26話目:二人の作戦
「私にヤキモチを焼くラクチェアさん……可愛かったです」
茶菓子を頬張りながら、さらりとカテリーナがそんな事を言った。
「な! な、何を言ってるんですか!」
「あはは。ね、もしもラクチェアさんが王子と結婚したら私達義姉妹ですね」
「し、しませんから……!」
熱が上がっていく顔をカテリーナから背け、ごまかすようにラクチェアはカップに口をつける。
「素敵なお姉様が二人も出来るなんて……私幸せです」
うっとりと頬に手を当て吐息を漏らしたのはコーネリア。今日は彼女の誘いで女性だけのお茶会を開いている。
コーネリアの部屋は甘い香りがして、女の子だなあとラクチェアは感心していた。
「私は違いますよ、コーネリア様」
やんわりと、しかしはっきりと否定する。
「うふふ、そんな奥手なお姉様の為に、私とカテリーナで作戦を練ったんですよ」
胸の前で両手を合わせ、楽しそうに弾んだ声で笑う少女。その愛らしさに一瞬ぼうっとするが、その小さな唇から紡がれた言葉を頭の中で反芻し、ラクチェアは固まった。
「……作戦?」
「ええ。なんでも明日は宵星祭があるとか」
「そう、ですね」
椅子から立ち上がりテーブルに身を乗り出してコーネリアはラクチェアの手を握る。横ではカテリーナがまるで他人事のように黙々と菓子を咀嚼していた。
「私達に任せてくださいね!」
目を生き生きと輝かせ張り切る姫君を目の前に、ラクチェアは笑顔を引き攣らせながらも頷く事しか出来なかった。
*****
ユニフィスの宵星祭は、日が沈むと同時に幕を開ける。大通りには出店が並び、広場では様々な催し事が披露される。
祭の最後には街の明かりがすべて消され、残るのは広場に立てられた星灯台の僅かな灯だけ。そして星に祈り、宴は幕を降ろす。
若者達の間では恋人同士で手を繋ぎ祈ると永遠の愛を得られるだとか、明かりが消え祈り始める前の僅かな間に愛を告げれば想いが実るだとか、お決まりのように迷信が流行っていた。
(皆、そういうの好きよね)
日が暮れ、賑わい始めた大通りの端をこそこそと歩きながらラクチェアは浮足立つ若者達を横目で見る。はしゃぐ女性、どこか緊張した男性、寄り添い合う二人……。
ラクチェアは羨ましい気持ちで彼等を見つめた。
(いいなあ。楽しそう)
ついつい目を奪われ、よそ見歩きをしていた結果、通りの角から出て来た人物に頭からぶつかった。
「きゃ……!」
突然の事で反応が遅れ、ラクチェアの体はバランスを崩し後ろへと傾く。けれど転倒する事はなかった。左の手首を掴まれ、腰に回された腕がラクチェアをぐんと引き寄せる。突っ掛かりながらも、なんとか目の前の人物のおかげで体勢を戻す事が出来た。
お礼を言おうと顔を上げた所で、ラクチェアは頬を染めて固まる。それは相手も同じようだった。
「お、王子……?」
「ラクチェア……?」
申し訳程度に眼鏡で変装したノエルが、驚いたように目を見開く。
「王子、どうしてここに……」
「祭があると聞いたから……他国の文化を学ぶのも必要だし……。て、ていうか、ね? その、ラクチェア」
そわそわした様子で視線を向けたり外したりと落ち着かないノエル。彼の次の言葉を待ってドキドキと胸を高鳴らせるラクチェア。
それは今さっき眺めてきた、恋を楽しむ若者達となんら変わらない二人。
「綺麗。似合ってる」
コーネリアとカテリーナに着付けてもらった、ワンピース型の清楚なドレス。胸元にあしらったリボンと、裾には控えめなフリル。
髪もひとつにまとめ、高い位置に結い上げてある。耳には青い石のイヤリング。首から下げてあるネックレスにも同じ石がついていた。
「お……おかしく、ないです、か? こういう格好は、慣れなくて」
「全然。……ちょっと困ってしまうくらい」
「困っ……?」
首を傾げたラクチェアに、ノエルはそっと手を伸ばす。
「攫いたくなる」
ラクチェアの顔が一瞬にして真っ赤に茹で上がる。何も言葉を返せなくなる程、頭の中が麻痺していた。ただ、目の前に差し延べられた手が何かを待っているという事はわかる。
それに応える為に、ラクチェアは自分の手をぎくしゃくと持ち上げ、ゆっくりノエルの手の平の上に置いた。ノエルは嬉しそうに笑う。
コーネリアとカテリーナの作戦は、見事に成功を収めた。




