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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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101.二人だけの合図


 ――グラルド卿は、動けなかった。


「違うんです、そうじゃないんです……わたしは、違うんです、違います……私は――人間なんです」


 目の前の違和感、異端たる事物。それを前にして、グラルド卿は動けない。今するべきことは分かっている。何をするべきか、そうだ、大剣を今こそ振るえ、それだけで終わるはずだ。

 それなのに――グラルド卿は、動けない。


「違う、違うんです……違うから、私は人間だから……っ、ほんとに、そうなんです」


「――ッ、……」


  ◇◆◇◆◇


 それとおよそ同時刻、シェイドとフェナリは、領主邸へと帰還していた。


 既に報告を受けていたらしく、衛兵や騎士たち、そしてアロンとファドルドからは歓喜の色が漏れ出でていた。彼らに歓迎され、フェナリとシェイドは凱旋する。賛辞の言葉と慰労の声の数々が、数分ほど空気を揺らした。そして少しずつ場が落ち着いてきたころ、シェイドはふと違和感を覚える。


「どうかしたか、シェイド」


「父上……グラルド隊長は、今どこに?」


 真っ先にシェイドの抱えている違和感に気づいたらしいファドルドが近づき、声を掛ける。そして、シェイドはこのお祝いムードの中で、唯一見つかっていない憧れの人の名前を出した。誰がいない、と言う話であれば当然、この場に兄であるフェルドもいないが、シェイド視点ではまさか怪我人である彼が戦線に出ているとは思わないし、今も救護室で休んでいると思っているので除外だ。

 グラルド卿は、こういった状況では少なくとも顔を出すだろうという性格の人間だ。騎士団で馬鹿騒ぎをする人間のリストの中には彼の名前が必ず入るだろう。だから、彼の姿がどこにも見当たらないのは、おかしい話だった。


「まさか、負傷をされているとか……いえ、グラルド隊長ならそんなことはないかもしれませんが――」


「グラルド卿であれば、まだ帰還されていない。ただ、卿が戦っていた『悪魔の娘』の討滅は確認されている。報告が上がってきているからな。だが――戦っていたグラルド卿と、それから……フェルドも、まだ帰っては来ていないのだ」


「討滅したのに、帰還していない……まさか、動けないほどの負傷を――!! というか、兄上も戦場に?!」


「落ち着け、シェイド。グラルド卿は健在だ。フェルドについても同じ。戦況を観察していた衛兵が五体満足で洞窟に入っていくグラルド卿、そして付近でフェルドの姿を確認している。ただ――その洞窟に入った理由は分かっていないし、その洞窟から出てくるところも、確認されてはいない」


「それは……」


 五体満足で『悪魔の娘』を討滅した、という話を聞いてシェイドも安堵する――が、洞窟に入っていったという話を聞いて、状況の不可解さに頭を抱えることにもなった。ファドルドの話からすれば、『悪魔の娘』の討滅は洞窟に入るより前のこと。ならば、何故グラルド卿はわざわざ洞窟の中に入ったのか。

 シェイドは考えられる可能性を頭の中で列挙する。そして――、


「――シェイド。アロン王子殿下がお呼びだ」


 考え込んでいたシェイドの肩にファドルドの掌が載せられる。アロンからの呼び出しがあったとあれば、シェイドは考え事を優先してはいられない。父に示された方向に目を向けると、アロンが別室を指さしていた。騎士や衛兵の隙間を抜けるようにして、シェイドは急ぎアロンの下へ。

 指定された別室へ入ると、そこにはアロンともう一人、フェナリがいた。首元のチョーカーはなく、『騎士術』を用いずとも彼女がフェナリであることが分かる。恐らくはあのチョーカーが姿を隠すための道具だったのだろう。


「祝勝会の後で、と思っていましたが――少し早い再会になりましたね」


「そう、ですね。――ということは、諸々をお話しいただけるのでしょうか?」


「すまないがシェイド、今はフェナリ嬢のことについて細かく話している時間はない。その話は大して急を要するものではないが、他の話で危急のものがあるのでな。シェイドも気づいていただろう――グラルド卿についてだ」


 グラルド卿について、と。アロンがそう言ったのを聞いて、シェイドの表情が変わる。確かに先程の場にもグラルド卿はおらず、ファドルドの話によれば、彼はフェルドと共にある洞窟に足を踏み入れてまだ帰還していないとのことだ。グラルド卿の実力を知っているシェイドからすれば、彼を心配することこそないが、しかし不可解な状況を解き明かしたいとは思っていた。


「つい先ほど、伝令兵から報告があった。グラルド卿が現在いるであろう地点で、水球が上空で爆発――恐らくは合図だろう、と」


「……水球が上空で、ですか。騎士団で決められている合図に、それはなかったと思いますが」


「そうだ。騎士団の決まりに存在する合図ではない。これは、過去に私とグラルド卿の間でのみ決めた、独自の合図だ。その意味するところは『意見を請う』――なにか、彼一人では判断できない状況に際し、グラルド卿は私に意見を求めている」


 アロンの表情、そして危急の用件だと言った彼の口ぶりからして、その合図は決して安易に使われるものではないのだろう、とシェイドは推測する。


「この合図は決めておきながら、一度として使われたことはなかった。つい先程までは――だが」


「これまでになく、グラルド隊長が判断に難儀する状況……ということですね」


 アロンとフェナリの言葉が、シェイドの推測を裏付ける。そして、アロンがこれから言わんとしていることも、何となく分かるような気がした。

 

「先に言った通り、この合図は我々二人だけの、独自のものだ。司令官ではなく、私個人に対する合図――当然、可能な限り個人として対応しなければならない。そこで、私はグラルド卿のいる洞窟へと向かう」


「私は、その護衛をすればよろしいのでしょうか?」


「その通り、話が早くて助かる。私とフェナリ嬢でグラルド卿のもとへ向かうが、その間の護衛をシェイドには任せたい。戦闘の直後だが、頼まれてくれるか」


「王子殿下の、ご意思のままに」


 シェイドとしては断る理由がなかった。グラルド卿の状況を知りたかったのは事実だし、王子としてのアロンが頼もうと、個人としてのアロンが頼もうと、シェイドが拒否することはない。アロンとフェナリ――二人を守れると言うなら、シェイドとしてはこれ以上ない光栄なことだ。

 シェイドが申し出を受け入れてくれたことに感謝しながらアロンは、ファドルドには大まかな状況を説明したこと、しかし騎士や衛兵には知らせが行っていないので隠密行動になることを説明する。

 そして、必要最低限の説明を終えて――、


「グラルド卿の状況が分からない以上、すぐにでも行動しなければならない。二人とも、準備はいいか?」


 二人の確かな頷きを得て、一行は静かに部屋を出た。そのまま、ファドルドと軽く打ち合わせた通りの経路を通り、隠密行動に徹しながら領主邸の外に出る。既に悪魔が掃討されていなければ、シェイドが護衛に就くとは言え王子であるアロンが外に出ることは叶わなかっただろう。グラルド卿はそのあたりも考慮していたのかもしれない。

 領主邸を出て、厩舎から馬を出す。アロンとシェイドはそれぞれの愛馬に跨り、前世でも乗馬経験のないフェナリはアロンの後ろに乗せてもらうことになった。そして、三人は町へと繰り出した。


「グラルド卿は洞窟と入っていって、そのまま姿を見せなかったんですよね。であれば――洞窟内で何か……まさか、崩落でも」


「確かに、フェナリ嬢の推測は私も考えた。しかし、それならば騎士団の合図を使わなかった理由が分からない。それに……こう言っては何だが、グラルド卿の場合は洞窟が崩落しようとも自力でなんとかできるだろう」


「殿下の意見に賛成です。グラルド隊長は間違いなく洞窟の崩落を予見し、必要とあらば山ごと破壊して脱出されます」


「待ってくれシェイド、そこまでの話はしていなかったはずだ。そう簡単に地図を書き換えられると困る」


「そう考えると、グラルド卿が置かれているのは明確な危機的状況――ではない、ということになりますよね。ですが……それだと何故、グラルド卿が緊急の合図を出すのかが分かりません。シェイドが言ったことは流石に誇張されていると思いますけれど、それでもグラルド卿の力量を考えればそう困ることも無いでしょうから」


 グラルド卿の合図があった場所、その位置に到達するまでの時間、三人は何故グラルド卿が合図を出したのか、という事を話し合っていた。アロンが言うように、彼の身に危険が降りかかっている、というのであれば騎士団の応援を要請するだろう。アロン個人を呼び出す理由はない。であれば、残るは――、


「精神的な、悩み――とか」


「正直な話を言えば、それはグラルド隊長から最も遠い言葉のように感じます……ね。勿論、悪い意味ではなく。隊長は、芯の強い方です。並大抵のことでは心を揺るがせることはありませんから」


「そうだな。私の見てきたグラルド卿もそういう人物だ。少なくとも、人間が一生に受けるであろう誹りを短期間で集中的に受けたとして、それでも『紫隊長』と言う立場に上り詰められるほどには彼の精神は揺るがしがたい」


 そういう風に考えを出し合って、しかし彼らの中でこれこそ、と言うような納得できる考えはついぞ出てこなかった。そして、彼らは件の洞窟に到着する。

 馬が主の命に従い、洞窟の前でその蹄で土を抉った。馬から下りて、フェナリは洞窟を睥睨する。中から感じる、普通ではない気配。恐らく、グラルド卿もこの気配を訝しんで中に入ったのだろう。そして、中で何かを発見したか、何かが起こったか。


「さて――。では、中に入ろう。恐らく安全だとは思うが……」


「王子殿下、私が先に参ります」


 シェイドがアロンの前に出て、アロンはフェナリを守る位置に立つ。シェイドは騎士剣の柄に手を添えた。その隊形を崩さず、慎重に歩を進めていった。そして、洞窟の中に足を踏み入れ――、


「おう、来たか――」


「グラルド卿?」


 洞窟の入り口から中を覗き込み、中へと踏み込もうとしたシェイドを止めるようにして、グラルド卿が陰から姿を現した。その表情はどこか疲弊しており、目も伏し目がちだ。明らかに何かがあったことは間違いないのだろう。

 アロンとシェイドはまずグラルド卿に視線を向けた。しかし、フェナリはまた別の一点を見つめている。そちらには、小さな影があった。洞窟の外からも感じた、何か不思議な気配――その、源泉だ。


「――グラルド卿。そちらの、悪魔は?」


「悪魔――?」


 冷静に、しかしいつでも花刀を顕現させられるような状況で、フェナリはグラルド卿に問いかける。彼女の口から出てきた、無視できない単語を反芻しするアロンが初めてグラルド卿の背後に視線を向けた。そこには、五歳から七歳ほどの幼女が立っていた。およそ、庇護欲をそそられるような見た目だ。人間の本能的なところに訴えかけてくる魅力がある。しかし、無視できないのはその背中から正体を露呈させる紫の翼――。


「もう一度問います、グラルド卿。その悪魔は、何ですか?」


「あァ……話さねェといけねェわな」


「?!?!」


「こればッかりは、アロンの意見を聞かずには進められねェんでな」


「???!!!」


「ちょいとばかり、時間を遡るが――俺が、ヴァミルの奴を斃した、その時までだ」


 グラルド卿が当然のようにアロンを呼び捨てにし、フェナリに粗暴な口を利く。あまりに突然のことに、そこの関係を知らないシェイドだけが驚くが、しかしグラルド卿を含む三人はそのことを置いておいて、話を進め始めた。


 ――昏い洞窟で起きたことの、一部始終だ。


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