十話 シャリテとごはん
ご飯食べてイチャイチャするだけ?です
「ほぉん? 結構お店あんねぇ……」
シャリテを連れて街まで出てきたのはいいけど、流石に店の数が多い。アイス食べてた時に下調べしとけば良かったかなぁ。
「シャリテー。アンタ、何食べたい?」
「えー? そうですねぇ……お肉とか?」
「肉か……」
改めて見渡しても、目に付くだけで両手の指以上の肉料理の店が乱立している。
「どこも並んでるねぇ」
「ですねぇ」
どこも人気は拮抗しているらしく、そこそこ行列ができている。私は食事をする時に並んで待つのが大ッ嫌いだ。出来れば並びたくないけど……。
「お?」
行列の奥の奥、街の通路の片隅に、ほのかな灯りを放つ建物が一件、人目をはばかるようにひっそりと佇んでいた。
黒猫の鈴。足元の小さな看板にはそう書かれている。この店の屋号のようだ。
近寄ってみると、中からは良い香りが漂ってくる。どうやら飲食店らしい。
中からは人の気配。営業中ではある……はず。
「よし、ここにしてみよう」
「……なんだか古いお店ですね」
「いやいや、こういうお店が案外当たりだったりするんだよ」
「本当ですかあ?」
「ほんとほんと。さ、早く入ろう」
きしきしときしむ扉を押すと、ふわりと漂うコーヒーの香りが私達を出迎えた。
少し暗めの室内を、穏やかなランタンの灯りが照らし出している。扉を後ろ手で閉めると、外の喧騒が嘘のようにかき消え、不思議な居心地の良さが全身を包み込む。まるでここだけ別の世界のようだ。
「いらっしゃいませ」
きょろきょろと店内をを見回す私達を、奥から一人の女性が出迎えた。
黒と茶を基調とした、店内の雰囲気に馴染む色合いの服。ここの店員さんという事が一目で分かる良いデザインだ。
「何名様でしょうか」
「二人です。私と、この子」
「かしこまりました。お席までご案内致します」
導かれるまま付いていくと、二人がけのソファとテーブルに通された。心地よい肌触りと座り心地。中々良い物を使っているらしい。
「ご注文が決まりましたら、こちらの呼び鈴でお呼び出し下さい」
と、卓上に品書きと呼び鈴を置いて奥へと戻っていく。他の客に給仕をしに行くのだろう。
「さて、何食べたい?」
「ううん、いっぱいあって迷っちゃいますね」
確かに、品書きにはどれもこれも目を惹く魅力的な料理の名前がずらりと並んでいる。けれど、どんな店にも大抵はお勧めというものがある。それに従えば間違うことはない。
ぱらりぱらりと紙をめくると、一際目立つイラスト付きのページが目に飛び込んでくる。
……ハンバーグか。ちょうど肉料理を食べたがっていたし、これでいいかな。
「シャリテ、これでいい?」
「これ、何ですか?」
イラストを見せるも、あまりピンと来ていないらしい。
「ハンバーグっていう、お肉の料理だよ」
「わあ! じゃあこれでお願いします!」
「よっし。じゃ、決まりね」
ちりん。呼び鈴の頭を軽く叩くと、澄んだ音が鳴り響く。同時に、先程の女性が奥から速やかに姿を現した。
「お決まりですか?」
「ええ。これを二つ」
イラストを指差すと、即座に胸のポケットから手帳を取り出して筆を走らせた。その一連の動作は洗練されており、彼女がベテランである事が伺える。
「お飲み物は?」
「ああ……果実酒と、葡萄ジュースで」
注文を全て受け取ると、さらさらと更に何事か記してページを破りとる。
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言い残すと、紙片を片手に再び静かに奥へと姿を消した。
「楽しみだね、シャリテ」
「ハンバーグ……どんな味なんでしょう。楽しみです!」
シャリテと取り留めのない話を交わしていると、不意に背後から足音とともに食欲をそそる香りが漂ってきた。
「お待たせしました」
その声と共に、目の前に料理が供される。熱せられた石皿にはじゅうじゅうと音を立て、その表面からは肉汁を迸らせるハンバーグが彩り鮮やかな野菜と共に乗っていた。
「おお、美味しそう」
思わず声に出す私の前に、更に赤紫色の液体で満たされたグラスが二つ。これで注文は全てだ。
「ごゆっくりどうぞ」
それだけを言い残し、彼女は去っていった。残されたのは、食べてくれとでも言いたげに音を立てる料理と私達だけ。
「じゃ、食べよっか。頂きます」
「頂きます! んぐ、こく……」
シャリテが真っ先に手をつけたのは肉ではなく葡萄ジュース。喉が渇いていたのだろう。
「ぷはっ……このジュース、ちょっと渋くて酸っぱいです……」
「ちょっと早い葡萄だったのかもね。そんな事もあるよ。じゃ、私はこっちを……」
ほくほくと湯気を立てる綺麗な焼き色に、フォークとナイフを突き立てた。ふっくらと焼き上げられたその肌は、一切ナイフの動きを妨げる事なくそれを受け入れ、ただされるがままに肉汁を更に溢れさせる。
一口大に切り分け、フォークで口に運ぶ。
濃厚なソースと、ほろりと口の中で解ける食感。食べた側から次が欲しくなる味だ。
「んん! 美味しいね、シャリテ……シャリテ?」
脇の様子を伺うと、何やら頰を赤く染めたシャリテが熱っぽい視線を私に送っている。
「うふふ、ソワレさん……♪ あーん……♪」
ぱっくりと私に向けて控えめに開けられる口。唇の奥では、生き物のように舌が蠢いている。
「あん? 何してんの、シャリテ」
そう尋ねると、少し不機嫌そうに口を閉じ、話し始める。
「食べ物があって、あーんってしてるんですよ? つまり、食べさせて欲しいって事です!」
「ええ、何でよ」
「早く早く。冷めちゃいますよ?」
……ううん、どうしたものかな。このぐらいの年の子ってこんなに甘えん坊だったかな……もしかしたら、食事がきっかけで失った記憶が刺激されて、子供心ってヤツが呼び起こされてるのかもしれない。
「しょうがないなぁ……はい、口開けて」
シャリテのハンバーグを小さく切り取り、口の前に持っていく。
「熱いから、ふーふーってして下さい♪」
注文が多いな……。
「ふぅっ。ふぅっ。はい、これでいい?」
「はい。あーん……♪」
再び、餌を待つ雛鳥のように口を開ける。こうなったら最後まで付き合ってやろう。
「はい、お嬢様? お口を開けて下さいませ」
軽く芝居をしながら舌の上に肉を乗せると、柔らかな唇が閉じてフォークを挟み込む。引き抜くと、もぐもぐと美味しそうに頬張り始めた。
「んむ、んふ……♪ 美味しいれふ……♪」
「お気に召したようで何よりですわ、お嬢様」
おどけてそう言いつつ、口の中をリフレッシュさせる為に果実酒の入ったグラスを煽る。
「うんぐ!?」
口の中に広がる、強烈な甘み。渋みと酸味を期待していた口が悲鳴を上げている。
「あンまっ! 何これ! まさか……!」
シャリテ方のグラスを掴み、一口流し込む。すると、まさにさっき欲していた味が流れ込んできた。
「はれ? ふぉあれはん……♪ それは、わらひのじゅーひゅでふよ……♪」
そのへべれけの声に、全てを瞬時に悟った。
「あちゃあ……」
私のと取り違えたみたいだ。酔っ払っちゃってる……! しかも、完全に出来上がっちゃってる! どうしよう……!
「ふぉんなに飲みたいんれすか? ふょうがないれふね……♪」
瞬間、シャリテの潤んだ瞳が怪しい光を放った気がした。
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