十八話 変態、相まみえる
変態vs変態。
シャリテの操る馬車が、魔力障壁を正門ごと突き破って侵入するという暴挙をしでかした、少し前。
クロコより街から抜けた不審な馬車の追跡、監視を命じられた彼女の直属の部下、アザミ。
任務に忠実な彼女は、上司に自分が見た情報全てを報告する。それがどんなに突拍子も無い事だろうと。
「ふふ、副長! 大変です!」
『どうしたッスか、アザミ。何か問題ッスか?』
問題か問題でないかと問われれば、間違いなく問題だろう。何しろ彼女が目を光らせていた本命の馬車とは別の、もう一台の馬車が森林に土煙を巻き上げて爆走しているのだから。
「あ、ええと……ば、馬車がもう一台、とんでもない速さで古城に向かってます!」
『はあ?』
クロコによる厳しい訓練により、研ぎ澄まされたアザミの感覚は、古城に馬車と同じ様な気配消しの付呪が施されている事を察知していた。
常人であれば存在に気づかず、違和感さえ覚えさせない程の強度だ。しかし、あの馬車は一直線に、何かに導かれるように古城へと向かっていく。
「ど、どうしましょう! 物凄い速さです、新手でしょうか?」
『あー……とにかく、追いつくッス! いけるッスか?』
「り、了解です! あのくらいの速さなら、あの程度、すぐに追いつきます! アザミ、行きます!」
言うが早いか、アザミは枝を蹴って木から木へ、まるで鏡に跳ね返る光の筋の様に跳ね回る。
隊内では、彼女は『猛進のアザミ』とあだ名されている。その由来は、速さだ。山岳地帯で生まれた彼女の脚は、荒地を飛び回る獣の如く発達している。直線距離だけであれば、騎士団最強のイズモを凌ぐ程の速さを誇っていた。
そんな彼女の脚をもってすれば、爆走する馬車に並走することなど朝飯前だ。
「副長、追いつきました! 今から、御者を確認します!」
速度を上げ、御者台に座る何者かを確認するべく馬車を追い抜いて振り返り、さらにそのままの速度を維持して後ろ向きに飛ぶ。ほとんど人間業ではないが、これくらい出来ないとイズモ率いるドロワ・ルプスではやっていけないのだ。
激しく乱れる視界の中、彼女の瞳は一人の人影を捉えた。
もこもこと風になびく金色の髪に、きっと目の前を睨んだ強い意志をたたえた双眸。固い意志を持って馬車を走らせているのは、一人の少女だった。
「ふ、副長! 女の子です! 金髪の女の子が馬車を操ってます!」
『金髪……? もこもこッスか?』
「もこもこです!」
『ッ! 止めろ! 今すぐその馬車を止めるッス!』
ペンダントの奥の声がやや荒くなる。普段ペースを崩さないで話すクロコを知っているものからすれば、これが大変な事態であると容易に想像がついた。
しかし、気付いた時には既に遅い。古城はすぐ目の前まで迫っている。このまま並走していたら、数秒後には激突するだろう。
「む、無理です! アザミ、離脱します!」
枝を蹴って方向転換し、あちこちへ遠回りしながら速度を殺すアザミ。完全に静止した彼女の耳に、夜の森を引き裂く様な激突音が飛び込んできた。
振り返ったアザミの目には、古城の正門を突き破り、無残に開けられた大穴に頭からがっぽりと突っ込まれた馬車の姿だった。
「副長! 馬車が古城に突っ込みました! ど、どうしましょう!」
聞こえてくる、大きなため息。クロコの心底だるそうな様子がありありと伝わってくる様だ。
『はあ……ビャクダンとチガヤを連れて、もうすぐそっちに着くッス。俺がその馬車の持ち主を保護するッスから、お前は三人で城内を捜索するッス』
「了解です!」
通信を切り、しばし枝の上に身を隠して待機するアザミ。程なくして、部下を二人引き連れたクロコが暗闇の中から飛んできた。
クロコの目配せで背後の二人は城へと駆け込んで行き、アザミもそれに続く。一人残ったクロコは、馬車に駆け寄っていった。
「お姉ちゃん! しっかりして下さい、お姉ちゃん!」
暗い室内に反響する、シャリテの悲鳴に近い叫び声。それに急いで近づいたクロコの目に、血まみれのソワレとそれに縋り付くシャリテの姿だった。
すぐさまそばまで寄って腰を下ろし、傷の様子を見る。
「ひでえ……!」
思わず声を漏らすクロコ。全身に強い力を押し付けられたかの様な挫滅の跡が残り、内臓を傷つけているのか、口から血を上げている、早急な治療が必要な状態である事は、誰の目にも明白だった。
急いでソワレの体をシャリテと共に担いで馬車内へと担ぎ込み、青い顔で震える彼女に振り返り声をあげた。
「すぐに馬車出して街に全速力で飛ばすッス。このままじゃ最悪死ぬッスよ!」
「はっ……わ、分かりました!」
ふと表情を変えて馬車から飛び出して御者台に移り、わたわたと不慣れな様子で馬に糸を伸ばす。
人形馬がいななき、馬車を交代させようとした、まさにその時。
突如として、あたりに金属を金槌で殴りつけたかの様な音が響く。
「ひゃあ! な、何ですか!?」
慌てて馬を交代させようとするも、馬車はぴくりとも動かない。それもそのはず、瓦礫の下に埋められたローブの男は意識を取り戻して、亀裂から腕を伸ばして全力で押し潰さんと魔術を放っているのだ。
「み、皆殺しだ……!」
瓦礫に埋もれ、くぐもった声には並々ならぬ殺気が溢れている。そのまま体を起こし、がらがらと石飛礫を撒き散らして立ち上がった。
激突の衝撃でぼろぼろに千切れたそのローブを、力任せに引きちぎる。その下は、おおよそ人間とは思えない異様を晒していた。
まるで魔物と人間とが交互に混じり合ったかの様な歪な姿。爬虫類の様な瞳を鋭く光らせ、露骨に怒気を振りまいている。
「この魔人スヴォーロフを、ここまでコケにしてくれるとはな……! 入り込んだネズミ共々、塵芥の様にしてくれようッ!」
猛々しく雄叫びを上げる異形。その眼前に、二振りの短刀を携えたクロコが立ちはだかった。
「何が魔人ッスか。女だ、バアさんだをさらってごにょごにょしてる様な奴の呼ばれ方なんて、どんな辞書引いても一つしか無えッス」
そう言うと細めた瞳を薄く開き、鋭い眼光を放って刀を逆手に構える。
「来な、変態」
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