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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
7章
46/60

46話目:厳かなる王

 日が昇り、人々が一日の活動を始めた頃にラクチェアとノエルはラゼリアとの国境を越えた。そこから更に馬を走らせ、王都にたどり着いたのは数時間後。寝不足と馬旅で疲れた体に鞭を打って、休む間もなく王城の門を叩いた。


「ノエル殿下! お帰りになられたのですか!」


 門兵が駆け付け、ノエルの傍らに膝をつく。


「うん。急いで父上にお会いしたいんだ」

「すぐに開けます。お待ちを」


 ガラガラと引きずるような音を立てて門が開かれる。開き切るのを待たずに駆け出したノエルを追い、ラクチェアも門をくぐろうと足を踏み出した。その腕を、門兵ががっしりと掴む。


「失礼。貴方は……」


 門兵は見慣れないラクチェアを怪しみ、上から下まで視線を滑らせる。ラクチェアは何と説明すれば良いのかわからず、返答に困った。

 代わりに答えたのはノエルだった。


「私の妃になる女性だ。無礼は許さない」


 はっきりと言葉にして、門兵からラクチェアを奪い取った。呆気に取られた門兵を背中に、ノエルは急ぎ足で城の中へと突き進む。

 手を引かれてつんのめりながら後ろを歩くラクチェアは、耳まで赤くなって口をぱくぱくさせていた。


「お、王子。あんな事言って良いんですか?」

「いいの」


 振り向かずに歩き続けるノエルの顔は、ラクチェアからは見る事が叶わない。少しだけ惜しい気がした。


「言った事は本当にしてみせるから。その為に来たんだ」


 胸の奥が締め付けられるような感覚。もう何度味わったか知れない、甘い痛み。ラクチェアの目の奥が熱くなる。

 ノエルはいつもラクチェアに対して真っ直ぐで、誠実で、優しい。その心を注がれる事が、何よりも嬉しかった。


*****


 長い廊下を抜け、階段を上がったその奥に、ラゼリア王の執務室が位置していた。扉の外に立つ衛兵に、ノエルが声を掛ける。


「父上は今こちらに?」

「え!? ノエル様!? いつお戻りに……」

「さっき。父上はいらっしゃるの?」


 第二王子の突然の帰還に驚く衛兵は、それでも聞かれた事に答えようと首を縦に振る。それを確認して、ノエルは目の前の扉を二度叩いた。


「……何だ」


 中から返ってきた声は意外にも若く、尚且つ威厳に満ち溢れていた。途端に体が強張り、強い不安がラクチェアの頭をぐるぐると渦巻く。繋いだ手からそれを感じ取ったノエルは、安心させるように手に力を込めた。

 後戻りは出来ない。するつもりもない。ラクチェアの瞳が強い火を灯す。


「父上、ノエルです。お話したい事があります」

「……入れ」


 入室の許可を貰い、二人は互いに互いの目を見つめ、力強く頷いた。指を絡め手を繋いだまま、扉を開けて中へと入る。

 執務室の中は壁を埋めるように本棚が並び、床にも何冊か本が転がっていた。机の上には書類の山。そして空になったインク瓶が端に積み上げられている。

 一言で言うなら、散らかっていた。


「帰るなら帰ると連絡くらい寄越せ。ルチアには挨拶したのか?」


 書類の山の奥からいきなり男性が現れた。前髪ごと長い髪を後ろで束ね、背中に垂らしている。シワがいくつか刻まれた顔は彫りが深く、鋭い眼光と相俟って重圧的な雰囲気を作り出していた。

 彼がノエルの父、ラゼリア王。厳かな佇まいは、それだけで彼が高貴な人物だと肌で感じる。


「その娘は何だ」


 視線が、ラクチェアを捉える。ただ見られているだけなのに、金縛りにあったかのように体が動かない。呼吸さえも止まりそうに思えた。


「彼女の事で、お話がしたいのです」

「……私が聞くに値する話か? この身の忙しさはお前も良く知っているだろう」

「その手を休めてでも聞いていただきたいから此処にいます」


 ノエルは一歩も引かない。その態度を興味深げにラゼリア王は眺め、薄く笑って二人に近付いた。


「いいだろう。お前がそんな顔をするのは初めてだ。……それで? その娘は一体何なのだ?」


 ラクチェアも引くわけにはいかなかった。見定めるような視線を真っ向から受け止め、ラゼリア王から目を逸らさない。


「彼女はラクチェア。ラクチェア・フォールズと言います。……私はラクチェアを妃に迎えます。それを認めていただけませんでしょうか」


 その言葉に王は顔色ひとつ変えなかった。口をつぐんだまま、ノエルとラクチェアを交互に見比べる。

 重過ぎる静寂は永遠かと思うくらい長く感じられた。


「……駄目だ」


 沈黙を破り告げられた言葉は二人を絶望の淵へと追いやった。

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