56話目:祝福の日
その日、城内は慌ただしく人が行き来し、次から次へと贈り物が届き、誰も彼もが余裕をなくしてバタバタしていた。
空は快晴、雲ひとつなく、祝福の日にはうってつけ。ラゼリアを象徴する白い花が城内中に飾られ、その花弁を窓から入り込んだ風が揺らした。
「お姉様、準備出来ました?」
ピンクのかわいらしいドレスに身を包んだコーネリアが、扉の影から姿を現す。ヘアピン片手に泣きそうになっていたラクチェアは、彼女を見て露骨にホッとした。
「コーネリア様、すみませんが手伝っていただけないでしょうか……」
「お世話係は……」
「……皆忙しそうなのでつい……ひとりでやりますと」
「まあ。ふふ、では私にお任せくださいな」
器用な手つきでコーネリアは髪の毛を纏めていく。ラクチェアが緊張と申し訳なさで体を強張らせている間に、綺麗なシニヨンに仕上がった。最後にシルクのリボンを結び、赤い石をあしらった装飾品をアクセントにつけて完成である。
コーネリアや他の女性達のように見目麗しいとは言えないが、まあまあ見られる格好になった。
「お姉様、では参りましょうか」
「はい」
ドレスアップした二人が向かうのは花嫁の控室。今日はマティアスとカテリーナの結婚式だった。
*****
お祝いの花束を抱え、二人は控室の扉を叩く。
「……どーぞー……」
元気の無い返事が返ってきた。ラクチェアとコーネリアは顔を見合わせて首を傾げたが、とりあえず部屋の中に入ってみる事にした。
既にたくさんの花で埋め尽くされた部屋の中、長椅子に横たわる白い塊がある。純白の花嫁衣装を纏ったカテリーナである事はすぐにわかった。
「か、カテリーナさん……おめでとうございます……?」
「カテリーナお姉様? 具合でも……」
そろそろと長椅子に歩み寄る二人に気付き、カテリーナは疲れた顔でニッコリと笑った。
「帰っていいかな」
「駄目ですよ。というか今日からこの城がカテリーナさんの帰る場所じゃないですか」
「……だって! だってだって! 着替えと化粧に物凄い時間は掛かるし貴族達への挨拶面倒臭いしこれから国民の前に出て結婚披露だなんて超胃が痛いしー!」
長椅子の上で手足をばたつかせ駄々をこねる花嫁。なかなか見られるものではない。
「ああもうホント……結婚式すっぽかして逃げようかな」
「マティアス様が聞いたら泣きますよ」
「泣けばいいのに」
段々荒み始めるカテリーナに、これはまずいとラクチェアはコーネリアを見る。マリッジブルーだろうが、このままでは本当に逃げ出し兼ねない雰囲気が醸し出されていた。
「お姉様、ノエル兄様を呼んできてくださいませ。あの気が抜けるようなぽややんっぷりを見れば、少しは落ち着きます!」
凄い事を言うなと思いつつ、ラクチェアも否定はしない。その場はコーネリアに任せ、ノエルを探すべく廊下に出た。
夜には貴族や領主を持て成す会食の席が設けられる。その準備の為か、女官達がてんやわんやで廊下を駆けずり回っていた。やれ椅子が足りないだの献立を変更しろだのといった声があちこちから聞こえてくる。
(うーん、大変そう。王子がどこにいるかなんて……聞けそうにないなあ)
確か今の時間は来賓の対応に回っているのではなかったかと記憶を巡らせ、客人用の門の方へと向かう事にした。
慣れないスカートの裾が膝をくすぐる。無理を言ってブーツを用意してもらい、それに合わせてスカート丈も短くした。結局ヒールを履けず、次回への持ち越しとなる。
(……次回、か)
ふっと頭に過ぎった言葉に、ラクチェアは廊下の真ん中で赤面する。
(ち、違う違う! 今はそんな事考えてる場合じゃないって!)
雑念を振り払うように頬を叩き、ぐっと握りこぶしを作る。その時、誰かが向こうから歩いてくるのが見えた。シルエットは女性。ふんわりと膨らんだスカートを揺らし、足音を響かせながら近付いてくる。
最初は、それが誰だかラクチェアは気付けなかった。その姿はラクチェアの記憶にあるものと違う。長く豊かなウェーブがかった艶やかな髪。それがバッサリと肩の上で切られていた。
「せ……セレネディア、様……?」
ユニフィスの姫君、セレネディアがそこに居た。




