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九話 お姉ちゃんのお手伝い

お部屋でイチャイチャ。実はシャリテの方が恋愛脳です。

 手を繋ぎ、私達は詰所へと戻って行く。


「~~♪」


 木材を無事に買えてご機嫌なのか、お姉ちゃんの歩き方が、いつもより少し早い。まるで新しいおもちゃを買って貰った子供みたい。いつもは大人っぽいお姉ちゃんも、こういう所を見るととっても可愛い。


 聞こえてくる鼻歌に耳を澄ませながら歩いていると、いつのまにか詰所の前へと辿り着いていた。


「うーッス。二人でお散歩ッスか。今日はいい天気ッスからねぇ。俺も仕事サボってどっかで寝てえッス」

「……そんな事したら、イズモちゃんに嫌われるんじゃないのか?」

「だからサボれねえんスよ。お陰さんでこれから出張ッス。困ったモンッスね、ホント」


 あんまりこの人が好きじゃないのか、いつもより冷たく話すお姉ちゃん。だけど、私はこの人の事、あんまり嫌いじゃない。

 なんだか、親近感が湧くような、不思議な感じがするから。なんでだろう?


「アンタと居たらサボり癖が移りそうだ。さ、早く行こ、シャリテ」

「はい!」

「おお、冷てえ冷てえ……」


 ぼそりとこぼすクロコさんを置いて、ずんずん進んでいくお姉ちゃん。その道すがら、ユエさんとばったり顔を合わせた。片手にはカバンが下げられていて、今からどこかへお出かけに行くみたい。


「あれ、どっか行くの?」


 その様子に、お姉ちゃんが声を上げる。それを受けたユエさんは、いつもの様なおしとやかな口調でゆるゆると話し出した。


「ああ、お二方。実は古い友人からお手紙を頂いたものですから、これから出張ですわ。腕利きは辛いですわね? うふふ」


 おどけた様にそんな事を言いながら、灰色の瞳がぬるりと私を見据える。眺めているというか、観察しているというか、この人の視線はどこか落ち着かない。


「シャリテ様の死霊術……一度拝見したかったのですが、致し方ありませんわね。次にお会いするまでには、是非思い出して下さいね?」


 それだけ言い残すと御機嫌よう、と丁寧に頭を下げて私達とすれ違っていった……なんだかかっこいい。大人の女の人って感じだ。私もいつかあんな風になって、お姉ちゃんと並んで歩きたいな。



 いつものお部屋に着いて、私達以外に誰も居ないのを確認すると、遅れて木材を担いで入ってきたお人形さんの一人に部屋のドアを閉めさせた。


「ふぅ。さぁて……」


 一つ大きな息をつくと、着ていた黒いローブをばさっと脱ぎ捨てた。


「わぁっ……」


 厚い布の下から露わになる、まっさらな白の薄いブラウス。布地を下からツンと突き上げる胸と、そこから腰までの曲線。


 息を忘れるくらいにに美しいその光景に、私の目はピクリとも動かなくなった。もうこのまま、ずっとお姉ちゃんを——


「おーい、シャリテ? どうしたの、ぽけっとしちゃってさ」

「はっ」


 いけない、またやっちゃった。ダメダメ。お姉ちゃんは私を独りぼっちから連れ出してくれた大切な人、なんだから。


 それに……お、女の人同士なのに、こんな事考えてるなんておかしいよ。絶対おかしい。


「あん? なんかおかしいよ、シャリテ、大丈夫? 疲れちゃった?」


 不意に目の前に映り込むお姉ちゃんの瞳。カラスの羽みたいに真っ黒な中に、一つだけ浮かび上がる綺麗な金色。


 まるで夜明けの様な瞳が私を映し出すと、急に心臓がどこどこと暴れ出した。


「だ、大丈夫ですよ! 早くお人形さん作りしましょう!」

「ホントに大丈夫なの? んなら良いけどさ、無理しないでね」

「もう、大丈夫ですってば。あはは……」


 全然大丈夫じゃない。顔をいつも通りにするのがやっと。これ以上近づかれたら、私の恥ずかしい音がお姉ちゃんに聞かれちゃう。し、深呼吸……!


「すぅ……はぁ……」


 うぐぐ……! 深呼吸って、こんなに難しかったっけ……!


「? 変なの。まあ良いや。さて!」


 糸の垂れる右手を大きく振るとお人形さん達が一斉に鎧姿に変わって、腰から剣を抜く。


「まずは木材の加工。丸太のままじゃ何も出来ないからね」


 言いながら掌を振ると、騎士達はまるで大きな怪物に立ち向かう絵本の騎士の様に一斉に斬りかかり、木材を手頃な大きさに切り出していく。


 騎士の剣が閃く度に木材はその姿を変え、最後にはいくつかの木片になってしまった。


 そこへ、机の脇に置いてあるカバンから道具を取り出し腰を椅子に下ろして木材を削り始める。


「ここから大きく分けて、六つの部位を作っていくよ。頭、胴体、両手足ね。立ったままだと見辛いでしょ。こっち来なよ」


 そう言って、空いていた椅子を私に差し出してくれた。


「ありがとうございます。んしょ……」


 横に座ると、不意に私の肩を抱いて体を引き寄せた。


「きゃっ。な、何を……」

「ほら、ここ見て。ささくれがあるでしょ? ここんとこをちゃんと処理しないと、仕上がりが悪くなるんだ。よく見てて、こういう風に……」


 鮮やかな手の動きで、取り出した紙やすりで木目をなぞり始める。


 しゃりしゃり、しゃりしゃり。


 耳の奥を優しくくすぐる様なこの音がどこか心地よくて、いつまでも聞いていられる気がした。でも、それ以上に——


 手元からチラリと横に目をそらすと、お姉ちゃんの顔がすぐそばにある。今までにないくらいの真剣な眼差しが、手元の人形の部品に注がれている。


 せっかく見せてくれてるのに、ちゃんと見ないといけないのに、私は視線をお姉ちゃんの横顔から切り離せずにいた。


 長い睫毛に、白くて綺麗なお肌。その上を汗がキラキラとひとしずく伝うけれど、それさえも気にしないで、私の視線にも気づかないくらいに夢中になって磨き続けている。


 時々黒くて綺麗な長い髪がかきあげられると、ふわりとお姉ちゃんの匂いが私の鼻へと流れ込む。その度に、私の心臓がまた暴れ出す。


 やっぱり、私ってどこかおかしいのかなぁ……女の子なのに、女同士なのに、こんな……。


「——じゃ、今言った風にやってみて。はいこれ」

「え?」


 ひらりと手渡される紙やすり。上の空になっている間に、説明を聞き逃していたみたいだ。


 ど、どうしよう。とにかく、こんな感じに……


 じゃりっ。


 見よう見まねで木の肌を擦ると、すぐに声が飛んできた。


「ああ、違う違う。木目をなぞる様に、平行に磨くんだよ。ちょっと良い?」

「……!」


 声を出す間も無く、私の両手をお姉ちゃんの手がふわりと包み込んだ。


「お、お姉ちゃ……!」

「体の力抜いて。やりづらいから」


 いつの間にか後ろに回っていたお姉ちゃんに、両手を掴まれる。もう顔同士の距離もほとんどない。


 ああ、お姉ちゃんの唇……キレイだなあ……。


 時々漏れる吐息が私の耳をそよそよと撫でる度、よく分からない、きっと抱いてはいけない感情が大きくなっていくのが分かる。


「ね? こうすると、木目がケバ立たないんだよ」

「ふぁい……」


 ごめんなさい、お姉ちゃん。もう今の私の頭じゃ、何を言っているのか分からないです。


 しゃりしゃり。しゃりしゃり。


 木を磨く音だけが、辛うじて私に時間の流れを感じさせてくれた。あと何回、この音が聴こえたらこの手を離してしまうんだろう。そんな事だけが頭の中にぷかぷかと浮かんでいた。




「んぐぐ……ふう。結構いい時間だね。今日はもう切り上げよっか」


 伸び混じりの声に、はっと目が覚めた。外を見ると、高く上っていたお日様はすっかり沈んで空が赤く染まっていた。


 どこか遠くでカラスが鳴いている。夕暮れを知らせるその鳴き声は、私の幸せな時間の終わりを告げている様にも聞こえた。


「ここまでやっちゃえば後はすぐに終わるから、残りは明日にしよう。どう? 人形作り、結構楽しかったでしょ?」

「あ……はい! 楽しかったです!」


 正直お姉ちゃんの手の感触と匂いしか覚えてない。だけど、楽しかったのは本当。ごめんなさい、お姉ちゃん。明日はちゃんとお手伝いします。


 心の中でそう謝っていると、突然きゅるきゅると私のお腹が情けない悲鳴を上げ始めた。


「きゃっ……」


 慌ててお腹を押さえる……聞こえちゃったかな。


「あはは、結構長い事やってたもんね。そりゃお腹も空くよ」


 ……ばっちり聞かれてた。


「あうう、恥ずかしい……」

「あん? 何で恥ずかしいの? お腹空いたら誰でもぐーぐー鳴るでしょ」


 別に鳴ったのが恥ずかしいんじゃないんだけど……ま、いっか。


「それじゃ、なんか食べに行こっか? 私もお腹空いちゃった」


 ふわりといつものローブを羽織り直して、私を誘うお姉ちゃん。幸せな時間は、まだまだこれからみたい。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

皆様のお好きな百合シチュみたいなのがあったら、参考までに教えていただけると今後の作品に活かせるかもしれません。

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