47・女神は笑い、世界は沈む
——時間はフランカが下界に降りた時まで戻る。
「不安そうな顔だね」
フランカが書いた、契約書に俺は目を細めた。
「エルシリア・オストラン——か。リリィ・オストラン、斎藤 和美、イレナ・
シーラを救出するのは陰陽師の戦いが落ち着くまで隠れていればいい。
けれど。彼女自身が戻ってこれるかが……な」
「惑星ハールスはもう秩序が無くなって、今やゾンビのみの世界となった。
そんな場所に行くなんて無謀でしょう」
「チキュウとハールスが合体出来たらな」
無理か。
店内は依然として変わりはなく、問題はないが、時間は迫っている。
ハールスの問題を片付けなければ……
パソコンで、ハールスに居る生存オブジェクトを確認している、と。ある名前が目に飛び込む。
その瞬間に、俺は微かに、しかし確かに。希望の兆しをとらえた。
「ゴリアックファミリーが生きてる。
ニュークリアスの身体がリリィの身体だから、もしかしたら気づいてもらえるかもしれないな」
いや、そうするんだ。
でも新は、ゆっくり横に首を振った。
「ゴリアックファミリーは、空飛ぶ飛行船で移動する。きっとあの世界でたった一人を見つけるのは難しいと思うな。
だったら、ワールドの縮小をした方が、まだ現実的でしょ」
「ワールドの縮小。確かにな」
「でもワールドの縮小は、範囲に人が居たらそれ事消去されちゃう。それだけは気を付けて」
その言葉に、かすかな光が力を持ち俺を立ち上がらせた。
「それでいい!
オストラン帝国の城を範囲に、縮小を掛ければ。転移したとて、城内になる。
そうだそれだ!何故思いつかなかったんだか」
「なら次は懐かしい元職場に行きますかい?」
「だな。惑星ハールス課へ。あそこに全てがある」
「襲撃された場所とは別館だから、良かったね」
〇
和美、一香、ハヤトが各々動き出す。
時間は、そんな彼らを見向きもせず、進んで翌朝へ——
「ふふふ〜山を半壊させただけで、この歓迎は凄いわねぇ」
「山を半壊させただけなら、竜を倒したという美談で済まされただろうけど、
イレナは色々やってるだろ?」
入江海浜公園の上空に私とイレナは居た。
周りに人の姿は見えない。が、目で見えないだけで、海の中、森の中、鉄塔の上に、百人以上の敵と味方が姿を隠している。
殺気がそれを知らせていて二人して肩をすくめた。
「それで?どうするのニュークリアス。
あなたの事だから考えがあるんじゃない?」
「敵である私に委ねるなんて、随分と舐められたものだな」
イレナは「貴女に勝てないからそうしてるだけ、逃げようとしたら殺してくるでしょ?どうせ」なんてクスリと笑う。
彼女の潔い態度は嫌いじゃない。
「なら多摩川寒蘭に会いに行こう、
彼がハールスに繋がるゲートを知っているんでしょ?」
「それだけど、条件があるみたいなのよ〜」
「条件?」と聞こうと口を開いた時だった――
バンッ!
空高く赤い煙が弾ける。
「始まったわね」
「なるほど、合図か」
その刹那。
後ろから無数の氷の礫が飛んでくる。
「全く、血の気が多くて嫌だね」
海面にいくつもの光が点滅するや否や、
水柱がそこから迫り上げてレプリカチャイルドが現れた。
「下には陰陽師、上はレプリカチャイルド。私達も人気者になったわねぇ」
「誰のおかげだと思ってんだよ」
イレナはニコニコしながら「そう怒らないの〜」なんて私の前に立つ。
「コール、レコード057」
迫りきていた陰陽術を消して、地面に降りる。と、足元が赤く膨れ上がった。
一瞬バランスを崩すニュークリアスの手をイレナは掴んで、路地裏で不自然にピカピカと光る場所に向かって走った。
「フゥちゃんまでいるのねえ」
「居るけどあまり期待はするな。コイツ、人を殺したのは昨日が初めてだから」
「無駄話はよして!レプリカチャイルドが既に海面に上がってきてるの!」
今まで私達に来ていた攻撃が、あちらこちらに散らばり、陰陽師も敵が私達以外に居ることにパニックになっているのだろう。
建物は崩れることも許されず、四方八方から飛び交う陰と陽の術に木っ端みじんとなり、結界内を白い煙で満たした。
重々しく鳴り響く轟音と、レプリカチャイルドの圧倒的な強さは、私達の存在を完全にかき消す。
「味方だと思っていたレプリカチャイルドが暴れだしたことに、皆パニックになってやがる。
義明の思うつぼだぜ」
「フフフ、これじゃあ私を追う陰陽師はもう死んだわね~。
あれだけ用意してたからもっと頼ましてくれると思ったけれど。残念だわ」
結界は破れて被害は人のいる方まで広がり、人々の悲鳴が大地を震わせた。
まさに地獄。そんな光景をイレナだけが楽し気に口角を上げていた。
「楽しそうね」
「当たり前じゃなーい♪だって世界が壊れていくのよ?ビルは崩れて、人々が泣き叫ぶ。空気は焦げ臭くて……最高だわ~」
流石のニュークリアスも、その反応にはドン引きをして「ホントに神かよ」なんて呟いていた。
「それでどこに向かってるの?」
「多摩川 寒蘭っていう探偵の事務所よ。和逗地区にあるの」
車で行こうと提案しようとしたが、車道の避難民が乗り捨てた車の山を見て我慢して走ることに。
結界のあった場所から離れる程に避難する人達で道は詰まってゆく。
「こりゃ飛んだ方が早いわねえ」
「でも空は箱舟に向かう反陰陽師派がいて危険じゃない?」
あまり戦闘はしたくない。
「危ない?殺せばいいじゃなーい」
「私達が殺されるわけがないだろ?何言ってんだお前」
と、そんなこんなで、着いた時には多摩川 寒蘭が「え?トマトの化け物?」なんてあんぐりと口をひたくぐらいには返り血で全身真っ赤になっていた。
「約束通りあの写真の場所を教えて貰うわよ」
「まったく、報告が遅すぎるっつの。もしかして今から向かうのか?」
イレナはニュークリアスを見る。
意見を求められた彼女は、顎を摘んでしばらく考えてから、「イレナは旧走水へ。新菜がノアの方舟に向かうから、同行して助けてやれ。良いか?新菜を殺すなよ」そう言い、ニュークリアスは寒蘭の方を見た。
「私とフランカだけで良い。直ぐ案内して」
彼は「本当は今出るのはお勧めしないけど。しゃーなしだな」なんて支度をし始めた。
「じゃっ!私はこれで」
そういい指を鳴らしてイレナは消えていった。




