる以上、それでは決定打に一歩か二歩、もしくはもっと、足りない。
「願っておいてくれ、グラルド卿――シオンの名づけ親であるお前が一番、あの子を人間にしたいのだろう」
「勿論だ――絶対に、認めさせてやる」
「頼むから、決断が気に食わなかったとしても国家反逆を起こすなよ、グラルド卿の場合は成功しかねないからな」
「時と場合によるな、そりゃァ。王国騎士団『紫隊長』の座なんざ、俺はいつでも捨てれるんだ」
「――嘘だな、それは。その立場自体は捨てられようと、その立場に付随する記憶と人間関係、それを――グラルド卿は捨てられない。律儀だからな」
「――――」
またも、グラルド卿は押し黙った。今度も、意図が理解できなかった訳じゃない。理解したくはなかったが、理解できてしまった――だからこその、図星を隠したくての、沈黙だ。当然、そんなものでアロンを騙せるとは思っていないし、そもそも騙そうとも思っていないのだが。
「じゃァ、俺は帰るぜ。『紫隊長』グラルドは結構なお祭り好きなんだ。それが毎回、宴の時に姿を見せねェッてのは、怪しまれるんでな」
「ああ、そうしてくれ。ただ――時々上がってくる経理報告書には頭を抱えることになるから、そこは考えてくれると助かるな」
「それこそ、時と場合によるッてやつだな」
豪胆に笑って、グラルド卿は――部屋を出た。そして恐らくは、騎士団で行われている祝勝会の数日ごしの延長戦に参加しに行ったのだろう。そうして、戦っては馬鹿騒ぎをする――それが、グラルド卿だ。昔と比べてはかなり明るくなったものだし、それでよいのだけれど。
「――失礼します、フェナリ参りました」
そして、グラルド卿が去って――次の来客があった。
アロンにとっては当然、想定していた来訪であって、何ら驚くことではないのだが、少し胸が高鳴っているのも、事実だった。普段こそ、フェナリに対してはその危なっかしい行動にひやひやして、別の意味で胸は激しい拍動を打つのだが、こうして平和になってみれば、やっとその胸の高鳴りを、正しい意味で享受できる。
「フェナリ嬢、座ってくれ。立ち話で終わるような、そんな話ではないのだろう」
「――はい」
そろそろ、来ると思っていた。フェナリも、事には関わっていて、そして――シオンのことを国王に報告した、と言う事実は先んじてアロンが伝えているのだ。そんな状況で、フェナリからされる話なんて、アロンに想像できないものではなかった。
シオンと言う少女を、守って欲しい――だとか、少女を少女であるように、取り計らってほしいとか――そう言った類の話、なのだろう。そして、それを相談されるアロンとしても、返答は決まっている。
「アロン殿下、一つ――お願いがあります」
「シオンの、ことだろう――それであれば」
「グラルド卿と、手合わせを――した、くて?」
シオンのことであれば、自分に出来ることはすべてやる――と、そう約束するつもりだった。そしてそのうえで、自分の力が全てを如何にかできるわけではないと、そう釘をさすつもりでもあった。しかし、そこで思惑は交錯する。
アロンの想定が崩れ、フェナリの口からは予想とは異なる申し出が飛び出してきた。というので、お互いが互いに目を見合わせて首を傾げる。
「シオンの……ことではなかったか」
「その件は――グラルド卿と、そしてアロン殿下を信じるばかりです。私には、恐らく何もできませんから。ただ、私には信じることしかできない、ならば、出来る最低限のことをします」
「そうか……私の早とちりだったな。それで、フェナリ嬢の申し出は――」
「グラルド卿と、手合わせを、したい、のです」
「そんなに切り貼りしながら言わなくても伝わるが……しかし、こう言っては何だが、血気盛んだな」
つい先日まで、必死の戦いを繰り広げておいて、未だ戦い足りないのだろうか。
そう――フェナリは、戦い足りない、わけではない。食事と甘味は別腹であるように、命を懸けての戦闘とお互いを研鑽しあうような手合わせとは、また別ジャンルである。
そのことをフェナリはアロンに熱弁した。自分の甘味好きも併せて開示することになったが、それはどうでもいい。そして、結果として、アロンから白い目で見られた。
「いや、そうだな、うむ、理解した。理解しようと、心がけている。そうだ、な、分かった」
「恐らく絶対に分かっていらっしゃらないと思いますので、もう一度初めからご説明いたします」
「待ってくれ、フェナリ嬢!! 分かったんだ、そう、分かったから説明はなくて結構。グラルド卿との手合わせだな。また手配しておこう」
「ありがとうございます。腕が鳴ります」
やる気を、表明しようとしただけ。そう、やる気を見せたかっただけなのだ。それで、腕が鳴るとか言ったのだ。結果として、アロンの表情がまたも白に近づいた気がするのだが、気のせいだろうか。
星空の下で、グラルド卿と約束したのだ。だから――フェナリは手合わせをするのだ。何というか、ロマンチックの欠片もない。
「はぁ……ひとまず、フェナリ嬢がグラルド卿と結託して謀反を起こさないかだけ確認しておこう」
二人が国家側にいる限り、他の人間が謀反を起こしてもどうにかなりそうだし、とアロンは呟いた。王子とは国防にも関わる立場というので、大変なものだなあ、とフェナリは思うばかりである。
この言葉が、後々――現実になるとは、誰も思っていなかった……なんて、エピローグでもつけておこうか、と。そんなことを、フェナリは思うばかりである。
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