24話目:深夜の対談
別れ際にマティアスが囁いた言葉。その通りに、深夜彼からの使いがラクチェアの部屋を訪ねてきた。
「マティアス様の元へお越しください」
ラクチェアは唇を引き結び、言われるがままにマティアスの所へと出掛けていった。
使いの男の後を歩きながら、気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
『話をしたい。後で使いの者を寄越すから』
マティアスからの話とは何か。十中八九ノエルとの事だろうと予測はつく。コーネリアも知っていたくらいだ。マティアスも聞いているのかもしれない。
だとすればどんな事を言われるのだろう。ノエルには相応しくない、身を引け、弁えろ……考えれば考える程怖くなってラクチェアは自分の体を抱く。
(当然よね……。でも、マティアス様が反対なされば王子も諦めてくれるかも)
どうせ叶わぬ恋ならば。そう思わずにはいられなかった。
考え事を巡らせている内に、城の門前に辿り着く。使いの男が門番に話し掛け、門を開かせた。廊下を進み、中庭の方へと歩いていく。
「マティアス様、お連れしました」
月明かりの下、風に揺れる木々の葉を見つめていたマティアスが振り返る。昼間と同じ、穏やかな笑顔で。
「ありがとう。戻っていい」
「マティアス様も、夜更かしはほどほどに」
「はいはい」
使いの男がその場を去り、中庭にはマティアスとラクチェアだけになった。夜の静寂に自分の心臓の音だけが響いているような感覚。ラクチェアは息を止める。
「ああ、あまり緊張しないで。大丈夫、私は怖くないよ」
「う、はい……。その、お話とは……」
気を抜けば座り込んでしまいそうなくらい緊張しながら、ラクチェアは上目づかいでマティアスを見る。
「うん。察しはついてると思うけど、ノエルの事で」
(やっぱり)
「最初にお礼を言わなければね。ありがとう」
(え?)
予想外の言葉にラクチェアの目が見開かれる。慈愛に満ちた表情のマティアスがそこには居た。
「あの子が君を想っている事は知ってる。……君を好きになってからだよ、ノエルが変わったのは」
「変わった……?」
「優しくて純粋なのは良い事だと思う。けれどあの子は優し過ぎた。それがいずれノエル自身を傷付ける事になるんじゃないかと……ずっと心配だった」
困ったように笑うマティアスの顔が一瞬ノエルに見えて、ラクチェアはどきりとした。
「でも君と一緒に時間を過ごす内に……あの子は私の知らない所で強くなっていた。他人を傷付けるのが嫌だと剣を習うのも拒んでいたのに、いきなり稽古をつけてほしいと……あの時の騎士達の驚きといったら」
「そう、だったんですか……」
「誰かを傷付ける為でなく、君を守る為に剣を覚えようとしたんだよ。たいした変化だ」
もしも本当に、自分と関わる事でノエルが強くなれたのだとしたら、ラクチェアにはもうそれで十分だ。これ以上の高望みは身の程知らずというものだろう。
「ラクチェア。君はノエルの事をどう思う? 好きかい?」
「……えっ。ええっ!?」
突然そんな事を聞かれ、ラクチェアは大きな声を出してしまう。面と向かって言われるとは思ってもいなかった為、不意打ちを喰らった事で顔が一気に赤く染まった。
「ああ、君がどう答えようとノエルに言うつもりはないよ。私が聞いておきたいだけなんだ。ラゼリアの第一王子の名にかけて、他言しないと誓おう」
マティアスの目は真剣そのもの。嘘やごまかしは通用しない、そう感じた。
ラクチェアはたっぷり時間をかけて答えを躊躇った後、観念したように小さく呟いた。
「好き、です」
「そうか。……ありがとう」
それ以上は何も言われなかった。冷たい風がラクチェアの頬を掠め、熱を奪い去っていく。
「本当はね、セレネディア姫と見合いをするのは私のはずだったんだ」
「え? そうなんですか? でも……」
「……そう。私はカテリーナを選んだ。だからそのしわ寄せがノエルに行ってしまった。ノエルは……構わないと言ってくれたけれど」
ノエルの優しさに甘えた事が心苦しく、後ろめたかったに違いない。ノエルを愛しているからこそ、余計に。
「だからというわけではないけれど……いや、やっぱり私は狡いのかな。ノエルに幸せになってもらいたいと思っているんだ」
「マティアス様……」
「それは身分の釣り合う女性との結婚じゃない。あの子が本当に愛している人と想いを結ぶ事だと、私は思ってる」
その言葉が、ラクチェアの胸の内を突風のように吹き抜けた。幸せの定義とはなんだろう?
目の前に立つマティアスも王族の立場だというのに、身分など関係ないと言う。
「もしも君がノエルと共に歩んでくれるというのなら。……私とコーネリアは二人の味方だよ」
ノエルの幸せは、一体どこにあるのだろう?




