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怪物狩りの少女、異世界でも怪物を狩る!~何をすればいいのか分からないので一旦は怪物倒しておこうと思います~  作者: 村右衛門
第3章「テレセフの悪魔」

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92.過去を――


 ――フェナリの声は、シェイドに聞こえていた。ただ、それが思考に入る隙を見つけられなかったというだけの話だ。


 シェイドの脳内を、過去の情景が駆け巡る。少女の無愛想な表情、珍しく見せた僅かな笑顔。言葉の数々がどのように自分の耳朶を打ったか、それすらもシェイドは当然のように思い出せる。

 幼いころで、シェイドは無知だった。その彼の世界を広げた少女の存在は、間違いなく彼の人生で色濃い記憶として残っている。それは儚く奪われたからこそ、シェイドの記憶に強く根を張った。決して、彼の記憶から失われることの無い少女として、彼女の存在を刻みつけていったのだ。


『――あの時、適当な約定を……私は約定だなんて思ってもいないあの戯言を――』


 そう、誰かがシェイドを諭したとて、彼は決して傷つくことが無かっただろう。それこそ、フェルドから言われた言葉だとしても、それによって少女の記憶が揺り動かされることなどありえなかった。それほど、シェイドにとっての強い記憶だ。間違いなく、フェルドとの記憶に並ぶほどの。

 しかし、その言葉は確かにシェイドの中の美しい記憶を覆した。誰あろう、その約定を口にした少女自身の言葉によって、約定が覆されたのだ。


『――甘言を弄し、心を揺り動かし、感情の起伏を齎し、それを喰らう。――』


 その言葉がはっきりと告げられて、シェイドは理解してしまった。自分に向けられたすべての表情も言葉も、全ては食欲に起因するものでしかなかったのだと。それは少女の本心などでは決してなく、単なる策謀の内に弄された手管に過ぎなかったのだと、分かってしまった。

 

 少女の姿をその視界に映したとき、シェイドは疑おうとする理性を押しのけて、心の中で快哉を上げた。それは失ったはずの彼女が無事に現れたことに対する歓喜であり、自分が話すべきことを話せなかったという咎を免ずることが出来るかもしれないという期待だった。

 しかし、シェイドの目の前で付添の騎士とその少女が戦い始めて、次は理性が感情を押さえつける番になった。目に映る状況が、脳の理解を追い越して危急の非常事態であることを叫んでいた。少女だと思っている目の前の少女は、少女ではないのかもしれない。思考の混乱がシェイドの体を押し留めた。


『強くてかっこいい、騎士様になってくださいね!』


 その言葉を『約定』だと信じ、シェイドはその人生を歩んできた。その言葉が行動の指針となっていたし、それ以上にシェイドを突き動かす原動力になるものはなかった。間違いなく、シェイドの人生を構成する要素の中で最も高い割合を占めるのはその言葉だ。

 

 ――その言葉が『約定』が、覆されて。


 シェイドの中を渦巻いたのは絶望でも悲哀でも、ましてや嚇怒でもなく、単純な困惑だった。シェイドは、今置かれているこの状況に絶望して外界との繋がりが希薄になってしまったわけではない。当然だが、ラミルの『能力』によって体が動かなくなってしまった、と言うわけでもない。彼は単に、困惑して情報過多になり、結果として体が動かなくなった。

 とはいえ、これは時間が解決してくれる類の問題でないのも事実だ。思考して困惑を解くには凄まじい時間を必要とするだろう。それだけの時間の消費は、現状許されない。


 ――ひとつ、シェイドはこの状況に納得しなければならない。


 ――ふたつ、シェイドはこの状況を乗り越えなければならない。


 ――みっつ、シェイドは過去を打破しなければならない。


 これは、シェイドにとって『現在』だけの話ではない。耳心地を良くして言えば、これは彼にとって『原罪』となった出来事との、向き合いなのだ。

 


  ◇



 腹の奥が反吐で埋められ、蠢く哀感が腹の壁を蹴りつけ、胸に痞える情感は嘔吐感だけを主張する。気持ち悪くて堪らない。この瞬間だけは、世界の全てが気味悪く、どれもが自分を貶して罵って回っているように思えた。終わりを想像すれば始まりを否定したくなる。


 シェイドが見た景色に、ケーキの欠片が若しも落ちていなければ。それなら、シェイドはこれほどに苦しむことも無かったかもしれない。この場に状況を知る老婆がいなければ、シェイドはこれほどに悲しむことも無かったかもしれない。そもそも、あの少女と出会う事すらなければ、今シェイドはこの場にいなかったかもしれない。

 全てが全て、もしもの話だ。今になってそう言ったことを考えるのは無意味で、考えれば考えるほど、脳が思考に埋められて胸は不快感に詰まる。


「救いなんて……どこにもない」


 自分の口から出た声が幼いころのものか、それとも成長した声なのか分からない。どちらかであるような気がするし、どちらでもないような、またはどちらも混ざってしまったかのような、そんな気もする。シェイドが見る世界は、曖昧だった。記憶を自ら再現しているのだと、思考のどこかで気づく。


「僕がやったことのどれもが、結局……結果は最悪だ」


 勝手に口から漏れ出てくる弱音に、シェイドの騎士としての人格が否定を叫ぼうとする。しかし、否定の材料を見つけることは出来ず、押し黙る。

『約定』を支えにして騎士となり、そして戦ってきたシェイドは今、自分が戦う理由を見失っている。数々の憧れは努力の燃料にこそなったが、努力をする根本の理由はいつも、『約定』でしかなかった。その『約定』には誰の干渉もなく、シェイドと少女の二人だけの世界にある。だから強固で、だから脆弱だ。


「『約定』だって、そう信じてたものは虚構だった。僕だけが盲信していただけの、何でもない空っぽだった……」


 どこからか、悪魔の哄笑が聞こえる。高らかに笑い、『約定』に振り回され続けたシェイドを嘲る声が、聞こえてくる。刀と拳のぶつかり合う音、足が地面と擦れ跳ね回る砂粒の音、肉が裂けて骨の軋む音。戦いの音が、聞こえてくる。しかし、それらを覆い潰すように漏れ出てくる弱音が声を大にして叫ぶ。


「騎士となって、やってきたことも……全部、無駄だった」


「挙げた功績も、手にした立場も、何もかも無駄だった……!!」


「そんなことはない、そんなはずがないだなんて……そんなことは誰にも言えない! 誰も、僕を肯定できない。あの時、あの子に話せなかった僕も、あの子を死なせてしまった僕も、あの子が悪魔だって気づけなかった僕も、皆悪い!!」


「無理なんだ、全部!! 戦う意味を失くして、理由を見失って、視界には過去ばっかりが映る!! 僕は、ずっとあの頃に戻りたいとしか思ってない!! 今に生きる理由を、僕は……もう持ってない」


 弱弱しく漏れ出ていた声は段々と語勢を強め、何時しかそれは号哭となって世界を震わしていた。多分、この嘆きこそがシェイドが立ち止まっている原因であるのだろう。それをシェイド自身理解して、しかしその原因を自らで取り除くことは出来ない。

 シェイドは、自分の根底から溢れ出す叫喚に反論できない。反駁のための言葉を、持ち合わせていない。それどころか、少し気を抜けば騎士としての自分さえもその考えに共鳴してしまいそうだった。


「ずっと、あの世界にいたかった! あの子はあの子のままでいて欲しかったし、生きているまま……あの姿のままで、そのままでいてくれれば、それだけで良かった!! 全部そのままでいて欲しいって、そう願っていた僕は――それが、悪かっただなんて、誰が言えるの?!」


 馬車に轢かれて非業の死を遂げたのだと、老婆から聞かされた。その瞬間、シェイドは無意識に想像したのだ。自分の何十倍もあろう質量に圧し潰され、轢き飛ばされた結果――少女は、どうなったのか。彼女のような小さな体では、人間の体の形を保っていられたか分からない。血肉が崩れ落ちて散らばって、見るも無残な状態だったに違いない。

 なぜ、そんなことになったのか。ならなくては、ならなかったのか。シェイドは、ただ純粋にその想像を、事実を否定したかった。自分の持ちうる全てで神でもなんでも揺り動かせるというのならば、奇蹟でもなんでも起こしてやりたかった。その時、自分の思念がどれほどに迷走して暴走していたかなど、今のシェイドの記憶には残っていない。


「もう何もかも、いいんだ……世界は、そのまま何も変わらなければいい。ずっと、幸せな瞬間を切り取ったように、その瞬間だけで全てが終始していればいい。不幸な瞬間なんて、この世界には一つだってある必要ない」


 それは、人間の力を超越した願いだ。しかし、シェイドは一度だけ、それを成し遂げたことがある。奇跡でもない奇蹟。そう呼ぶしかないような現象を、シェイドは自らの力で起こしたことがある。だからこそ、今目の前の少女はあの頃の少女のまま、その姿を留めているのだから。

 全て、シェイドがそのままにした。『そのままにしておく』ということがシェイドには可能だ。だから、もう一度この世界を『固着』させてしまえば、一切合切の苦しみも不幸も存在しない、虚無の瞬間だけを切り貼りした世界を作ってしまえば――、




「さっさと……目を覚ませ、シェイドッ!!!」




 瞬間、顎のあたりに強烈な刺激が入って脳が大きく揺れた。同時に、記憶で構成された世界が酷く揺り動かされ、その根幹が脆弱になる。

 景色が、過去を映していた世界が、崩壊する。弱くも語勢強かに叫んでいた少年の瞳が最後、シェイドに睥睨の視線を向けていた。それに後ろ髪を引かれながら、シェイドは何かより強いものに引き摺られ、過去の記憶から元の世界へと戻ってくる。


「顎を殴って変わらぬなら――より脳に近い部分を……ッ」


 気づくと、胸襟を乱暴に掴まれた状態で、目の前に頭があった。そして、そのままの勢いで頭突きを食らわされる。顎を殴られた時と変わらない衝撃が脳を突き動かした。視界が大きくぼやけて軋むが、その分意識ははっきりする。


「――ッ何、を……」


「起きたか、シェイド!! 万策尽きたかと思ったぞ」


「あな、たは……今、いや、ぼく――私は」


「混乱するな、面倒くさい!! もう十分に面倒は味わったんだ。頼むから話を聞いて、状況を把握してくれ! 私はもう、考えるという事に労力を割けない!!」


 あと何度か頭突きをしてきそうな気迫を滾らせて、フェナリがシェイドの意識を確立させてくる。こうやってシェイドが正気を取り戻すまで、フェナリはラミルとの攻防を続けながら幾つかの手段を講じた。と言っても、どうやればいいかなど分からない。原因を先に究明し、それに基づいて解決策を講じる、と言った論理的なことがフェナリに出来るわけもなく、取った方法は物理的衝撃によって目を覚まさせるというものだ。

 初めは脳や心臓から離れたところに痛みと言う刺激を加えることから始まり、それが意味をなさないと気づいてからは少しずつ刺激を強めた。結果として、顎を殴って頭突きを一発喰らわせたところで、シェイドの意識が戻ってきたわけだ。しかし、それは対症療法でしかなく――、


「意識が確立したなら、シェイド!! 剣を握れ!! ――事態は急を要する。私も……もうまもなく限界が来るぞ。少しでも早く、あやつを斬らなければ……ッ」


「っ、それは――……出来ない、僕には、出来ない」


 ――シェイドは、過去を打破しなければならない。


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