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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
6章
43/60

43話目:闇夜を駆ける

 ほのかな明かりが灯る部屋をひたすらに目指す。ラクチェアは木の枝によじ登り、しばし息を整えた。いやに冷えた指先で額の汗を拭う。

 会いたい、助けたい一心でここまで来たのに、いざ近くまでくると緊張で尻込みをしてしまっていた。どんな顔をして会おうかと、そんな場合ではないのについつい悩んでしまう。


「ラクチェア」

「ひぇあ!」


 突然声をかけられ、ラクチェアは驚いて木から落ちそうになる。ぎゅっと幹に抱き着き、さっきまで閉められていたはずの窓を振り向いた。

 いつの間にか解放されていた窓から身を乗り出し、手を伸ばしている青年。その顔を見た瞬間緊張や不安など吹き飛び、涙腺が決壊しそうになる。


「王子」

「ラクチェア。怪我とか、ない? 大丈夫?」

「……はい、大丈夫です」


 泣きそうになるのを笑顔でごまかし、両手を振って無事を示す。それを見てノエルは安心したように頬を緩めた。


「王子、早く行ってください。いつこっち側に人が戻ってくるかわからないんですから」


 ノエルの背後からカテリーナが顔を出し、ぐいぐいと背中を押してくる。ラクチェアと目が合うとぱちんとウインクを投げた。


「……王子。こちらに跳べますか?」

「うん」


 見えない糸に引っ張られるように、躊躇なくノエルは窓枠に足を掛けラクチェアのいる枝へと跳んだ。さほど距離はないけれど、高さはある。落下への恐怖など感じさせずにノエルはあっさりと跳んでみせたのだ。

 伸ばされたその手をラクチェアがしっかりと掴み、体を引き寄せて着地を手伝う。若干よろけはしたものの、すぐに体勢を安定させてノエルは無邪気に微笑んだ。


「ドキドキした」

「私の方がドキドキしました」


 釣られて微笑むラクチェアの頬を、ノエルの指がするりと撫でる。思わず見つめ合う二人に、カテリーナの呆れた声が水をさした。


「いちゃついてないで行ってくださいってば。もう」

「ご、ごめん。カテリーナも早く……」

「私はここに残りますよ。少しでも時間を稼ぎましょう。ほら、行った行った」


 歯を見せて笑うカテリーナは、犬でも追い払うかのようにしっしっと手を振った。


「でも……」

「大丈夫です、コーネリア様もいらっしゃいますし。……それとも、私がいなければ何も出来ませんか?」

「……ううん」

「そうそう。それでこそ私の義弟です。あなたが望む未来をつかみ取ってきてください」


 カテリーナは見守るような柔らかな笑顔から、不敵な笑みへと表情を変える。次にノエルが何か言う前に窓を閉め、カーテンを引いてしまった。


「……行こう、ラクチェア」

「はい、王子」


 カテリーナをここに置いていく事は、さぞ後ろ髪を引かれる思いだろう。それでもノエルは振り返らない。振り返る事よりも、カテリーナの気持ちに応える事を選ぶ。

 音を立てず息を殺してカミルとトビアスが待つ方へと二人は急いだ。


*****


「カミル、トビアス」


 ラクチェアが壁をのぼってきた辺りまで戻り、隠れているであろう二人の少年に小声で呼び掛ける。それが聞こえたのか、近くの部屋の窓からカミルとトビアスが外に出てきた。

 ノエルが一緒に居る事を確認して、表情を明るくする。


「連れ出してこれたんですね」

「ええ。早くここから出ましょう。カミル、上にのぼってロープを垂らして」

「了解」


 再びトビアスを踏み台にしてカミルが猿のように木をのぼっていく。上で巻き付けてあったままのロープを垂らし、ノエルがそれを掴んだのを確かめると強く引いた。


「わ、わわ」

「離さないでくださいね」


 ノエルが引きずられるように上昇していく傍ら、ラクチェアもトビアスの背を蹴り枝に乗るとその枝に両足を引っ掛けて逆さ釣りの体勢になった。

 伸ばされたラクチェアの手をトビアスが掴むと、そのまま勢い良く回され上へと持ち上げられる。枝に飛び付き、反動で落ちかけるラクチェアの体を押さえた。

 まるで昔見たサーカスのようだとノエルはのんきに感動していた。


「トビアス」

「なんスか」

「減量しろ」


 遠回しのようで直球的に重かったと言われ、トビアスは無言で視線を逸らした。

 ノエルがのぼり切った後、ロープは一旦解かれて幹を囲んで大きな輪っかに結ばれた。その輪を城壁の向こう側に投げる。次はこれを下りていかなければならない。

 先にラクチェアが城壁へ跳び、ノエルが跳ぶ手助けをする。城壁の外側に隊士が居るのを確認し、彼を最初に下ろす。少し間を空けてラクチェア、トビアス、カミルが続いた。

 無事に地面に到着し、最後に輪っかになったロープを一箇所切って手繰り寄せ、回収。侵入した証拠も残さない。


「それにしても、コーネリアが引き付けてくれたとはいえ、人が少な過ぎじゃありませんでしたか? 俺達が隠れた後も誰も来なかったんですが」

「……そうね。それは私もおかしいと……」


 ふと、先程対峙したばかりの毒舌神官の顔が浮かんだ。


「……あ」


 恐らく読まれていたのだ。昼間ノエルがセレネディアによって軟禁され、コーネリアがいなくなったと気付いた時に守護隊に伝わったのだと最初から気付いていたのだろう。

 そのあとラクチェアがどういう行動に出るかも、彼には予想がついていたのだ。


「フォルス様……」


 見張りの配置を考え指示するのは上級神官の役目だ。きっとどこから侵入するかもお見通しで、わざと東側を手薄にしていたとしか考えられない。

 フォルスは最初からラクチェアを助けてくれていたのだ。

 ラクチェアは城に向かって一礼し、改めて気を引き締める。ノエルは助け出した。けれどまだ安心は出来ない。


「隊舎に戻りましょう。王子、そこでセレネディア姫が王子を閉じ込めようとした理由を聞かせてください」


 皆が頷き、走り出す。その背中を見送る影には、誰も気が付かなかった。

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