32話目:来訪者は告げる
訓練場で剣を振るう隊士達。その中にエディルの姿は無い。
ひとりひとりの構えや踏み込みを見ながらラクチェアは小さく溜め息をついた。ここ数日、エディルは姿を現さない。またいつもの日常に戻れると思っていただけに、落胆の色は深い。
(王子にも、なんでか会えないし)
毎日のように隊舎に来ていたノエルもぱったりと来なくなり、先日ラクチェアの方から城に出向いたのだが門を通してももらえなかった。理由を聞いても曖昧にごまかされるばかりで要領を得ない。
ラクチェアの知らない所で何かが起こっている。その予感は当たっていたのだと、やがて知る事になる。
*****
「副長、フォルス様がお見えですよ」
隊士のひとりに呼ばれ、ラクチェアは剣を鞘に納めると入り口の方へ向かった。
「フォルス様。何かご用ですか?」
「用があるから来ているんですよ。馬鹿ですか貴方」
眼鏡を押し上げ、蔑んだ目でラクチェアを見るフォルス。
「フォルス様って、絶対私の事嫌いですよね」
「まあそれは置いておきましょう」
「置くんですか。歩み寄る気は一切無しですか」
「歩み寄るどころか……私はこれから貴方の敵になりますからね」
「はい?」
ふと、先程までの顔とは打って変わって真剣な表情をしている事に気付いた。もうラクチェアを蔑みの目で見てはいない。視線から感じ取れる感情はどこか申し訳なさそうなものだった。
「セレネディア姫はノエル王子との結婚を望まれています」
「な……っ!? 何、を……だって、だって姫は結婚がお嫌で姿を消したのでは……」
足元が揺れ、ラクチェアの体がふらつく。
「心変わりされたようですよ。……どのような経緯があったかは知りませんけどね。東の領地を取引の材料として王子に結婚を持ち掛けています。これがラゼリア王の耳に入れば、恐らくは承諾するものと」
ノエルに会えない理由がようやく理解出来た。セレネディアはノエルとラクチェアの事を知っているのだ。自分の望みを果たす為に、ラクチェアを遠ざけようとしている。
「隊長、は? 姫は隊長の事……」
「名前すら口にはしませんよ」
「そんな……」
俯くラクチェアの肩を、フォルスがぽんと叩く。
「……私達神官は王族に絶対の忠誠を誓った人間です。貴方の味方は出来ません。出来ませんが……」
言葉を止め、眉間にシワを寄せる。
そもそも、セレネディアの目的をラクチェアに教える必要などないのに、フォルスはわざわざ自ら足を運び伝えに来た。知らないままだったなら、同じく知らないままに二人は結婚していただろう。
「フォルス様」
「……頑張って」
聞こえるか聞こえないかの小さな声は、確かにラクチェアの耳に届いた。
くるりと背を向け去っていくフォルスの背に、ゆっくりと一礼する。
(せっかく、気持ちを伝えようって決めたばかりだったのになあ)
宵星祭の日、あの夜繋いだノエルの手の温もりは、今もまだラクチェアの心に残っている。けれどこのままではそれもいずれ消える。
(ううん、まだ諦めない)
まだ何もしていない。何もしない内から諦める事はもうやめた。きっとノエルもそう思っていると信じて。
ラクチェアの心に、静かに炎が灯る。
「……ふん」
木の陰に、溶けるように佇んでいたひとりの男。ゲレオンは顎の無精髭を撫でながら天を仰いだ。
「どいつもこいつも。……阿呆め」




