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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
7章
44/60

44話目:王子が語る打開策

 形ばかりの見回りを続けるフォルスの前に、ゆらりと儚く頼りない足取りで少女が現れる。以前はよく笑顔を見せていたのに、今ではまるで別人のように表情が動かない。


「セレネディア様。どうされました? ……おひとりで出歩かれては危ないですよ」

「ノエル殿下は無事かしら。コーネリア姫が襲われたと聞いたけれど」


 疑っている。ノエルやコーネリアを狙っている者の話はでっちあげ。そんな人物が居ないのは、セレネディア自身がよく知っている。

 コーネリアが襲われたというのは、自演ではないかと疑っているのだ。そしてそれが事実だった時、果たして理由はなんだったのだろうと考える。答えはひとつだ。

 ノエルを助ける為の誘導……。


「王子は無事ですよ。ご心配なさらなくとも。先程直接お会いしましたので」


 部屋を訪ねたのは本当だが、会ったというのは嘘。警戒するカテリーナにフォルスは事情を説明し、協力する旨を伝えた。

 ノエルが部屋からいなくなった事を知られるわけにはいかない。カテリーナは布団の中に何かを詰め込んでノエルが寝ているように見せかけていたが、いずれ神官達は直にノエルを見たいと言い出すだろう。だがフォルスが部屋に入り、直接会った事にすればそういった事態は回避出来る。


「……そう。無事ならいいの」

「ええ。安心してお休みください」


 王族への裏切りをフォルスは平然とやってのける。偽った事が知れれば処罰は免れない。

 それでもいいと思っていた。フォルスが忠誠を誓ったのは、優しく穏やかで、見る者の心を華やかにさせてくれる、そんなセレネディアだったのだから。


(……そう。あなたじゃない。自分勝手に他人を縛り付けようとする、そんなあなたではないんですよ、私が仕えていた方は……)


 ふらふらと自室へ戻っていくセレネディアの背中を、フォルスはいつまでも見つめていた。


*****


 ラクチェア達はなんとか誰にも見られず隊舎へとたどり着いた。緊張の糸が切れ、全員が床にへたり込む。

 奥で待機していたエディルとゲレオンが水を運んできたので、皆貪るようにそれを飲み干した。


「随分豪快な飲みっぷりだな、小娘。男らしいじゃないか」

「う、うるさい」


 ゲレオンにからかわれ、ラクチェアの顔が羞恥で赤くなる。ノエルをちらりと盗み見るが気にした様子はなく、水を飲んでは息を吐くという行為を繰り返していた。

 ホッと胸を撫で下ろす。


「それで? セレネディア姫は何故ノエル王子を外に出さないようにしたんですか?」


 落ち着いた頃を見計らい、エディルが代表してノエルに尋ねた。


「父上に直接書状を出すと言われました。父上……ラゼリア王はユニフィスの豊かな土地を欲しがっていたし、書状が届きそれに目を通せば二つ返事で結婚の事を承諾してしまうと思います」

「……成る程。王子様の気持ちが自分に傾くのを待つ余裕がなくなったってわけか」


 顎をさすり、ゲレオンが笑う。それは楽しそうというよりも呆れた笑いだった。


「僕が外に出れば、当然ラクチェアに会う。書状の事がラクチェアに伝われば守護隊の妨害が懸念される。多分、そういう理由で僕を部屋から出さないようにしたんだと思う……」


 何も出来なかった悔しさから、ノエルは拳を握る。己の無力さが心底情けなかった。それでも前を向かなければ、後悔を残したまま終わってしまう。


「ひとつ、案があります」

「案……?」

「書状が届くよりも早くラゼリアに赴き、父上に僕とラクチェアの事を認めてもらう」

「え!?」


 ラクチェアだけが驚きあたふたする中、他の全員はノエルの案に深く頷いた。


「父上はまだセレネディア姫がユニフィス東の領土を結婚の取引材料にしている事を知らない。先にラクチェアとの事を認めてもらえれば、後から書状が届いた所で断らざるを得ないんだ」

「な、何故ですか? 一旦認めてくださったとしても、有益な方を選び直されるのでは……」

「それは無いと思う。一度決めた事は覆さない。そういうプライドを持っている人だから」


 ノエルは大丈夫、と笑う。それでもラクチェアはあわあわと体を揺らしたり頭を抱えたりと挙動不審を繰り返した。

 結婚の許可を貰うなら、ラクチェアも一緒に行くのは当然だろう。つまり状況はどうあれ恋人の親に会うという事だ。緊張するなという方が無理というもの。


「……本当は、僕が王族という立場や身分を捨てて遠くの国に逃げるっていう手も考えた」


 静かに呟かれたその言葉に、ラクチェアの動きが止まる。


「だ……ダメ! ダメです! それはダメ!」


 ラクチェアの手がノエルの手を取り握る。泣きそうになりながら、ラクチェアは首を横に振った。


「王子がご家族やラゼリアの民を大切にされているの、知っています。逃げるという事はその人達を捨てるという事です。そんな事……私は許しません。させたくありません」


 真剣に喋るラクチェアを見て、ノエルは嬉しそうに微笑んだ。握られた手を胸に寄せ、俯き瞼を閉じる。


「……うん。僕も、欲張りだけど捨てたくない」

「王子」

「だから、一緒に行ってくれる? ラゼリアへ」


 緊張は解けないし、不安も山のようにある。けれどラクチェアは迷わずに頷いた。

 エディルやカミル達は安心したように笑顔を見せる。


「でも今から馬の手配なんて出来るかな……」

「私の馬を貸してあげようか」


 この場にいるはずのない人物の声が割って入り、全員が一斉に声のした方を振り向いた。トビアスと並んで立っていたその人物は、笑顔でのんきに手を振る。


「兄上!?」

「マティアス様!」


 ラゼリア国第一王子……ノエルの兄であるマティアスがそこにいた。隣のトビアスが不思議そうに首を傾げる。


「え、さっきからいたのに。何で皆驚いてんスか?」

「トビアスは知ってたの!?」

「いや、誰か訪ねてきたって言われて出迎えに行ったの俺ですし。全然気付いてなかったんですか?」

「おや、寂しいなあ。私の影が薄いという事かな」


 場違いに笑い合うマティアスとトビアスに、誰もツッこめず口を開けたまま固まってしまっていた。


「遠征の帰りに寄ってみたんだが予想外に時間が遅くなってしまってね。それでも一応城の近くまで行ってみたら走っていく君達を見かけたので」

「後をつけたんですか兄上」

「何だか人聞きが悪いね」


 そうは言いつつも気分を害した様子はない。むしろ嬉しそうに口の端を上げている。


「急ぐんだろう? 私の馬を二頭貸してあげるから、すぐにでも発ちなさい」

「……ありがとうございます、兄上」


 ノエルとラクチェアは顔を見合わせ頷くと、隊舎の外へと走り出した。


「ラクチェア!」

「はい!」

「……頑張ろう! 僕は絶対諦めないから!」

「……はい!」


 少し滲んだ涙を拭い、ラクチェアは笑って応える。

 青く光る月が見守る下で、ノエルとラクチェアはラゼリアに向かい出発した。

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