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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
5章
34/60

34話目:隊長と副長

 草を踏む音が背後から聞こえ、思わずラクチェアは飛びすさった。躊躇わず、鞘から剣を抜く。


「……ふ、お前は俺に似たな。もっとも、俺よりも過激な気はするが」

「隊長!」


 笑いながら姿を現したエディルに、ラクチェアは慌てて剣を鞘に納める。少しだけ顔を赤くして。


「隊長はどうしてここに」

「森の様子を見に。異常はなかったようだが。ラクチェアは?」

「わ、私は……眠れなくて。その……すみません、実は隊長を追いかけてきました。訓練場で少し剣を振ろうかと出てきたら背中が見えて」


 森に入った後見失い、探していたのだとラクチェアは素直に白状する。


「眠れないとお前は剣を練習するのか……」

「い、いえ、あの。うう……」


 若干呆れたようにしみじみと言われ、ラクチェアは言葉を詰まらせる。エディルへの恋心は今はもう無いとはいえ、憧れの先輩である事に変わりはない。一挙一動が緊張する。


「ああああの、どうして隊舎に来ないんですか?」

「言ってなかったか。死刑は免れたがまったくのお咎め無しというわけにはいかないからな、死なない程度の罰を受けてきた」

「え!?」


 よくよく見れば、服の袖や裾から見える肌に青い痣が残されていた。見えない箇所はもっと酷いのだろう。

 エディルは顔色も変えずさらりと言ってみせたが、痛くないはずがない。けれど彼自身が罰を受け入れている以上、ラクチェアには口出しなど出来ず。


「それに、皆の前に顔を出しづらい。……先日一度隊舎に出向いたが、誰ひとり俺を見なかった。当然だな。自業自得だ」

「隊長……」

「国を、守護隊を捨てた身だ。変わらぬ関係や態度を求める事はあまりに無神経だろう。俺はそれだけの事をした」


 淡々とした口調。いつも無愛想で、笑う事も少なくて、部下に対しても素っ気なくて……けれどエディルが守護隊という仲間達を大切に思っていた事をラクチェアは知っている。


「皆、怒ってるんです」

「だろうな」

「何の相談も無しに勝手にいなくなってしまうなんて、寂しいじゃないですか」


 隊士達も、同じようにエディルを大切に思っていた。ひとりひとりに確認したわけではないが、恐らく今でも。


「皆、寂しかったんです。何も言ってもらえなかった事が。私達はそんなに頼りないのかって、私達は隊長に信頼してもらえていなかったのかって。だから怒ってるんです」


 彼等の気持ちだけは正しく理解してもらいたい。ラクチェアはエディルに向き合い叫ぶ。

 エディルの表情は動かないが、瞳が僅かに揺れていた。


「……だから! えっと、もういっそ皆に怒鳴られてください。詰られてください。……心配かけてすまなかったって……謝ってください」


 自分の鈍さもエディル譲りかと思わずにはいられない。隊士達が怒っている理由すらわからないなんて。

 軽蔑したのではない。見限ったのではない。今も敬愛しているから、打ち明けてくれなかった事を許せずにいるのだ。


「……お前は少し変わったな」

「そうですか? ……よくわかりません」

「だろうな。……明日は隊舎に行こう。いつまでも隊長が不在というわけにもいかないしな」


 作り慣れていないぎこちない笑顔。その顔を見ても以前のように胸が弾む事はない。ただ温かい気持ちが広がっていくだけ。


「待っています。私だけじゃ大変ですよ。皆好き勝手に動くし文句は多いし……隊長から喝を入れてもらわないと」


 胸の前で両の拳を握りしめ、明るく笑う。これで本当に日常が戻ってきたのだと思うと、頬を緩ませずにはいられなかった。

 はしゃぐラクチェアを、エディルの瞳がじっと見つめる。


「……隊長?」

「お前と居ると安心する」

「え? それは光栄……隊長!?」


 少し乱暴に肩を掴まれ、引っ張られる。驚いて一瞬頭が真っ白になり、気付いた時にはエディルの服が頬に当たっていた。

 背中で交差され、両肩を抱く腕。あまりに唐突で現実とは思えない行為。けれど体中に伝わる体温は決して夢うつつのものではない。


「たい、ちょう……?」


 ラクチェアが戸惑い気味に呟いた瞬間、ほんの少し体を離される。

 近付いてくるエディルの顔。その意味がわからない程、ラクチェアの鈍さも度は過ぎていない。


「お前の大切さに気付いたんだ」


 月の魔力に操られたかのように、エディルの口から漏れた言葉は熱を帯びていた。

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