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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
7章
47/60

47話目:阻まれる未来

「何故ですか父上……! 理由を教えていただけませんか……」


 繋いだ手の平が熱い。ノエルの指が小さく震えていた。

 ラゼリア王は激情を飲み込み平静を保とうとする我が子に、冷たい眼差しを向ける。


「理由か。それに答える前に、その娘の身分を教えてもらおうか」


 答えるまでもなく、ラゼリア王にはわかっているのだろう。ラクチェアが王族と婚姻を結ぶには相応しくない身分だと。けれど敢えてそれをノエルに問う。


「……身分など、関係ありますか?」

「答えになっていない。娘、どうだ? 答えられるか?」


 矛先はラクチェアに。ここで怯む事は王に付け込まれる隙を見せるのと同じだ。

 目を逸らさずにラクチェアは答える。


「庶民です。ユニフィスで守護隊に所属しています」

「ほう、ユニフィスから来たのか。守護隊……騎士団のようなものか」

「父上。何故ラクチェアとの結婚を認めていただけないのですか」

「言わなければわからない程お前が愚かだとは思わないがな……ノエル」


 そう。認めてもらえない理由はラクチェアとノエルが一番理解している。


「クルセルクやフェランディンの姫君、アルザ領の公爵令嬢。政治的価値を持つ娘はたくさん居る。お前は自分の立場がわかっているはずだ。何の力も持たない庶民の娘と結婚させるわけにはいかない」

「……私はラゼリアの第二王子。王族の血を引く身です。それを忘れた事などないし、自分の立場もわかっています」

「だったら……」

「けれど、私は彼女を好きになりました。彼女を愛しました。ラクチェアを守り、大切にしたい……! その想いを許していただきたいんです。もし引き離されたとしても、ラクチェア以外の女性には、愛を捧げられません」


 今この場所でなかったら、ラクチェアは泣いていたかもしれない。誰かに愛される事がこんなにも心を揺さ振るものだと、思いもしなかった。自分がこんなにも誰かから愛されるなどとは、思いもしなかった。

 ノエルの真剣な告白に、ラゼリア王は少しだけ目を見開く。ペンを滑らせていた手を止め、椅子から立ち上がった。


「……ラクチェアといったか」

「はい」

「失礼だが、そなたの両親は」


 ラクチェアはぎくりと顔を強張らせた。ゆっくりと口を開き、躊躇いながら言葉を紡ぐ。


「両親は……おりません」


 親が居ない事を恥じてはいないが、それが不利な情報だという事実には違いない。庶民で、それも両親が居ない娘。思った通り、ラゼリア王の眉間に盛大にシワが寄った。


「話にならない」


 溜め息をつき肩を竦めたラゼリア王を見て、ラクチェアの血の気が下がった。このまま退室を命じられたら、もう二人に打つ手はない。

 その時、扉が外からノックされた。ラゼリア王の返事を待つ事なく部屋に入ってきたのは、光に煌めく柔らかな金色の髪をした女性だった。穏やかな瞳を部屋の中の三人に順番に向け、最後にラクチェアで止まる。


「あら。可愛いお嬢さんね」


 落ち着いた声が重い空気を緩和する。にっこりと可憐に微笑んだ美しい婦人は、気品漂う優雅な歩き方で王のもとへと近付いた。


「あなた。お話くらい聞いてあげたらいいじゃありませんか。彼女自身を知ろうともせずに頭ごなしに否定をするのは、少し乱暴です」


 婦人はそう言ってノエルの方へ向き直り、またふわりと微笑んだ。


「ノエル。お帰りなさい。少し離れている間に、随分逞しくなったのね」

「母上……」


 ノエルの母。ラゼリア王の妻。すなわち、王妃。

 ラクチェアは慌てて頭を下げ、挨拶をする。


「お初にお目にかかります。ラクチェア・フォールズと申します」

「あらあら。そんなに畏まらないでちょうだい」


 そうは言われても、王妃を前に畏まるなという方が難しい。


「ルチア、聞いていたのか」

「あんなに大声で言い合ってたら聞く気がなくても耳に入ってきてしまいます。外の衛兵も困っていましたよ」


 それは、先程のノエルの告白も聞こえていたという事だろうか。恥ずかしさにラクチェアの顔が真っ赤に染まる。


「ねえ、あなた。私はもう少しラクチェアさんの事が知りたいわ。駄目かしら?」


 王妃の「お願い」にラゼリア王は渋い顔をしたが、重く溜め息をついてやれやれと首を振った。


「今日は二人とも城で休むがいい。疲れた顔をしている」

「待ってください! まだ……」

「ノエル。お父様はまだお話を聞いてくださると言っているのよ。とりあえず、お部屋で休んでいなさい」


 食い下がろうとするノエルを宥め、ルチアは二人を部屋から出す。自分は再び執務室の中へと消え、外にはラクチェアとノエル、そして微妙に気まずそうな衛兵だけが残された。

 ノエルはラクチェアの手を引き、その場から離れる。


「……ごめん、僕がちゃんと父上を説得出来ていたら……」

「いいえ! 王子は、その、凄くかっこよかったです……」


 思い返しても胸が熱くなる。ラクチェアは嬉しさに微笑みながら、ノエルの目を見つめた。


「まだ終わったわけじゃありません。最後まで、頑張りましょう」

「……うん。ありがとう」


 ルチアによく似た笑顔を見せて、ノエルはラクチェアの額に口づけた。

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