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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
4章
23/60

23話目:大きな嵐

「お初にお目にかかります、マティアス王子。神官のフォルスと申します」


 ラゼリアの世継ぎが直々に訪問したとなれば、正式な挨拶の場を設けなければいけない。そうフォルスに言われ、ラクチェアはノエルを通してマティアスを城の大広間へ案内した。

 上級神官がずらりと並び、代表としてフォルスが頭を垂れる。


「ラゼリア国第一王子のマティアスです。今回は個人的な用事の為に訪れただけなので、私へのお気遣いは結構ですよ」


 笑顔でフォルスの肩に手を置くマティアス。無邪気に笑うノエルやコーネリアと違い、大人びて見る者を安心させるような微笑みだ。

 少し離れた所からやり取りを眺めていたラクチェアは、隣に立つノエルに躊躇いながらも声をかけた。


「あ、あの、マティアス様はどんなご用事で……?」

「僕には言ってくれないんだよね。カテリーナは聞いたみたいなんだけど……ねえ、そういえば何で」

「あああ挨拶終わったみたいですよ!」


 訓練場でノエルから逃げ出した事についてか、カテリーナと一緒に居た事についてか、どちらにせよ尋ねられても上手く答えられる自信がなかった。

 神官達に背を向けこちらへ歩いてくるマティアスに気付き、慌てて話を逸らす。


「お待たせ。まずはお前のお気に入りだっていう薔薇園を見せてもらおうかな」


 マティアスはノエルの頭を撫で、優しい目をして弟の顔を覗き込む。子供のような扱いにノエルは少し唇を尖らせるが、すぐに笑い返した。


「僕が案内するのはおかしいよ。ラクチェア、お願いしてもいい?」

「え、えっ? わ、私がですか?」


 いきなり案内役をお願いされ、ラクチェアは思わず後ずさる。


「私からもお願いするよ。ラクチェアさん」


 マティアスからもそう言われ、緊張に体を強張らせながらもぎくしゃくと頷いた。自分の粗相がもとで国際問題にでもなったら……そんな不安が頭の中を渦巻いていたけれど。


「か……かしこまりました。で、でも、マティアス様。私の事は呼び捨てで構いませんから……」


 王子にさん付けで呼ばれるなど恐れ多い。ぼそぼそと呟くラクチェアに、マティアスは笑って手を挙げた。


「わかった。ではよろしく頼むよ、ラクチェア」

「は、はい!」


 薔薇園に始まり、中庭や城の屋上にも足を運び、そのうち城下街も見たいと言われ、ラクチェアは次々に案内していく。

 マティアスは想像していたよりもずっと親しみやすく、最初の頃に抱いていた緊張感も次第に解れていった。そういう所は兄妹共通しているのかと、ラクチェアはひとり納得する。


「兄上、まさか観光の為に来たのでは……」


 若干疑わしげに視線を向けるノエルに、マティアスはあっけらかんと笑ってみせる。


「バレたか」

「兄上!?」

「冗談だよ。そうじゃなかったけれど……この国は素敵だね。楽しくなる」


 出店で買った焼き菓子を頬張り、満足そうに目を細める。建前でなく本音なのだという事が、ラクチェアにもわかった。

 自らの国が褒められるのは嬉しいもの。ラクチェアは誇らしく思い、心が弾むのを感じた。


「ほら、そろそろ帰ろう。日も暮れるし、コーネリアだって城で待ってるよ」

「そうだね。……もう少し遊びたかったけど」

「あ、に、う、え!」

「だから冗談だって」


 からかわれて頬を膨らませるノエル。宥めるように頭を撫でるマティアス。そんな兄弟のやり取りを、微笑ましい気持ちでラクチェアは見つめていた。

 日が沈む前には城に到着し、二人は揃ってラクチェアに礼を言った。


「ありがとう、ラクチェア。兄上の我が儘に付き合ってくれて」

「視察だよ、視察。ありがとう。凄く楽しい時間を過ごせたよ」

「いえ、お役に立てて良かったです」


 そうして二人と別れ来た道を戻ろうとした時、ふいに腕を掴まれた。驚いて振り返るとマティアスが人差し指を唇に当て、静かにと無言で語りかける。

 ノエルは背を向けていてこちらには気付いていない。何事かとびくびくしながら待っていると、マティアスは早口でラクチェアの耳に囁きを残していった。


「……え?」

「じゃあね」


 軽やかに身を翻し、ノエルの元へ駆けていくマティアス。その後ろ姿を見つめながら、ラクチェアは先程の囁きに首を傾げた。

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