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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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96.過去を知る者


「それでは司書殿。悪魔に関する棚はどこに?」


 自分の頭には書庫が入っているとまで豪語した司書に対し、アロンが問う。リアは『悪魔』と言う単語を聞いてはっとし、頷いた。


「そうですかそうですか、王子殿下は悪魔についてお知りになりたいんですね。分かりました、ご案内しますのでこちらへ」


 リアの背中を追いかける形で、アロンは書庫の奥へと歩いて行った。書棚の間隔は十分に開いているが、見渡す限り全てが本の背表紙なのもあって謎の圧迫感があった。これまでに紡がれてきた歴史の全てが、ここでアロンを品定めしてきているような気分になる。

 そうして、棚と棚の間を歩いていくとふとリアが足を止めてファドルドの方へと確認するような目配せを飛ばした。それに対して、ファドルドも頷きを返す。その様子を見ながら、『ここからが禁書の区分なのだ』とアロンも覚悟する。


「こちらの棚の上から二段以外は全て、悪魔に関する蔵書となってます。目ぼしいものがあれば読んでいただいて結構ですし、じっくり読んでいる時間がないという事でしたら、わたしが内容を説明させていただきます」


「なるほど、案内感謝する。――少し見てみよう」


 棚に歩み寄って、並ぶ蔵書の背表紙を眺めてみる。

『下級悪魔と中級悪魔の区別に関する生物学的考察』、『上級悪魔の目撃情報に関する報告書』、『悪魔との子は悪魔か』、『悪魔と人間の種族的差異に関する研究報告』、『悪魔のような女』……並び立つ蔵書の題名には『悪魔』と言う単語がこれでもかと言うほど出現する。しかし、ふと悪魔との直接的な関係の無さそうな題名が視界に入って、アロンは目を止めた。


「司書殿、この『悪魔のような女』という本は?」


「これはですね……あっ、いや――『フェナリエ・メイフェアス』に関する本ですかね」


「確かに、その所業は悪魔にも匹敵するとは聞いたことがあるが……悪魔の要素が?」


「いえ、多分ですけどぉ……私のミスですか、ね? 失礼しましたっ!!」


 慌てて、リアがその本を取り出して駆けだしたかと思うと、迷うことも無しに別の棚のところへと向かい、蔵書を並べ替えてまた戻ってきた。なんてことない顔をしているので、何もなかったこととして扱ってほしいという事なのだろう。しかし、アロンは無性に先程の本が気になった。


「ちなみに、先程の本の内容は?」


「題名そのままです。フェナリエ・メイフェアスという、人間でありながら『悪魔のような女』という二つ名を付けられた彼女に関する出来事が書かれていますね。そうそう、彼女に関する書籍はわたしも幾冊か読んだことありますが、あれほど事細かに書かれた本はありません。――彼女の被害に遭った村落の情報から、用いられた呪術についてまで、彼女に関する半分程度が収められていると言えるでしょう」


「それだけ仔細まで書かれていて、『半分程度』?」


「そうですそうです、『フェナリエ・メイフェアス』と言う存在はそれだけでは収まりません。……まあ、私も本人に会ったことも話したことも無いので、分からないんですけどね。えへへ……」


「成程、フェナリエ・メイフェアスか……」


「王子殿下、気になられますかな? あの――メイフェアス家が」


 ファドルドが意味深な響きを籠めて問うてくる。メイフェアス伯爵家、つまりは婚約者であるフェナリの生家の話だからだろう。実際、フェナリエの名前に引っ掛かったのにはフェナリの存在もある。彼女のことを自分は何も知らないのだと自覚してから時間が経ったが、それでもまだ知らないことは数多残っている。それを拾い集めようと、どこか躍起になっている部分があったのかもしれない。

 

「家名に引かれた部分は、否定できませんね。聞き馴染のある言葉には反応してしまうものですから」


「なるほど、確かにですな。私も息子二人がシェイドにフェルド、そして私の名前もファドルドなもので、『ド』の一文字ですら耳が跳ねます」


 適当な冗句で話題を流すファドルドに、アロンは老獪らしさを感じ取る。国境近くの、いわゆる辺境を治める彼もまた、貴族と言う種族なのだ。

 話題を振り、話題を流し、自らの立場と利益を追求する。そう言った厄介でありながら単純な行動理念で動くものは分かりやすい。貴族と言う種族が全て、そう言った性質であればより扱いやすいものなのだろうとアロンは思う。それこそ、自らを棄ててまで人に捧げる、そんな態度である方が裏の見えない分怪しく感ぜられるのだ。


「――む。王子殿下、少しよろしいですか。衛兵が来ておりますので」


 少しばかり、苦々しい過去を思い出して俯いていたアロンの横で、書庫の入り口に訪れた衛兵に気づいたファドルドが立ち去る。ふと視線をやれば確かに衛兵が来ていた。心なしか表情には高揚が見られるあたり、残った二つの戦場どちらかが決着したのかもしれない。

 無意識に逸る心を抑えて、アロンはリアに向き直った。残念だが、状況が変化し続ける中で書庫の本を一つ一つ探し、内容を呼んでいる時間はない。


「司書殿、この書庫に『悪魔の娘』に関する記述のある本はあるか?」


「『悪魔の娘』ですか。つまりはつまり、家族関係を持つ悪魔ということですよね」


 アロンが頷いて返すと、「あります、ありますよ」と言ってリアが本の棚に視線を向けた。少し目線を泳がせながら、「あの本とあの本、そしてこの本とその本……」といくつかの本を指さしていき、そして最後に一冊の本を取り出すリア。


「一番詳細の記録が残っているのは多分この本ですかね。過去に『長女』と名乗る悪魔、『次女』と名乗った悪魔、それから『お姉ちゃんたち』と言う発言を残した悪魔が記録されています。それとそれと、『お母様』と言う発言も。――王子殿下の探されているのは、この本ですか?」


「『長女』がヴァミル、『次女』がラミルだな。――『お母様』と言う発言か。やはり、あの悪魔らはこの都市に現れたことがあった。司書殿、その本にほかの記述は?」


「そうですね、そうですね……えっと、それらの悪魔は他の悪魔と違って不思議な能力を使います。それから、討伐されたという記録はありません。記録として残っている限り、約百五十年前の事例が『長女』、その十五年後に『次女』、更に十五年後に『お姉ちゃんたち』と発言した悪魔、と言う順です。もう一つ、そのさらに二十年後、複数体の悪魔による襲撃があったことが記録されていますが……あれは被害が大きすぎて、確かな記録は残っていませんね」


 どこかでは聞いたことのある話だ。アロンは記憶と照合させながら、リアの話を聞く。ファドルドの記憶のお蔭か、その所為か、書庫で得られる情報の中で目新しいものはないらしい。

 ファドルドが衛兵の報告を聞ききり、興奮冷めやらぬ様子でアロンの方に向かってくるのが視界の端で見えた。書庫で得られた情報に大して目ぼしいものはなかったが、状況が動くというのであればいつまでもこの場所に拘泥してはいられない。そう思って、話を締めようとしたアロンを、しかしリアの一言が引き留めた。


「わたしも、それぞれの襲撃の際に現場にいました。そうです、そうです……お恥ずかしい話、あの悪魔たちを取り逃したのは私ですから」


「取り逃した……? まさか、その襲撃の際は司書殿が戦線に?」


「ええ、そうですそうです。司書とはいえわたし、結構強いのでっ! まあ、討伐対象を取り逃した時点で誇れないんですけどね、あはは……」


「まさか、『悪魔の娘』を見たことが――」


「ありますあります。それどころか、『お母様』と呼ばれていた悪魔も。当時は特別な悪魔だとして、研究者たちが大量の書籍を作ったんですが……民衆の混乱を招くとして、当時の領主様が全て禁書として燃やしてしまったんです。そして検閲を掻い潜ってどうにか残ったのが、先程の数冊ですね」


「――。当時のことを、詳しく聞かせてくれ。特に……『お母様』と呼称されていた悪魔についてだ」



  ◇



 ――時は遡る。

 グラルド卿がヴァミルの消滅を確認するより、そしてアロンがリアの書庫に足を踏み入れるよりも前。シェイドが遂に『悪魔の娘』ラミルに対する禍根を乗り越え、騎士剣を握った時までだ。


「それでいい!! 私はずっと、お前を殺したかった!! 何もかもを殴り捨ててでも、お前を――!!」


「――ふぅぅぅ……姿が姿だけに、堪える状況ではある。しかし、納得も行くな。アーミルに私を殺すな、と命じたのがお前か」


「そうだ! お前は、私の手で殺したかった。アーミルがお前を殺しかけた時にはどうしようかと思ったよ。せめて、瀕死のお前の頭を踏みつけにする程度はしてやらないと!!」


 惨い決意を垂れ流すラミルに、シェイドは表情を歪ませる。初恋の人の顔で、声で、そんなことを言われているのだから精神的にも辛い。しかし、その言葉によってシェイドの中にあった推論が裏付けられてもいた。

 アーミルとの初めての戦闘の際、最後に彼女が放った言葉はシェイドに疑問を抱かせた。『『殺すな』って言われてる』のだと。だから、間近でシェイドに攻撃をしておきながら、彼に致命傷を与えずに生還させた。あまりに悪魔らしくない行動は不可解を呼んだ。だが、その裏ではアーミルの姉であるラミルがした命令があったのだ。そしてその理由も、今分かった。最悪の形ではあったが。


「――あまりに痛ましい。本当に、この状況を私の頭は呑み込みたくないらしい。お互いの要望も合わさったことだ、早く、終わらせよう」


 本当なら、ラミルを直視することさえシェイドには難しい。過去と全く同じ姿で声を発する彼女は、しかし過去とは相容れないがゆえに、その存在だけでもシェイドの心を蝕み続ける。

 改めてシェイドは騎士剣を構えた。横で付添の騎士が同じく刃を構えている。これまで騎士団の中でも別の隊にいたのだろうか、彼女のことはシェイドの記憶にもない。しかし、ここまでラミルとの攻防を続けていたあたり、その力量は確かなものだ。共闘できるというのであれば、頼もしい。



「さあやろう!! さっさと死んでくれるなら、私は嬉しい!!!」


「――これだから、悪魔との共存は夢物語になる。悔しい限りだ」




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