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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
6章
41/60

41話目:作戦開始

「きゃああああ!!」


 まだ幼い少女の声と、次いでガラスが割れる音が静寂を破り城内に響き渡った。間を置かずバタバタと廊下を駆ける足音。警備にあたっていた下級神官達が現場へと騒がしく到着した。

 廊下に倒れ伏す人影に気付き、数人が駆け寄ってその体を抱き起こす。


「コーネリア姫!?」


 神官達の間に緊張が走る。恐れていた事が起きてしまったのかと、背中を嫌な汗が流れた。


「う……」


 コーネリアの瞼がぴくりと動き、ゆっくりと開けられる。


「コーネリア姫、何があったのですか」

「……あ……」


 神官の腕の中で震え、コーネリアは自分の体を抱く。余程の恐怖だったのだろうと、その場にいた誰もが息を呑んだ。


「わ、わから、ないの……。廊下に男が立っていて……急に飛び掛かって来て、私の口を塞いで……」

「それで……?」

「なんとか、手を振り払って、悲鳴をあげたら……私を突き飛ばして……ガラスを割って外に……」

「ど、どの方向へ逃げたか見ましたか!?」

「意識が朦朧としていて……確かではありませんが、あっちに……」


 弱々しく力の入らない指で、西の方角を指す。


「聞いたか! なんとしても探し出して引っ捕らえろ!」


 割れた窓から神官達が外へ飛び出し、言われた方角へ駆けていく。何人かはコーネリアの警護の為に残った。他の神官達にも協力を要請するように伝令を飛ばす。


(……狙い通りね。カミルとトビアスは大丈夫かしら)


 涙を滲ませ被害者を装いながら、コーネリアは友人達に思いを馳せた。


*****


 ガラスが割れる音がした後、空き部屋に潜んでいたカミルとトビアスは窓から飛び出し、城壁へと走った。コーネリアが倒れていた廊下とは丁度反対側の東棟に二人はいる。音に反応して警備がそちらへ向かえば、カミル達がいる辺りは手薄になると予想して。

 有り難い事に予想は的中。噂のおかげで思っていたよりも大人数が犯人を探しに行ったらしい。手薄どころか誰も見当たらなかった。


「……ま、城壁は高いし外からの侵入は難しいから油断してるのもあるんだろうな」

「後で隊長から忠告してもらおう。いくらなんでもこれじゃあな」


 城壁の外側は伝って来れないように木をすべて切り倒している。けれど内側は景観を大事にしているのかなんなのか、たくさんの巨木が植えられていた。一際城壁に近い木を、今回は利用する。

 トビアスを踏み台にし、カミルが木に飛び付く。そのまま枝から枝へ足を掛けて飛び移り、城壁のてっぺん近くまで上った。


「よっ、と」


 持っていたロープを城壁の向こう側に投げ、木の幹にぐるりと巻き付ける。しっかりと結び垂らした方をニ、三回引くと、ロープがピンと張った。


「カミル、どう?」

「ああ、今上ってくる」


 僅かに乱れた息遣いが段々近くなる。


「……ふっ!」


 気合いと共に城壁を乗り越えてきた人物。夜風に髪を靡かせ、凛と輝く瞳は闇の中でもその光を失わない。カミルは一瞬その光景に見とれた。


「……ありがとうカミル。ここから先は私が行く」

「……副長、お気をつけて」


 城壁を蹴るラクチェア。カミルが居る木に飛び移り、あっという間に枝を伝って降りていく。

 葉を揺らして地面に降り立ったラクチェアを見て、トビアスは嬉しそうに笑った。


「いってらっしゃい、副長」

「ああ、行ってくる」


 控えめに見せた笑顔は一瞬エディルと重なり、見る者を惹き付ける。

 風を切るように走っていったラクチェアは、すぐに闇に溶けて見えなくなった。


「……隊長も副長も、カッコイイよなあ」

「だからついていきたくなるんだろ」


 上から降りてきたカミルが、トビアスの独り言に返す。


「副長達が帰ってくるまで見つからないようにしないとな」

「ん。じゃあまた隠れるとしますか」


 ノエルが居る部屋の方を見上げ、二人は笑った。

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