20話目:未だ不明
「以上です。報告終わります」
「ご苦労様。ところで、コーネリア姫はどうされています?」
ラクチェアから渡された報告書に目を通しながら、先日やって来たお転婆姫君の様子をフォルスは尋ねる。コーネリアはお供を撒き勝手に歩き回っていたらしく、あのあとノエルに怒られていた。それでも滞在を粘ったようで、付き人をひとりいつでもどこでも付けている条件で滞在を許可された。
「カミルやトビアスと仲良くなったみたいで……今朝も早くから隊舎にいらっしゃってました」
「貴方にも懐いていると聞きましたが」
「ええ……まあ……」
ラクチェアを「お姉様」と呼び、事あるごとに聞きたがるのはノエルとの進展具合ばかり。好意を抱いてくれるのは素直に嬉しいが、困ってしまうのもまた事実だった。
「……そういえば、セレネディア様にもお会いしたいとおっしゃられて……。体調が優れないとは言いましたが」
「やはりそうきましたか。コーネリア姫だけの話ではないのですがね」
「そうですね。……町の人にも時々聞かれます」
王が亡くなり唯一王家の血を引く身となったセレネディア。国民達が信じ慕う国の象徴。その彼女が国民を捨て禁断の恋に身を投じたとなれば、国は混乱に陥るだろう。
「まだ見つからないんです……よね」
「エディルは頭の良い男ですからね」
眉間にシワを寄せ、溜め息をつくフォルス。少し痩せたように見える。
「あの、フォルス様……」
何か自分に出来る事はないか。そう言いかけたのをフォルスは右手を上げて止め、苦笑した。
「貴方には無理です」
「んなっ! や、ややややってみなきゃわからないじゃないですか!」
「無理無理。貴方は剣振り回して暴れているのがお似合いですよ」
「危険人物みたいに言わないでください!」
真面目に手伝おうとした事が馬鹿らしく思えてきて、ラクチェアはふて腐れて扉の方にドスドスと歩いていく。彼女が足を床に下ろす度、地面が揺れる。
「ラクチェア」
「なんですかっ!?」
「貴方にはもう散々助けてもらいましたから」
いつもと違う、優しい声。嫌味を含まないその声音に、ラクチェアは拍子抜けして言葉をなくしてしまう。
「姫を演じてくれた。それだけで十分です」
「で、でもそれは……結局失敗してしまって……」
ラクチェアは最後まで演じ切る事が出来なかった。ノエルが優しかったのは運が良かったからで、相手がもっと厳格な人間だったら事態は最悪の方向へ向かっていただろう。
偶然に助けられただけに過ぎない。
「いいえ、それでも。たまには素直に感謝の気持ちを受け取ったらどうですか。私だって珍しく素直に感謝しているのに」
「……なんか、素直に喜べないです」
お互いに少し笑って、フォルスは書類に視線を落とし、ラクチェアは扉に手を掛ける。
「失礼しました」
一礼して扉を閉めると、頭上から思いがけない声が降ってきた。
「なるほどな。それでエディルがいなかったわけか」
「ゲレオン!?」
いつからそこにいたのか、壁に背を預けたゲレオンが顎を撫でながらラクチェアを見ていた。
「き、聞こえて、た?」
「内緒話はもう少し小声でするべきだな」
「……っ、何でここにいるのよ……」
「神官殿に呼ばれていてな」
どこから聞かれていたのだろうか。見つめる男の瞳に、ラクチェアはどう映っているのだろう。
「……ごめんなさい、嘘をついて」
「何を謝る。重要な事を他人にべらべら喋る方が信用ならん。お前の判断は正しい」
エディルは遠方に行っていると、そう嘘をついた事を責められるかと思っていたラクチェアはキョトンと目を丸くした。
「民にも隠しているわけか」
「セレネディア様は元々あまり人前にはお出になられなかったから……知っているのは神官様と一部の女官、守護隊とノエル王子だけよ」
「……エディルめ」
常に淡々としているゲレオンが、珍しく感情を表に出す。怒っているような、呆れているような、そんな表情をしていた。
(やっぱり隊長の事になると……。仲が良かったのかしら)
ゲレオンとエディルにどんな繋がりがあったのか、ラクチェアにはわからない。けれどゲレオンがエディルを少なからず好意的に見ているのはわかる。そうでなければ、気にかけたりはしないだろう。
「副長殿。そういえばラゼリアの王子が探していたようだったが」
「うっ! そ、そう……わかったわ、ありがとう」
くるりと体を反転させ、長い廊下を歩いていくラクチェア。ぎこちないその背中を見送り、ゲレオンは重い溜め息を吐いた。
「……阿呆め。繰り返す事もなかろうに」
呟いた言葉は誰の耳にも届かず、宙に消えた。
もう一度溜め息をつき、扉を手の甲で二回叩く。「どうぞ」という声に促され、ゲレオンは扉を開け部屋の中へと入っていった。




