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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
番外編
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番外編:甘い罠

 ユニフィスの国に住まう者を守る為に設立された守護隊。彼等は常に剣の腕を磨き、向上心を忘れない。強くあろうとする気持ちが、大切なものを守る礎となる。

 今日も、隊舎の訓練場で隊士達は剣を振るう。


「カミル、トビアス。あなた達はまだ子供で、体も未熟で力が弱い。力が弱ければ技を磨きなさい。私も力の弱さを技でカバーしているでしょう」


 守護隊副長のラクチェアにそうアドバイスされ、カミルとトビアスは技について考え始める。力は鍛えれば自然とつくものだが、技は誰かに習わなければ上達は難しい。

 さて誰に教えを請おうかと頭を悩ませていた時、視界の端を黒髪の男が通った。


「なあ、副長って隊長に剣を習ったんだよな?」

「ああ」

「隊長って、オッサンに剣を習ったんだよな?」

「なんかオッサンがそんな事言ってたな」


 顔を見合わせ、いい事を思い付いたとばかりにニタリと笑う少年二人。やる気の無いダラダラとした足どりで訓練場から出ていくゲレオンを追い掛けた。


*****


 ゲレオンは疲れる事が嫌いだ。他人と関わるのも億劫だし、何かを喋るのも面倒臭い。剣を振るのはストレス発散や気分転換になるが、長時間続けるのは体力のある若者だけだと勝手に訓練を抜け出す癖があった。

 ラクチェアに何度注意されても飄々としているものだから、段々に諦められ好き勝手にしている。自由奔放な男だ。

 訓練場から抜け出したあとはたいてい酒を飲みに厨房に行く。自分用のワインボトルを持ち込んで、貯蔵庫に隠しているのだ。ついでとばかりに町民からの差し入れである焼き菓子を棚から拝借し、この日もこっそりと食堂の隅で休憩を始めた。

 ボトルに直接口をつけて水のようにグビグビとワインを飲むゲレオンの背後に、二つの影が立つ。


「わっ!!」

「!?」


 ドンと背中を押され、ゲレオンは思わずワインを吹いた。


「汚いなオッサン」

「誰のせいだ!」


 振り返れば予想通り、カミルとトビアスがにやにやしてゲレオンを眺めていた。この二人はことごとくゲレオンの調子を狂わせる。


「何だガキ共、サボりか。感心しないな」

「オッサンだろ、サボりは」

「俺はお前らみたいに若くないから定期的に休まないとやってられん。これは息抜きだ」

「よく言うよ」


 焼き菓子に伸ばされたトビアスの手を、大人げなくゲレオンが叩く。ひとつもやるもんかと抱えて隠す姿には子供もびっくりだ。


「オッサンさあ、剣を教えてくんない?」

「断る。面倒臭い」


 間髪入れずの即答だった。それで引き下がるカミルとトビアスではないのだが。


「何でー何でだよーいいじゃんケチ」

「大人は子供に優しくするもんだぞ」

「お前らみたいに生意気なガキには優しくしなくてもいいって決まりがあるんだよ」

「うわ! またテキトー言って!」

「副長に言い付けるぞ? サボりの事」

「言えばいい。小娘ごときに屈するものか」


 ぷいとそっぽを向いて菓子を頬張るゲレオンは、何を言われてものらりくらりとかわす。空気と力比べをしているような手応えの無さに、さすがのカミルとトビアスも焦り始める。

 ふと、トビアスが何かに閃いたかのように手をポンと叩いた。


「オッサン。オッサンが剣を教えてくれるなら、カミルの家に案内してやってもいいんだぜ?」

「おい、トビアス?」

「小僧の家になぞ興味は無い。気でもふれたか?」


 訝しげに振り返るゲレオンに、トビアスは人差し指をちっちっと振ってみせた。カミルが横で納得したように頷く。


「そんな事言っていいのかな? 聞いてから後悔しても遅いんだぜ?」

「随分勿体振るじゃないか」

「よーし、じゃあ教えてやれカミル! お前の家の事を!」


 何故か偉そうに踏ん反り返るトビアスから振られ、カミルは少しだけ言いにくそうに唇を開いた。


「……菓子工房。親父が職人だ」


 途端、ゲレオンの目の色が変わる。焼き菓子を口に運んでいた手を止め、ギロリとカミルを見据えた。


「何?」

「焼き菓子もゼリーもケーキも、何でもあるぜ。割と繁盛してるし」

「割と、なんてカミルの謙遜だぜ? 人気のケーキはすぐに売り切れちゃうくらいだしな。……どうよ、そんな店に行ってみたくない?」

「ぐ……」


 ゲレオンは超がつく程の甘党だ。どんな料理にも砂糖をかけて食べる。差し入れで菓子をもらえば視線がそれを追い掛ける。

 そんなゲレオンが人気の菓子店をスルー出来るはずがないのだ。


「生クリームふわっふわで」

「フルーツも厳選してる」

「こないだ食ったチョコレートのケーキ美味かったなあ」

「今なら栗を使ったものが出てるな」


 次々と甘い言葉を囁かれ、とうとうゲレオンは誘惑に屈する事になる。


「ち……あまり長い時間はやらんからな」

「やったー!」

「大丈夫、それでいい!」


 手の平で顔を覆い溜め息をつくゲレオンと、両手をあげて万歳万歳と喜ぶカミルとトビアス。結局まんまと若造に懐柔されてしまったわけだが、目眩く甘味の世界を堪能出来る事を思うと、ゲレオンも結構幸せなのかもしれない。


「当然知り合い割引はあるんだろうな?」

「オッサンせこいな」

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