57話目:姫君への軌跡
髪を切った事で、以前よりも活発に、そして大人びて見えた。といっても、ラクチェアが実際にセレネディアを見たのは行方不明になる前の事だから、かなり時間が立っているのだが。
「……こうして、ちゃんとお話するのは初めてね。ラクチェア・フォールズ」
鈴が鳴るような声。ラクチェアは目の前にセレネディアがいる事が何だか幻のように感じられた。
「セレネディア様……どうしてこちらに……」
「あら。マティアス殿下の結婚式に呼ばれたのよ」
(わーあー! そうだよね! 隣国だもの、呼ばれて当然よね! 私の馬鹿!)
ひとり脳内でパニックを起こしているラクチェアと違い、セレネディアは気味が悪い程冷静だ。感情などカケラも見せず、じっとラクチェアを見つめている。
「あの、セレネディア様……」
「謝らないで」
ラクチェアの台詞を先読みし、セレネディアはぴしゃりとはねつける。
「謝らないで。私も謝らないわ」
その一瞬、セレネディアの瞳が揺れたように見えた。
「自分の為にノエル殿下との結婚を画策した事は否定しないわ。……でも、それだけでは……なかったもの……」
ラクチェアにもそれはわかっている。結婚とはいわば繋がりを持つという事。彼女は彼女なりに、国の為にラゼリアという後ろ盾を得ようとした。
ユニフィスは周囲の国々に比べて弱小。後ろ盾がなければ発言も許されない程低い立場にあるのだ。
動機は何であれ、セレネディアは国を潰さない為にもラゼリアとの繋がりを持とうとした。それはおそらく政治的に見れば正しい判断だ。
「今でも私は、私と殿下が結婚する事が正解だったと思っている」
「……そうですね。国の為にはその方が良かったんだと思います」
でも、とラクチェアは続ける。
「私、陛下にお願いしてみます。ユニフィスを支えてくださいませんか、と。やれる事は何でもやります。やる前から諦めたりしません。……それが、私がノエル様から教えていただいた事ですから」
国よりも自分の気持ちを選んだのは、ラクチェアも同じだ。我が儘だとわかっていてもどうしても譲る事が出来なかった。そしてそれを貫いた代わりに、自分に出来る事は何でもすると覚悟を決めている。
「……あなたは本当に真っ直ぐね。強くて、揺らがない。腹立たしいわ」
「な!」
「私も……」
短く切り揃えられた髪を指で梳き、セレネディアは重い荷物を下ろしたようなホッとした笑顔になった。
「あなたみたいな生き方がしてみたい」
きっとこの笑顔が、エディルが愛したセレネディアだったのだろう。釣られて微笑み返しながらラクチェアはそう思った。
*****
「僕もさっき会ったよ、セレネディア姫」
なんとか見つけ出したノエルと並んで歩きながら、ラクチェアは先程の事を話題に出した。どうやらノエルの方が先に会っていたらしい。
「何かねー無言で足踏まれた」
笑いながら能天気に話す事ではない。おしとやかで内気だと思っていた姫君は、案外強気で負けず嫌いだったようだ。想像するとノエルが可哀相になる。
「でも、何にせよ、これで仲直りって事だよね」
「そうですね。……仲直りっていうのとはちょっと違うと思いますけど」
「これで、堂々とユニフィスに帰れるじゃない」
良かったねと笑顔で言われ、ラクチェアも自然と頬が緩んだ。
「それでね」
「はい?」
「……結婚したらユニフィスに戻ろうか」
突然の提案に、ラクチェアは驚いて足を止める。
「え……」
「いや、ほら、僕ももう少し庭師の勉強したいし、ラクチェアだって守護隊の事気になるでしょう?」
わたわたと手を動かし、照れ臭そうにノエルは言葉を続ける。もしかすると、ずっとそれを考えていて切り出すタイミングを窺っていたのかもしれない。
「……もう少し、副長として剣を振るう君を見ていたいかなって」
そっとラクチェアの手を取り、首を傾ける。
「どうかな?」
答えは決まっている。ノエルと過ごしたあの国で、また一緒に思い出を重ねる事が出来るのなら。
「ありがとうございます、ノエル様」
*****
嫌だ嫌だと喚くカテリーナを何とか宥め、花嫁に結婚式をボイコットされかけて落ち込むマティアスを励まし、どうにか二人を送り出した。このあとにも誓いの儀だのなんだのと色々あるのに、先が思いやられる。
予想以上の苦戦に疲れて、ラクチェアとノエルは長椅子にぐったりと体を預けた。
「カテリーナさん……大丈夫でしょうか」
「わかんない……。兄上、大変だなあ」
同情気味に呟き、溜め息が零れる。
「次は私達の番なんですね……」
「ラクチェアはカテリーナみたいにならないでね?」
「うーん」
「え!?」
本気で焦るノエルに小さく吹き出し、ラクチェアは背伸びをした。部屋の中に漂う花の香りが鼻孔をくすぐる。爽やかで甘い香りだ。
ふと、孤児院でラクチェアを育ててくれたシスターの姿が頭に浮かんだ。彼女からも同じような香りがしていたような気がする。花が好きな女性だった。
「……私、小さい頃お姫様になりたかったんです」
「ラクチェアが?」
「はい。私が」
久しぶりにあのお気に入りだった絵本を見つけた日。ラクチェアの誕生日に、ノエルが薔薇を届けてくれた日。お姫様になりたかった昔の自分を思い出した。
そういえばあの時の薔薇も白かったなと、うっすらとした運命を感じた。ラゼリアを象徴する、白。
「夢、叶っちゃいますね。……お姫様になれるなんて……思わなかった」
泣いて、怒って、笑って、ノエルと一緒に歩いた日々。それが、ラクチェアが辿った姫君への軌跡。
そしてまた、新しいスタートラインに立って、これからもノエルと共に歩んでいく。
「僕にとっては、君はずっと前からお姫様だったよ。初めて会った時から」
そうノエルが甘く囁いて、薔薇色に染まったラクチェアの頬にキスをした。
目を通していただきありがとうございました。ずっと前に書いたものなので文章の稚拙さがお恥ずかしいですが、初めて完結させた作品でもあるので個人的に思い入れがあります。
ぼんやりした妄想から始まり、迷走しつつもよく完結出来たなあとつくづく奇跡のように感じております。
誰かの暇潰しになれたならそれだけで幸せです。少しでも楽しんでいただけたならもう最高に幸せ。光栄です。
腹立たしいキャラも居たとは思いますが、人間だもの。自分勝手で不器用で矛盾に満ち溢れている。もしも不愉快に感じた方がいらっしゃいましたら、それは私の狙い通りなのでしめしめです。
番外編も若干考えておりますが、これにて「姫君への軌跡」は完結致します。本当にありがとうございました。




