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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
7章
53/60

53話目:涙と抱擁、口づけ

「あ、あああの、これは……っ、き、傷が痛くて……」


 不安で泣いてしまったなどとは口が裂けても言えない。一緒に頑張ろうと約束したのに、ノエルを裏切ってしまったような気がして心苦しさを感じていた。

 無理矢理笑顔を作り、虚勢を張る。


「大丈夫、大丈夫です。明日も頑張らないといけませんからね。私、頑張りますから。頑張って認めてもらえるように……」

「ラクチェア」


 言葉を遮られ、ラクチェアの笑顔が強張る。


「な、なんですか? 何で……」

「あのね。不安だったら不安だって、言ってもいいんだよ」


 ノエルの手の平が両側からラクチェアの頬を柔らかく挟み込み、固定する。目を逸らす事も出来ない。


「泣いたっていいんだ。頑張るって事は強がるって事じゃないから」

「……でも、私……」

「弱音だって吐いても構わない。君がくじけそうなら、僕が支えてあげるから」


 ね、と優しく微笑まれ、ラクチェアは思わずノエルの首に腕を回して抱き着いた。涙で濡れた顔を肩に押し付ける。


「……ごめ、なさ……っ! わ、私、頑張ろうって、諦めないって、思ったのに……」

「無理に強がらなくていいんだよ。君は女の子なんだから」

「そ、そんな風に言ってくれるの、王子だけですよ……」


 あやすように頭を撫でられ、ラクチェアの胸が苦しくなる。ひどく堪らない気持ちになる。

 そのまましばらく泣き続け、心の内に溜まっていた弱音を吐き出した。ノエルは何も言わずに、ただラクチェアを抱きしめていた。

 知らず知らずの内に気負い過ぎていたのだと、今更ながらに気付く。しっかりしなくては、泣き言など言っていられないと自分を懸命に奮い立たせ、それが重荷になってしまった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私、弱くて……情けなくて……」


 繰り返し謝るラクチェアに、ノエルは優しく笑いかける。


「いいんだってば。君に頼られるのも、甘えられるのも、僕は嬉しいんだから」


 本当に嬉しそうに笑顔を浮かべるノエルに、ラクチェアの涙が止まる。泣いたせいではない頬の紅潮が段々濃くなり、ついには耳の先まで茹で上がった。


「な、何ですか、それ……!」

「え? 何が?」

「う、嬉しいだなんて、変です」

「ええ? そうかなあ」


 優しく穏やかなノエルはルチアに似たものとラクチェアは思っていた。時折見せるたおやかな雰囲気も、あの母親ならば納得が出来ると。


(あ、あれ?)


 しかし、やはり彼もあのラゼリア王の血を引いているのだ。細められた目つきは王のそれによく似ている。見つめられた瞬間、ぞくりと鳥肌が立った。


「……だって君は僕の一番愛しい人だし」


 見慣れぬノエルの表情に、思いの外心臓が跳ねた。いつも花のようにふわふわしているくせに、今の雰囲気はまるで獣が獲物を狙っているようではないか。


「う、あ、うー……」

「……可愛い」


 目の下に素早くキスをされ、ラクチェアは肩を揺らした。頬や鼻の頭にも触れるか触れないかのキスをされる。それが徐々にいたたまれなさを増し、ラクチェアは耐え切れずに顔を両手で覆った。


「……ダメ?」

「す、すみませんすみません……! な、何か、もう心臓がもたないといいますか」


 普通にキスをされた時よりも恥ずかしいのは何故だろう。顔を上げられないラクチェアにノエルは小さく笑い、最後に髪に口づけた。


「そうだね。全部終わったらって約束だったもんね。楽しみだなあ」

「う、ううう。意地悪言ってませんか」

「まさか」


 全部終わったら。さっきまでだったらその言葉に過剰に反応して、また肩に力が入ってしまっていた。そうならなかったのはノエルが泣かせてくれたからだろう。

 いつも心を軽くしてくれるのはノエルだった。


「全部僕のものにさせてね」

(違う! これは違う! うああああ別の意味で緊張するからあああ)


 声も出せなくなったラクチェアを、ノエルは満足そうにもう一度抱きしめた。

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