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人形使いの百合色奇譚 〜糸繰りの魔女と骸の令嬢〜  作者: ことち
三章 魔女と少女と淫魔の国
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十四話 消えた人形使い

やっぱヒロインたるもの一回は攫われないとですよね!

「いやあ、しかしびっくりしたよ。急に私の指舐めてくるんだもん」

 

 ランタンの灯りが照らす室内で、テーブルの上に乗ったほくほくと湯気を立てるシチューをすくいながら、向かい合って座るシャリテに話しかける。

 

「も、もうやめて下さい! 私だって今思い出すと、ううう……」

 

 シチューを頬張る手を止め、表情を歪めて恥ずかしさに悶え始める。

 

「今こんなこと言うのってアレだけど、アレだよね。シャリテって……その、えっちだよね。実は」

「え、えっちじゃないです!」

「えー? ホントにぃ? だって、指舐めてる時のアンタの顔——」

 

 あの時の顔は、私の脳に深々と刻まれた。多分幾つになっても思い出せるだろう。

 頰を真っ赤にして、一生懸命私の指を咥えてて……すごく、可愛かったな。

 

「……お姉ちゃん? お顔真っ赤ですよ?」

「あん?」 

 

 頰に手を当てると、なんだかいつもより熱っぽい気がする。まあ、シチュー食べてるからかな?

 

「熱いの食べてるからじゃない? それにしても美味しいね、これ」

「ほ、ほんとですか!?」

「うん、ほんとほんと。すごく美味しい。お店出せるんじゃない?」

「お店……」

 

 一瞬の間を置き、がたたッ! と音を立てて椅子から飛び跳ねた。テーブルの上のコップやらが一斉に踊り出す。

 

「私、将来はお姉ちゃんと一緒にお店開きたいです!」

「あん? お店ぇ?」

「はい! 私がお料理して、お姉ちゃんの人形劇でお客さんを呼ぶんです! 素敵だと思いませんか?」

 

 人形劇で、店の客寄せか……考えたこともなかった。結構アリかも。人形がひく馬車で、旅をしながら料理と劇で路銀を稼ぐ……なかなかに絵になる光景かもしれない。

 

「それじゃ、もっと作れる料理の幅広げないとね。シチューだけじゃ、お客さん来ないでしょ?」

「〜〜〜ッ! はい! もっと沢山お料理の練習しますから、いつか絶対、私達のお店開きましょうね!」

「うん、約束。小指出して」

「? 小指ですか?」

 

 戸惑いながらも差し出してきた小指に、私の小指を絡める。

 

「約束ね。私とシャリテの約束」

「はい! 約束です!」

「ん! じゃあ、今日はもう結構いい時間だし、寝ちゃおっか。お皿洗ってくるよ」

「あ、一緒に洗いましょう! 二人で洗えば早く終わりますよ!」

「そ? ありがと」

 

 そうして私達は、二人並んで食器を水瓶へと持っていき、取り留めもない雑談を交わしながら洗い物を終え、寝床へと向かった。

 

 寝巻きに着替え、部屋の隅にある二人用のベッドの上に並んで横になった。私の右手にはシャリテの左手が絡み、時折やわやわと動かしながら眠そうな声で私に話しかけてくる。

 

「お姉ちゃん。お店の名前、どうしますか?」

 

 お返しにと、私からも絡みつく小さな手をふにふにと弄りながら答える。

 

「お店の名前? 今の内からそんなこと考えてるの? ちょっと気が早いんじゃない?」 

「いいじゃないですか。すごく楽しみなんです」

 

 楽しげに声が弾む。ランタンの灯りは消してしまったから顔はよく見えないけれど、きっといつものような楽しそうな顔をしているんだろう。

 

「お姉ちゃんとのお店で、一緒にお金を稼いで……えへへ、なんだか結婚してるみたいですね」

「けっこ……!? 何言ってんの、もう」

 

 最近気付き始めてきたけど、この子は私に対して多分好意の様なものを抱いている気がする。

 イズモちゃんみたいにべたべたと人懐っこいのは良いんだけど、こういうあけすけで直線的な感情をぶつけられるのは、全く慣れてない。なんて言うか、むず痒い。

 

「明日は路上で劇の予定だから、早起きして支度しなきゃ。もう寝なよ」

「ふわわ……はい。おやすみなさい……」

 

 程なく、小さく寝息を立て始める。眠ったのを確認してから自分の胸に手を当てると、まるで身体中を揺るがすかのように心臓が強く脈打っていた。

 

 まさか自分の半分くらいしか生きていない子供にこんなにドギマギさせられるとは、夢にも思わなかった。後にも先にもこれきりだろう。

 

「……おやすみ」

 

 心臓の鼓動を無理やりねじ伏せるように大きく深呼吸し、ゆっくりと目を閉じる。

 そして横から聞こえる、ささやかな寝息に合わせるように呼吸をしている内、体がベッドにどろりと溶けていくような感覚を覚えた。

 

 

 ——こんこんこん。

 

 ……遠くで何か叩くような音が聞こえる。

 

 ——こんこんこん。

 

 これは……小屋の、ドアから? 誰だ、こんな時間に……。

 

 ——こんこんこん。

 

「ああ、うるっさい!」

 

 完全に目が覚めてしまった。シャリテを起こさない様にベッドから立ち、未だに鳴り続けるドアへと向かう。

 

「どちら様でしょうか!」

 

 あからさまな苛立ちを乗せながら、半ば蹴り破る様にドアを開け放つ。

 扉の前にいたのは、薄汚れたローブを纏う見知らぬ誰か。顔はフードに覆われ、おまけに今は深夜という事もあってまるで表情を読み取れない。

 

「今、何時だと思ってるんです? 一体何の様で……」

 

 私の言葉を遮る様に、ローブの奥からがしゃがしゃとしわがれた様な乾いた声が聞こえてくる。声に合わせて細かく震える体。どうやら笑っているらしい。

「ああ、すみません……手前は流れの商人でございます」

 

 商人……? それにしては粗末な身なりをしている。客商売を生業とするならば、最低限自分の見てくれは整えるはずだ。この自称商人は、胸元に光るペンダント以外は浮浪者にしか見えない。

 

「見たところ、魔術に堪能な様で。実は先だって、魔術師様達におあつらえ向きの品を仕入れたのです。まずは一目、ちらりとでも……」

 

 そう言って、袖から枯れ枝の様な手が伸びて懐を漁る。その時、雲に隠れていた月が顔を出して私達を明るく照らし出す。

 商人の手首には、何かを象った刻印がされていた。目を凝らすと、それは翼を広げた鳥の刻印。クロコの写真で見たそれとよく似ていた。

 

「——ッ!」

 

 反射的に腕が動き、人形を呼び出そうとする。けれど、それよりも目の前のコイツの方が早かった。

 私の前にかざされた手から、何かが舞い、一瞬甘い様な香りを感じ取った。

 その瞬間、がくりと視線が下にずれ込んだ。私の膝が急に力を失い、床を叩いたのだ。

 

「なんっ……だ、これ……!」

「おやあ、珍しい。大抵は一嗅ぎでおねんねなんだがねぇ。なら、ダメ押しでもう一度……」

 

 再び甘い香りが漂う。同時に視界が暗く濁り、頭も酩酊した様にうまく働かない。

 遠ざかっていく意識の中、最後に聞こえたのは、あのしわがれた不快な笑い声だった。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

皆様のレビュー、評価を糧に明日も生きていけます。

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