40話目:笑う少年少女
ランプを手に門へと近付く人影。その正体を知ると、門番はびしりと背筋を伸ばした。
「守護隊のカミルです」
「同じくトビアスです」
「お勤めご苦労様です。こんな時間に何用でしょうか」
ほとんどの者が眠りについている時間。門番も欠伸を噛み殺すこの真夜中に、緊急な用事なのかと二人に問う。
カミルとトビアスはわざとらしく辺りを見回すと、門番に近付き声をひそめた。
「怪しい人物を見つけて連行したのはいいんですが、供述に気になる点が」
「気になる点……?」
「……まだ確信もないし、ここだけの話なんですが……そいつ、自分の後ろにはとある神官がついていると」
「!!」
「それで、どうやらノエル王子かコーネリア姫の命を狙おうとしていたらしく……」
そこまで言うと門番はがくがくと頷き、目尻を吊り上げ息巻いた。
「う、噂は本当だったんですね! しかも神官殿が裏で糸を引いているなんて……」
「噂?」
セレネディアがノエルとコーネリアを軟禁するのに用意した言い訳。「ラゼリアからの客人の命を狙う不審者の潜伏」は一部の人間にしか伝えていないが、人の口に蓋は出来ないもの。いつの間にか噂となって風の如く城内を駆け巡った。
その事を知らない二人は一瞬キョトンとするが、トビアスは理解したらしくすぐに話を合わせる。
「もしかして色んな人の耳に入ってます? まいったなあ、皆の不安を煽るのは避けたかったんですが」
「皆その噂を聞いてからぴりぴりしています。以前に狙撃されそうになっていますし……ユニフィスで万が一の事があったらラゼリア王が黙っていませんでしょうからね」
王子に至っては賊に捕われた事もあるけどね、とトビアスは心の中で呟く。
「しかし供述もどこまで信用出来るかわかりません。こちらだけで判断するのは躊躇われたので、フォルス様に相談を、と思いここまで来ました」
「……という事はフォルス様は違うんですね? 良かった」
毒舌眼鏡は意外にも好かれているらしい。
「わかりました、開門致します」
重い音と共に固く閉ざされていた門がゆっくりと開く。流れていた噂のおかげで思っていたよりもスムーズに事が運んだ。
人一人通れるくらいの隙間が出来た所で扉が止まる。門番に礼を言い、二人はその隙間から敷地内へと入った。
「第一関門突破。門だけに」
「うるさい。まだ俺達の仕事は終わってないぞ、気を抜くな」
真顔で冗談を言うトビアスの頭を、真顔でカミルが容赦無く殴る。やるべき事が終わるまでは慎重に行動しなければならない。本当に理解しているのか疑わしい相方を、カミルの視線が探る。
「わかってるって。……俺だって、今回の姫のやり方には腹立ててんだから」
「……ああ」
「副長と王子がお互いの事どれだけ大事にしてるかなんてさ、俺達が一番よく知ってるよ」
だからさ、とトビアスは笑う。いつものようなふざけてチャラチャラした笑い方でなく、信念を貫き通す真剣な瞳で。
「頑張ろうぜ」
「当たり前だ」
ラクチェアを想えばまだカミルの胸に刺さったままの棘が痛む。だからこそ、ラクチェアとノエルの為に動くのだ。償いにも似た決意は、今のカミルの原動力。
二人が歩く道の露払いが出来たら……。心の底からそう思っていた。
「カミル、トビアス」
城内に入ると二人を呼ぶ声が聞こえ、キョロキョロと視線を巡らせる。柱の陰から手招きをする人物を見つけ、音を立てないように駆け寄った。
「コーネリア」
「早かったのね。門を開ける音が聞こえたから慌てて降りてきたわよ」
見つからないように移動してきた為かコーネリアの顔は若干緊張で引き攣っていた。それを解すように、カミルは頭を軽く撫でる。
「何か、噂が流れてるんだって? コーネリアやノエル王子の命を狙う輩がいるとかなんとか。それに話を合わせたらすんなり入れてもらえたよ」
「あ、そうそう、そんな話をセレネディア姫がおっしゃってたわ。多分私と兄様を外に出さないようにする理由としてでっちあげたんだと思うけど……それって」
三人は顔を見合わせ、にやりと不敵に笑った。
「好都合」




