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十二話 イズモちゃん人形

猫を腕枕しながら書いてました。

 ごりごり、ごりごり。


「ううん……」


 何だか変な音がする。何なのか確認しようと目を開けようとするけれど、どうして瞼がすごく重い。


 頭も痛いし、体がだるい。もっと寝ていたい……。


 ——あれ?

 そもそも、私は何で寝ているんだっけ? ソワレさんとご飯を食べに行って、その後——


「——!!」


 がばっと体を飛び起こし、目を見開いた。すると、脳を締め付ける様な痛みが襲ってくる。


「ういいい……! 頭、痛いぃ」

「あ、やっと起きた」


 痛みに目を閉じて悶えていると、瞼の奥でお姉ちゃんの声がした。


 そっちの方を見ると、椅子に座りながら体だけをこちらにひねって向けている。机の上には色々なものが散らばっていて、何かをしている様子だった。


「あうう。ここ、どこですかぁ……?」


「いつもの詰所だよ。いやぁしかし、よく寝てたねぇ。昨日の事、なんか覚えてる?」


 昨日の事……? そう言われて思い出そうとすると、どういう訳かあの葡萄ジュースを飲んだ辺りから記憶がハッキリしない。


「ううん、あんまり覚えてないです……」

「ん、そっか。まあアレじゃあね。とりあえずはい、お水」


 そう言ってすぐ近くの机に置いてある水差しからコップに水を注ぎ、差し出してくれた。


「ありがとうございます……」


 ベッドを降り、差し出されたコップを取ろうと歩き出すと、妙に肌寒い事に気付いた。おかしいなぁ、昨日まであんなに暖かかったのに……。


「あぁ、そうだ。アンタの服、汗でべったべただったから朝の内に洗濯屋さんに洗ってもらっといたから。そこに掛けてあるから、落ち着いたら着なよ」


 指差す方を見ると、昨日まで確かに着ていた、お姉ちゃんに買ってもらったお気に入りの服が一揃い。あれ?じゃあ、 今、私は何を着て——


 ——不意に目に入る、全身を映し出せる大きな姿見。そこには、ぽけっとお馬鹿さんな顔でこちらを見ている、丸裸の女の子が一人。……紛れもなく、私だった。


「〜〜〜ッ!」


 人は余りに恥ずかしいと、声も出ないという事を初めて実感した。そして、自分でも驚く程の早さで屈み込み、気付けば膝を抱えて自分の体を隠していた。


「な、何で私裸なんですか!」

「いや、だから私が脱がせたんだよ」

「お、お姉ちゃんが……! もう! ばか!」

「あはは、そんなに恥ずかしがる事ないじゃん。昨日はそんなの目じゃないくらい恥ずかしい事してたんだから」

「は、恥ずかしい事……これよりッ!」

「ふふっ。昨日のアンタの姿、見せてあげたいよ。ホントに凄かったんだから」


 意地悪で意味有りげな笑みを浮かべるお姉ちゃん。昨日の私? 一体私は昨日何を……。


「アンタ間違ってお酒飲んじゃってさあ、もう凄かったんだから。嫌がる私に無理矢理あんなコトやこんなコトを……」

「ふええ、そんなぁ……」


 頭痛と一緒に、大きな罪悪感も私にのしかかってきた。どうしよう、お姉ちゃんに無理矢理……何をしたのか覚えてないけど、酷い事したのかな。き、嫌われちゃったかな。


「あうう……ご、ごめんなさい!」


 嫌われたくない。ただそれだけが頭の中を一杯にする。気づけば、素肌を風が撫でるのも構わずに声を出していた。


「ええとええと、その! その、セキニンはちゃんと取りますから、その……ごめんなさい!」

「ぶっ!」


 唐突に、お姉ちゃんが吹き出した。


「く、くくッ、あははははッ!」


 部屋中に、朗らかな笑い声が響く。


「あははッ! せ、セキニン取るとか、どこで覚えたのよ! あはっはは! ひぃ、ああ、おっかしぃ……」

「な、何で笑うんですか! 私は真剣に……!」

「大丈夫。嫌ったりしないよ」


 ぎしりと音を立てて、お姉ちゃんが椅子から立ち上がった。そしてゆっくりと私の方に歩み寄り、目の前で屈んで私の目を真っ直ぐに見据える。


「嫌ったりする訳ないじゃない。アンタは私の大事な……」

「だ、大事な!?」


 一気に胸が高鳴る。大事な、なんだろう。

 お友達? 仲間? いや、もしかしたら、か……彼女、なんて事も……!


 だ、ダメですよぅ、私達、女の子同士なのに……! でも、私は全然大丈夫です! だから、お姉ちゃんが良いなら、私……!


「うん、大事な新人なんだから」

「……あ、新人……」


 穴の空いた水袋みたいに、私の膨らんでいた気持ちがしぼんでいく。そっかぁ。新人さん、かぁ。


「さ、服着てこっち来て。人形作りの仕上げだよ」


 着替えて作業をしていた机を見ると、白と赤のひらひらとした可愛い服を着たお人形さんが座っていた。


 けれど、人形本体の方は仕上げた手足を玉の関節で繋げてはあるものの、この前見た物と比べると簡単な作りとても簡単な作りになっている。


「これで完成……なんですか?」

「まさか。最後の仕上げがまだ残ってる」


 そういうと人形をひょいとつまみあげて掌に乗せ、表情をきりっと真面目な顔に切り替えた。


「私ら人形術師が使う人形は、ただの人形じゃない。使い魔なんだ。だから術師がこうやって魔力を注いで初めてその形になる」


 人形が乗る手の五本の指から、ふわりと青く輝く糸が伸びていく。それは人形をあっという間に包み込んで、大きな糸玉に変わる。


 そしてお姉ちゃんは糸玉をしばらくの間じっと見つめて、かと思うと手に力を込めて糸玉を強く握りしめた。


 瞬間、青い光が掌から放たれて部屋中を埋め尽くす。


「きゃっ……」


 目も眩むような光は時間と共に収まっていく。やがて完全に光は消え去り、掌の上で何かがもぞもぞと動いていた。


「ふぃーっ。よし、出来た。ほら、シャリテも見てみ?」

「え? ふわぁ……!」


 掌に乗っていたのは、小さなイズモさんだった。小さい分顔や細かい所は簡単になっているけれど、まるで子供向けの絵本に出てくる妖精さんみたいでとっても可愛い。


「か、可愛いっ! すごく可愛いです!」

「でしょお? でも驚くのは早いよ。人形は糸を繋いで初めて使い魔になるんだ」


 珍しく得意げな顔を浮かべながら、人差し指を一本立てる。するとついっ、とそこから糸が伸びて、イズモさん人形のうなじあたりに溶け込んだ。


 すると、掌の上で立ち上がって私に向けて手を振り始める。どこか子供っぽくて、何だか本物のイズモさんみたいな仕草。


 動かしているのはお姉ちゃんだから、イズモさんの動きを再現している事になる。よく見てるなぁ。ちょっと羨ましい。


「何の騒ぎだ? 光が外まで漏れていたぞ!」


 不意にがちゃりとドアを開け放ち、訝しげな顔をしたイズモさん本人が部屋に飛び込んできた。


「ああ、ちょうどよかった。イズモちゃん、これ」

「んん? 何だこれ……は……!」


 掌の上で手を振る人形を見ると、途端に表情が崩れて子供のような笑みを浮かべ始める。


「ほら、今日の夜にはここを発つからさ。お世話になったお礼にと思って」

「ソワレどのぉ……! ありがとう!」


 むぎゅッ。


「ぐえッ」


 二つの巨大な質量を押し付けながらお姉ちゃんに抱きついた。ぐにぐにと服の下で形を変えゆくそれは、まるでお姉ちゃんとイズモさんの間で暴れているみたいだ。


「覚えていてくれたんだな!これからは私の部屋に飾って、毎晩抱いて寝るぞ!」


「いや、それはどうかと思うけど……そ、それより離して、シャリテが見てるんだから、恥ずかしいって……!」


 その言葉を聞いて、ぱっと離れるイズモさん。それにしても、お姉ちゃんの表情はなんだかそれほど嫌でもなさそうだった。もしかして、イズモさんの事が……!


「む、すまないな。それにしても、かわいいなぁ……えへへ」


 小さな女の子みたいにはしゃぐイズモさんを脇目に、ふと窓の外を見るお姉ちゃん。


 空にはまだ高く日が昇っていた。今日の深夜に出発って言ってたから、まだだいぶ時間がある。


「さてと、あとやり残したことは……?」


 小首を傾げて考え込む。これは、もしかしたらチャンスかも。


「おね……ソワレさんと、またどこか遊びに行きたいなぁって……」

「遊びにねぇ……ここって買い物とかには困らないんだけど、遊ぶってなるとちょっとなぁ」

「ふふん、それならば私が一肌脱ごうじゃないか!」

「……むぅ」


 急に誇らしげな顔で、高らかに声を上げるイズモさん。どういう訳か、その表情を見るとどやっ、という文字が浮かんでくる。なんだか、面白くない。


「イズモちゃん、どっかいい遊び場知ってんの?」


 そんな質問を受け取ると、より強くどやっ、と得意げな表情になっていく。


「遊び場ではないが、長い時間くつろぐにはもってこいの場所だ! その名もずばり……」

「ずばり?」

「ずばり、温泉だ! ソワレ殿達を、我が騎士団が誇る温泉に招待するぞ!」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

感想、レビュー、批評など、いつでもお待ちしております。

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