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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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102.お前がしてくれたことを――


 ――時は遡る。


「何だァ、この変な空気……」


 ヴァミルが最後は呆気なく灰になって消え、グラルド卿の前に残されたのは異様な雰囲気を漂わせる洞窟だけだった。最後、グラルド卿の命を道連れにするでも、周囲を巻き込んで自爆するでもなく、ただこの洞窟前まで移動するためだけに最後の抗いをしたヴァミル。そう考えれば、この場所には何かがあるに違いない。

 その証拠に、グラルド卿は洞窟の中から何らかの気配を感じ取っていた。生命体が、中にいる。何がいるのか、おおよそ間違いはないだろう。それを予想できるからこそ、グラルド卿は洞窟の中へと足を踏み入れた。


「ひとまず、入り口で待ち伏せッてのはねェな」


 洞窟の中には冷気が立ち込めていた。しかし、グラルド卿の肌を刺すような感覚は、恐らく岩肌の冷たさのみではないだろう。奥から、敵意が向けられるのを感じる。複数だ。やはりか――と、グラルド卿は大剣を鞘から取り出した。

 引き摺られる大剣が岩床と擦れ、金属音が歪に響く。反響する音の中に、明らか異質な音の反射を見つけた。いるのは、およそ十数体。どれも、大きくはない。または、身体を縮めているか。


 音の反射で相手方の戦力を分析しながら、グラルド卿は狭い洞窟を進み、少し開けた部屋のようなところに出た。そして、そこで彼の推測が正しかったのだと示される。


「やッぱりな――何だァ、ここは悪魔の託児所ッてか?」


 鋭い敵意を向けてくる、悪魔の数々。しかし、その多くが人間の子供程度の大きさであり、人間には見えないような化け物の様相を呈している。戦力外の低級悪魔だろう。生存本能に従って群れ、逃げてきたような――言葉汚く言うならば、雑魚だ。

 当然、グラルド卿の敵ではない。しかし、弱いとはいえ悪魔だ。城塞都市の城壁の内側にこれだけの悪魔がいるともなれば、いつかは問題になる。元々、今回の作戦は殲滅戦だった。これも、その段階の一つなのだ。


「さァてと。さッさと終わらせよォぜ。こッちも疲れてんだ」


「――――ッッ!!」


 人間の声にならない呻き声か、はたまたそれが鬨の声だったのか。耳障りな雄叫びを上げて、悪魔が数を成してグラルド卿に飛び掛かる。飛び上がって、爪を差し向けて――それだけの単純な攻撃。そして、その結末までも皆同じだ。グラルド卿の一閃が、容易く低級悪魔を数体纏めて切裂いていく。

 波状攻撃を仕掛けられるほどの数はいない。突如として現れた大敵に気が逸り、咄嗟に飛び出した悪魔が数体消滅したことで、一気に飛び掛かるにしても密度が足りない。そうなった今、個で見ても全で見ても、結果は蹂躙以外に存在しなかった。


 ――グラルド卿が悪魔を斬るとき、彼の胸中は虚無に支配される。


 それは、何故だろうか。グラルド卿は戦闘狂ではないが、しかし敵を斃すことに躊躇いはないし、力を十全に揮うことが出来るというのは気分が良いと感じる。しかしそれでも――、彼が悪魔を殺す時、切り伏せるとき、力によって押し潰し、無かったことにし、存在を否定していくとき、グラルド卿は虚無の心を得るのだ。

 ヴァミルを相手にしているときは、そうではなかった。悪魔を殺すその瞬間でさえ、心は戦闘の中に在った。しかし、それもヴァミルを相手取っていた時だけだ。強敵を相手に、虚無などに心を支配されている暇もなかったのだろう。弱い悪魔、雑魚の有象無象、それらを相手するときにはやはり、心が動かない。


「――。お前が、最後か」


「――……」


 悪魔を斬り捨て、悪魔を斬り捨て、悪魔を斬り捨て――そして、グラルド卿は緩慢な動きで最後の一匹のところへと足を運ぶ。洞窟に入る前に感じていた不思議な空気は今の今まで消えていない。ということは、この最後の悪魔こそがその異様な雰囲気の源なのだろう。

 とはいえ、大して強くはない。幾らか人間らしい見た目に近いが、それでも中級程度だろう。低級と変わらず、グラルド卿の敵ではない。さっさと、もう終わらせよう――グラルド卿は、大剣を振り上げた。



「ま――待って、ください……違うんです」


「――――」


「違うんです、違う……そうなんです、違って――っ、そうじゃなくて……わたしは、私は――ぁ、悪魔だけど、悪魔じゃなくて、悪魔なのに、人間なんです……っ」



 そんな言葉に、どうせ偽りでしかないそんな言葉に、グラルド卿はしかし大剣を振り下ろそうとしていた腕に力を入れた。重力に逆らい、それを頭上で押し留める。

 心が、動いた。それは感動したとか、同情したとか、そんなことではない。明確な動きではないのだけれど、しかし――グラルド卿の、虚無しかないはずの心に、他の感情が沸き上がったのだ。今、ここで大剣を振り下ろしてはいけないのではないだろうか。それをしてしまっては、本当に取り返しのつかないことになるのではないか。根拠もないのに、そんな考えがグラルド卿の中を駆け巡る。


「どォいう、ことだ……」


 気づけば、彼の口からは問いかけの言葉が出ていた。意図せず、その声音は今までになく低い、怒気を孕んだ声だったらしい。怯えたのか、幼女の姿をした悪魔が肩を震わせる。

 どういうことか――グラルド卿の問いかけには、いくつもの疑念が籠められていた。そもそも、この悪魔の幼女、彼女が言った『悪魔なのに人間』と言う言葉の真意はなんなのか、そして人間の言葉を話しながらしかし中級程度の姿でしかないような、彼女の状況の矛盾について。テレセフに来てから、グラルド卿の経験とは違うような状況、悪魔と出会ってきたが……これはその最たるものと言って差し支えあるまい。


「答えろ。答えによッては、この場でお前の首を斬り落とす」


「……人が、死んだら……天使か、悪魔になります。それは……っ、その、生きてた時に良いことをしたとか、悪いことをしたとか――そういうことじゃなくて……ただ、そういう、運命で――ただ、『選ばれる』んです……っ」


 簡単に信用できる話ではなかった。荒唐無稽な話だ、と断じたとしても誰もそれを咎められまい。しかし、グラルド卿はその話を与太話なのだとせず、剣呑な瞳で以て幼女に続きの話を促した。


「悪魔になった、ら……ほんとは、生まれ変わる……? から――思い出とか、全部なくなるんですけど……私、ヘンみたいで、人間だったときのこと……まだ覚えてて、だから、悪魔だけど、でも……人間なんです。違うんです、ずっと……っ、こわかった。まわりはみんな、化け物ばかりで、私も……おんなじで――」


 幼女は口を震わせ、痙攣させ、どうにか言葉を紡ぐ。それを見ても、グラルド卿には同情と言った憐憫に似た感情は浮かばない。それどころか、筆舌に尽くしがたい怒り、憤懣が胸の奥に溜まるのを感じていた。――重なるのだ。


「わたしは……っ、化け物じゃないんです、人間で――」


『俺ァ、人間じゃねェ!! 化け物だ!! 俺はそれ以上でもそれ以下でも……ッ、ねェ!!』


「ずっと、こわかった、んです……信じてもらえないかもしれないけど――でもっ」


『怖がられッぱなしの人生だ!! 俺は誰にも信じてはもらえねェ、信じて欲しくもねェ!!』


「いつか……ほんとに、悪魔に……っ、人間の時の記憶も、お母さんのことも忘れて……っ」


『だから俺はッッ、人間じゃねェ!! この国の人間でいたくもねェ!! 記憶なんか、思い出なんざ……ッ、そんなもの、どうだッていいんだよォ!!』


「だから――っ、お願いします……助けて、ください」


『俺は――ッ、助けなんか求めちゃいねェんだ!!! 分かったら、とッとと失せろ!! 王族なんかが、俺なんざに憐憫垂らしてんじゃねェ!!!』


 ――何もかもが、重なる。その言葉は全て違うのに、それこそ正反対のことを口走っているのが両社だというのに、それを一番理解しているのはグラルド卿なのに。しかし、重なってしまう。

 今、幼女の姿をした悪魔が弱弱しく助けを求めた言葉と、過去のグラルド卿が吐いた、助けを拒絶する言葉――それは言葉こそ対極だが、それでも、裏に籠められた思いは全くと言っていい程、同じだ。これだから、嫌だったのだ。


 ――悪魔を見るとき、いつも心には虚無が去来した。

 

 化け物で、ただ人に忌み嫌われる存在。そして、騎士団の数と力によって押し伏せられ、そもそもこの世界には存在しなかったかのように、消し去られる存在。

 それは、過去のグラルド卿だ。悪魔を見るたびに、特に弱くてグラルド卿に蹂躙されるような悪魔を切り伏せるたびに、彼は過去を思い出す。だから、嫌だった。嫌だったから、その薄汚れた過去を思い出さずに済むよう、ただそれらを覆い隠すためのヴェールとして、虚無が存在したのだ。

 分かっていた。分かっていて、唯一彼が目を背け続けたことだ。そして今、彼は岐路に立たされている。目の前で助けを請う幼女は、悪魔だ。悪魔でありながら人間なのだと、そう宣っている。殺そうと思えばすぐにでも殺せる。そんな弱い存在――。


「俺ァ……おれ、は……」


 あの時、アロンに掬い上げられなければ、今グラルド卿はこうしていない。今もまだ、地獄にいただろう。何故、今こうして騎士団にいて、地獄ではない生活をできているのか。それは、アロンがグラルド卿を化け物として扱わなかったから、グラルド卿を人間として見て、価値を見出してくれたからだ。

 グラルド卿は、それと同じことが――出来るだろうか。


「俺ァ――お前を、信じたい」


「――っ!! じゃ、ぁ……」


「だが、俺には判断しきれねェ……仕方、ねェか」


 グラルド卿は、ふと思い出した。ずっと昔に決めてから、一度だって使ったことの無い合図を。そうだ、そんなものも作ったのだったと、思い出した。

『意見を請う』――ずっと、忌み嫌ってきた王族に対して、そんなことを間接的にとはいえ言う事になるとは。過去のグラルド卿は恐らく、決して思えないだろう。今でも、不思議な気持ちだ。


「はぁ、はぁ……っ、グラルド卿――!! やっと、追いついたぞ!! あの悪魔は――」


「丁度いいところに来たな、フェルド!! 『上空で水球を爆発』させろ――合図を出すんだ。そのまま、お前は先に帰ってろ」


「は、はぁ?!! どういうことだ、グラルド卿?! 先程のあの悪魔は、どうなったのだ?!!」


「良いから、頼んだ!! 詳しい話は後でだ。ヴァミル討伐じゃァ、お前の力も役に立ッた、感謝する!!」


「う、うむ? こちらこそ……? ――まあ、いいか。分かった、グラルド卿の言う通り、合図を出し帰還しておく!!」


 体力がないのに走ってきたのか、完全に息切れしながら洞窟の入り口に立ったらしいフェルドに、グラルド卿は指示を叫ぶ。困惑するフェルドだったが、有無を言わさぬグラルド卿の言葉に首を傾げ、しかし『指揮官は俺だ』と言われたことを思い出して従順に指示に従った。

 少し雑な扱いになったことは申し訳ないが、グラルド卿としても今は余計な用件を作りたくなかったのだ。素直に帰ってくれてよかった。


 もしかすれば初めて――アロンと、本当の意味で向かい合うことになるかもしれない。

 それならば、心の準備はしておいて損はない。



「お前の処遇は――この国の、王子サマに決めてもらうんだ」




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