27話目:宵星祭
祭が始まる合図。時計塔の鐘がその身を鳴らす。大通りも広場も人で溢れ返り、熱気に包まれた。
「わ、凄いね。はぐれたら大変そう……」
そう言って繋いだ手に力を入れたノエルに、ラクチェアは頬を染めるだけ。指先から伝わる体温が心臓を打ち震わせる。
「行きたい所、ある?」
「え、ええっと……」
「あ、来て来て」
何かを見つけてそちらに歩き出すノエル。手を引かれてラクチェアも後をついていく。
立ち止まった先に見えたのは細かな細工を施した装飾品の数々。豪奢過ぎず、細工精巧さが引き立つような品ばかりが台の上に並べられていた。
「あらラクチェア様。こちらの殿方は恋人?」
「ち……っ、ちがっ! 違います!」
店番をしていた壮年の女性から言われ、ラクチェアは慌てて首を横に振る。隣でノエルが少しばかり傷付いた表情をしていたが、ラクチェアは気付かない。
「うふふ。ドレスお似合いですよ。……こちらと合わせてみたらいかがかしら?」
並べてある品の中からひとつを手に取り、女性はノエルへ手渡す。それは薔薇の花をモチーフにした髪飾りだった。
ラクチェアの髪にそっと当て、ノエルはこくんと頷く。
「うん。可愛い。これをいただこうかな」
「ありがとうございます」
「えっ、だっ、駄目です。そんな、私が払います」
「それこそ駄目だよ。……動かないで」
笑いながら、髪飾りをラクチェアの髪に着ける。少し手間取っているような動きは、慣れていない証拠。それが嬉しくて鼓動を早めてしまう程、ラクチェアは祭の雰囲気に気分を浮足立たせていた。
「出来た。可愛い」
「あ……ありがとうございます」
初々しい二人のやり取りに、店番の女性は思わず口元を手で覆った。
*****
大通りを抜け広場に出ると、中央に設置されたステージで踊り子達が舞を披露しているのが見えた。手にした鈴を鳴らし、音楽に合わせてステップを踏む。どこか幻想的なその姿に、ラクチェアはため息を漏らした。
「凄い……。綺麗ですね」
「うん。でも僕、剣を振るうラクチェアも綺麗だと思うよ」
唐突な言葉に、ラクチェアは目を丸くしてノエルを見上げる。
「君が剣を持って戦う姿は、舞みたいで綺麗だなって」
さらりと言い、視線をステージに戻す。言い逃げのような形をとられたラクチェアは、口をぱくぱくと開閉し、俯いて拳を握りしめた。
(……! う、うああああ、何それ。何よそれ……!)
「……いつも、僕は君から目が離せない」
ぎゅ、と繋いだ手を強く握られる。
「あ、ああああの、王子」
「あ、曲変わった。皆で踊るみたいだよ。僕達も混ざろう?」
楽しそうに笑ってステージを指差すノエルに、ラクチェアはどこかがっかりした気分を味わう。そんな自分が恥ずかしくて、壊れた人形みたいにガクガクと首を振った。
ステージを囲んで好き勝手に踊る人々。その輪の中に入り、ラクチェアとノエルも曲に合わせて体を動かす。
「楽しい? ラクチェア」
「……王子は?」
「楽しいよ。君と一緒なら」
(……私も)
思うだけなら許してほしいと、誰にともなく請う。今日ぐらいは、今夜だけは、お祭りなのだから。
手を繋いで、見つめ合って、笑って……普通の恋人みたいに過ごしても、お祭りの雰囲気に呑まれただけだと言い訳が出来る。そう考えて、ラクチェアは愕然とした。
(私、また言い訳しようと考えてた……? 誰に? 自分に? 王子に……?)
動きを止めてしまったラクチェアを、心配そうにノエルが窺う。
「ラクチェア? どうしたの?」
(いつから? いつから私はこんなに弱くなったの? 情けない。恥ずかしい!)
ノエルの前に立つ事すら恥ずかしくなり、ラクチェアは弾けるように走り出した。どこでもいい、ノエルの視界から消えたいと。
「え!? ら、ラクチェア!?」
驚き戸惑うノエルの声を背中に受け、ラクチェアは明かりの少ない方へと全力で走り去っていった。




