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人形使いの百合色奇譚 〜糸繰りの魔女と骸の令嬢〜  作者: ことち
三章 魔女と少女と淫魔の国
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二話 おやすみなさい

だんだんシャリテの本性が露わになってきましたね…

 初めて指先から人形使いの糸を出せてから、小一時間くらい。長く伸ばせるように練習をしてみたけれど、相変わらず糸は右の人差し指からちょろりと短く出てくるだけ。


 お姉ちゃんはずっと練習に付き合ってくれている。それなのになんの進歩も見えない私自身に少し苛立ちを覚え始めた、ちょうどその時。


「んー……、ちょっと気分変えよっか。待ってて」


 そう言うと、指輪を取り出した時と同じくベッド脇に置かれたカバンに手を突っ込み、また何かを探りはじめた。


「えっと、確かにこの辺に入れたはず……お、あったあった」


 やがて取り出されたのは、一つの人形だった。騎士さん達とそう変わらない大きさの人の形をした物だけど、これには顔が無く、目や鼻があるはずの所はつるりと木目が渦巻いているだけ。


「これは?」

「これは私に術を教えたヤツの特製でね、糸から受け取った思念によって形を変えられるんだ」


 こういう風に、と言いながら人形を膝に置いて、人差し指からしゅるしゅると青い糸を伸ばして、人形の体に絡める。


 そして青い光が一瞬煌めくと、人形に変化が起こり始めた。もこもこと木目の肌が泡立つように動き出し、つるつるの頭からは金色の細い糸……多分、髪が生えてきてる。


 暫く眺めていると、人形の変化は止まった。


「これは……私?」


 膝の上にちょこんと座る人形には、くりくりとした癖っ毛が生え揃っている。それにこの着ている服は、今まさに私が着ているのと同じ物だ。


「うん、そっくり。まあこんな具合になるんだ。はい、アンタの番」

「うえっ!?」


 私が驚いている間に、人形を私の膝の上へと放り投げられてしまった。


「うえっ、じゃないよ。お手本見せたでしょ?」

「でも糸だってちょろっと出すのがやっとだったのに、こんなに難しそうなの……」


 自分の不甲斐なさと情けなさで、思わず俯いてしまった。すると、下から手のひらがひらりと私の下あごをすくい上げて、くいっと顔を持ち上げた。


「あ……」


 視線が向かった先には、私を見つめる二つの瞳。キラキラと輝く二つの眼差しが、私だけに注がれている。


「大丈夫。私だって最初はそんな感じだったんだから。多分もっとヘタクソだったんじゃないかな」

「……ほんとですか?」

「ほんと。必死に練習してやっと動かせるようになったんだ。シャリテにその気があるんなら、絶対アンタも上手くなるよ」


 空いた手が私の右手に重ねられ、そのまま人形へと導かれる。


「糸を通して思考がこれに伝わるから、そこまで難しくはないはず。集中して思い浮かべて。好きな動物とか、好きな人とか」


「好きな……」


 ふうっ、と息を吐き、目を閉じて私の好きな物を脳内に描き始める。


 私の好きな物……黒くて長い、綺麗な髪に、黒と金の夜明けのような瞳。当然、お姉ちゃんしか浮かんでこない。


 手のひらの中で、もこもこと動きを感じる。やった! 上手くいったみたい。後はこのイメージを崩さないように保ち続けるだけ。


 あれ? でも、このまま人形がお姉ちゃんになっちゃったら——


 ——好きなのが、バレちゃう。


「だ、だめぇッ!」


 思わず声が出て、もやもやとした煙のようなお姉ちゃん像をかき消す為にぶんぶんと首を振った。


「おわ、びっくりした。どしたの?」


 そんな私の様子を見て、目をまん丸にして驚いている。


「あ、ええと、その……な、なんでもないです!」

「? そう? 疲れたんなら無理しないでね?」

「は、はい!」


 し、集中集中……何か別の物……!


「ふわぁ……」


 横から聞こえる、伸びやかなあくび。練習を始めてから結構時間が経っている。眠いのに私に付き合ってくれてるんだ。私も真剣に、頑張らないと。


 何が良いかな……好きな物、好きな物……。


 閉じた瞼の裏側に、色々な物が浮かんでは消える。一緒に食べたハンバーグに、お洋服、沢山の人形。そして温泉……。


 そのどれもがお姉ちゃんと一緒に見て、一緒に味わった物。何かを思い出す度に、必ずお姉ちゃんの面影が顔を出してくる。


 こ、これじゃあとても他の事に集中なんて出来ない。考えれば考える程、もやもやとしたイメージがはっきり、しっかりと固まっていく。


「くう……くう……」


 不意に、可愛らしい寝息が聞こえてきた。こっそりと目を開けると、黒い髪を揺らしながらゆらゆらと眠っていた。


 いつも私が先に寝ちゃってたから、お姉ちゃんの寝顔って初めて見たかも。


 普段はきりっとしてて隙が無さそうなのに、今はあんなにだらしなく口を開けて寝息を立てて……可愛い。


「お姉ちゃーん……そんな風に寝たら、腰痛めちゃいますよー……」

「んにゃ……」


 ぽかんと空いた口から漏れる、ちっちゃな子供みたいな寝ぼけ声。ごくりと飲み込んだつばの音が、妙に大きく感じる。


「ね、寝かせちゃいますからね……」


 人形を右手に握り、向かい合って無防備な肩に触れてふらふらと揺れる体をベッドに向けて軽く押す。


 指先が触れるか触れないか。そんな微かな力だけで、その体はベッドへと沈み込んだ。ベッドの軽く軋む音が部屋に微かに響く。


「ふむがっ……くう、くう……」


 少し反応があったけど、まだ起きない。眠りが深いのかな。これでも起きないんなら、もう少し……。


「お、お洋服、シワになっちゃいますよ。その、ローブだけ、脱がせちゃいますからね……」


 眠っているお姉ちゃんに向かって、聞こえないとわかっていながら一応の断りを入れた。こうする事で、私がやっている事の後ろめたさは少し和らいだ。


 ローブの留め具に指をかけて、軽く弾く。すると背中とベッドに挟まれて張り詰めていたせいか、ぱさりと勢いよく開いた。

 黒いローブの下から露わになる白いブラウスが、少し窮屈そうに震える。


「ううん……」


 な、なんだか寝苦しそう……これじゃ良く寝付け無さそうだし、ちょっと楽にさせてあげないと……!

 自分勝手な言い訳を自分に言い聞かせ、歯止めの効かなくなった感情を乗せた手をブラウスのボタンに伸ばした。


 ——次の瞬間。


 もこり。


 右手の中で、何かが蠢いた。

 右手、人形……繋がったまま——!


 その何かを瞬時に思い出した私の頭は一気に冷え切り、急いで手を開く。


 手の中では、私の気持ちなんてお構いなしに形を変え続ける人形の姿。黒く長い髪に、少し吊り気味の大きな目。私が思い浮かべた『好き』の全てがここに現れつつあった。


「だ、ダメ……!」


 右手を必死に固く閉じる。けれど、それは逆効果だった。感情が強くなればなるほど、糸からの魔力は流れを増す。


 見る見るうちに形を変えて、気付けば完全にお姉ちゃんを、ソワレ・バントロワを再現した物が出来上がっていた。


「……出来ちゃった」


 こんなのを見られたら、きっと私が変な子だって、女の人が、お姉ちゃんが好きなんだって事がバレてしまう。早くどうにかして元の形に戻さないと……!


「ふわわ……ああ、いつの間にか寝ちゃってたわ。ごめんごめん」

「……ッ!」


 声が上がった瞬間、咄嗟に服の中に人形を隠した。そんな私を見て訝しげな声色で話しかけてくる。


「どしたの? さっきの人形は?」

「え、ええと、うーんと……」


 な、なんて言おう。なんて言えば誤魔化せるか……。


「ば、爆発しました」


 限界まで焦っていると、人間ってとんでもないことを言うんだな。お馬鹿すぎる言い訳を噛み締め、そう思った。


「え、爆発!? ホントに? 怪我とかしてない?」

「えぇ……あ、はい」


 寝ぼけて頭が回っていないのか、信じてしまった。ぺたぺたと私の体を触って怪我がないかを確認し始める。


「……怪我はないみたい。ごめんね、シャリテ。何しろ古い物だからさ。今日はもう遅いから、寝よう。疲れたでしょ?」

「そ、そうですね! もうクタクタです!」


 本当に疲れた。いろんな意味で。


 頭上にぶら下がるランタンの火を吹き消すと、そのままぼふっとベッドに横たわって寝てしまった。これ以上起きていても仕方ないし、私も寝てしまおう。


「おやすみなさい」

「ん、おやすみぃ……」


 お姉ちゃんの横に体を寝かせて、布団を顔まで被っておやすみの挨拶をする。


「……おやすみなさい」

「さっき聞いた……むにゃ」

「えへへ、独り言です」


 そう、これは独り言。胸の中の、もう一人のお姉ちゃんに向けた、自己完結の言葉。


 これからは毎日これを抱いて寝よう。もちろん内緒で。

 そう心に決めて、私は目の前の寝顔を見ながらゆっくりと瞼を閉ざした。

本日、ブクマ100に到達いたしました。皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

これからも、どうぞ宜しくお願いします。

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