十五話 シャリテ、がんばる
がんばる女の子ってすごく良いですよね(語彙力の消滅)
「ん、うう……」
さやさやと吹く冷たい風が、私を眠りから呼び起こす。ボヤけた目を擦りながら窓の外を見ると、丸い月が優しい光を落としていた。窓から空を見上げる私を、また一筋の風が撫で上げる。
「ふあ、さむさむ……」
あれ、何で風なんか吹いてるんだろう。ちゃんと戸締めはしたはずなのに……。
不意に、きいきいと軋む音が聞こえてくる。見ると、閉めたはずの扉が開け放たれ、外からの月明かりが漏れてきていた。
「ど、泥棒かな……お姉ちゃん、起きて下さ——」
振り向くと、さっきまで一緒に寝ていたはずのお姉ちゃんの姿がどこにも無かった。少し窪んだシーツの上には、広々とした寂しい空間だけが広がっている。
「お姉ちゃん……?」
ベッドを降りて、辺りを見回す。けれどしんと静まり返った小屋の中に、私以外の気配はどれだけ探しても無かった。
外に遊びに行っちゃったのかな。そう考えていた所に、お姉ちゃんがいつも身につけていたローブが雑に柱へ掛けられているのを見つけた。
私の背筋を、どうしようもなく嫌な感じが這い上ってくるのを感じる。それを振り切る様に扉の向こうへと駆け出した。
小屋の外は、前までの賑やかさが嘘の様に静まり返っている。辺りを見回すけれど、お姉ちゃんどころか街を歩く人の影すらない。
こん。
「ん?」
ふと、爪先で何かを蹴った。ころころと転がっていくそれを目で追う。
「——ッ」
それが視界に収まった瞬間、私の背筋に途方も無い寒気がへばりついた。それは、お姉ちゃんが戦う時に使っていた騎士の人形だった。
開けっ放しの扉、消えたお姉ちゃん、そして外に落ちていた人形……。頭から眠気は完全に吹き飛び、代わりに別の事が頭の中に満ちた。
クロコさんが言っていた魔術師をさらう悪い人達……この街でもあったって事は、その人達はまだこの辺りに居るのかもしれない。もしかして……!
気づけば、私の足は駆け出していた。クロコさんとイズモさんが居る宿へは、ここから近い所にある。走って行ける距離だ。
夜の街を夢中になって走っていると、一軒の宿屋が見えてきた。あのお酒屋さんの周りに、宿はこの一軒だけ。ここに、二人が……!
ほとんど蹴りの勢いで扉を開く。カウンターの奥のおじさんが驚いた様な顔をしているけれど、今はそんな事に構っていられない。
「すみません! ここに泊まってる、二人組の女の人達に用事があるんです!」
「う、おお……? なんだい嬢ちゃん、いきなり」
「お願いします! 会わせてください!」
待つのももどかしく、さらにおじさんに向けて詰め寄った。
「いやいや、どこの誰かも知らん様なのをホイホイ通す訳にはいかねえよ」
「あ、うう……」
冷ややかにあしらわれ、頭に登っていた血が一気に下がって気持ちが冷え込む。
おじさんの言葉は間違いなく正論だけど、だけどそれでも、私は会わなくちゃいけないのに……!
「どうしたのですか?」
不意にがちゃりと扉が開き、中から一人の人が現れた。黒い髪に糸目。間違いなくクロコさんだ。
「く、クロコさん! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……!」
感情だけが先走って、思う様に言葉が出てこない。そんな私を、クロコさんは薄く閉じた目を少しだけ開いて黙って見ている。
「……おじさま。この子は私の客人です。お通ししてもよろしいですか?」
「ん、あ、ええ、客? あんたら、そういう……へっへ、こりゃ野暮な事を」
なんだかよく分からないけれど、おじさんの雰囲気が和らいだ。通っても良いみたい。
「さ、行きましょうか」
そう言うと、私の目の前に屈み込む。かと思えば、私の体に手を添え、あっと言う間に抱きかかえられてしまった。
「な、何を……!」
急いでいるのに、こんな事をしている暇なんてない。そんな事を思っていると、私にだけ聞こえる様な声で小さく囁いた。
「足、裸足ですよ?」
「え?」
言われて足元を見ると、私の足は石畳を踏んで黒く汚れていた。小石でも踏みつけたのか、所々血が滲んでいる。無我夢中で気が付かなかった。
「貴女の様子で大体の察しはつきました。さあ、行きましょう」
部屋に入ると、クロコさんは私の体をベッドに落とした。
「さ、まずは傷口洗うッス。しみるッスよ」
いつもの口調に戻り、荷物の中から包帯と水を取り出して、私の前に屈み込む。
「あの、クロコさん! 有難いんですけど、ホントに今、そんなことしてる場合じゃなくて……!」
「大丈夫。分かってるッス。今に報告が——」
『こちらアザミ。副長、聞こえますか?』
不意に、クロコさんの首から下がるペンダントから声が聞こえてくる。
「おお、待ってたッス。なんか動きはあったッスか?」
『この街の北に広がる森林に向けて、馬車が一台。不審な点が多々あるので報告致します』
「ん」
頷き、私の治療をしながら声に耳を傾ける。いつもへらへらっとしてるけど、やっぱり騎士っていうだけあっててきぱきとしている。
『まずは行き先。森林を抜けた先には人間の居住区域は無く、古城が一件あるだけです。そして、馬車も異様です』
「っていうのは?」
『強力な気配消しの付呪がされています。訓練を受けていなければはねられるまで気が付かないでしょう』
「……アタリっぽいッス」
小さくそんな事を口ずさむと、もう一度ペンダントへ向けて声を飛ばし始める。
「今から俺がそこへ向かう。団長にも位置を伝えて増援を要請するッス。そしたらその場で待機。良いッスか?」
『了解しました』
それっきり、ペンダントからの声は聞こえなくなった。同時に、クロコさんはごそごそと忙しそうに支度を始める。
「張ってた網に獲物がかかったッス。ぜってえ逃がさねえッスよ! 多分ソワレさんもいるッス!」
「わ、私も行きます!」
その言葉に、思わず胸に溜まっていた声が飛び出した。
「はあ?」
呆れたような声を出しながら私を見る。クロコさんの思っていることは大体分かるけど、私はそれでも、お姉ちゃんを……!
「いや、ダメッス。一般人を巻き込んだら減給じゃ済まねッス」
「でも……」
「でももくそも無えッス! ここで待ってるッスよ!」
すっかり支度を終え、いつもの真っ黒な仕事着に着替えたクロコさんは勢いよく窓の外から飛び出す。
後を追って窓の外を見ると、屋根を伝って飛ぶように走り去り、あっという間に小さな点になってしまった。
「私は……」
一人取り残された私。本当に、ただ待っているだけで良いんだろうか。私にも、何かお姉ちゃんの為に出来ることが……。
ふと、手の中の人形に視線を向ける。騎士の鎧が月の光を受けてキラキラと輝く。まるでそれは、私に何かを訴えているように見えた。
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