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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
4章
19/60

19話目:小さな嵐

 一歩外に出て乱される髪を無造作に押さえ付けながら、今日は少し風が強いなとカミルは空を見上げた。


「カミルとトビアスは大通りを回ってくれ」

「了解しました」


 班長に指示され、二人は巡回へと向かう。短い林道を抜けると、見慣れた町並みが見えてくる。

 異常がないか確認しながら、困っている者がいれば話を聞き、必要であれば手を貸す。それが国全体を守る守護隊の務め。


「今日も平和だねえ」

「トビアスの頭と一緒だな」

「うーんカミルくんてば口が悪いぞ」

「やめろ触んな気持ち悪い」


 同期である二人は仲が良い。良き友、良きライバル。遠慮の無いやり取りも親しい間柄ならでは……のはず。

 そんな風に言葉を交わし合いながら大通りを歩いていると、前方で何やらおろおろと右往左往している少女が目に入った。歳はカミル達と同じくらいだろうか。


「どうしたんだろ」

「さあ。……見かけない顔だな。旅行者か? 道にでも迷ったのかもしれない」


 小走りで少女に駆け寄り声を掛けると、少女は泣きそうな顔をして振り返った。


「あ、あの……リボン……」

「リボン?」


 よく見れば二つに結った少女の髪の片方にしかリボンが着いていない。


「緩くなってたから結び直そうと思って解いたら……風に飛ばされてしまって」


 肩を落とす少女。恐らく見失ってしまい、探していたのだろう。スカートの裾が少し汚れていた。


「ね、あれじゃない?」


 トビアスが唐突にそう言って近くに植えてあった木を指差した。生い茂る葉の中に隠れるように、今少女が着けているリボンと同じ色のリボンが枝に引っ掛かっていた。


「あ、あれ! あれです! ……あんな高い所に……」


 またも肩を落とす少女に、カミルとトビアスは笑って語りかける。


「大丈夫だ」

「見てて」


 トビアスが少し背中を丸めるように屈み、木の幹に手を付く。その肩に足を掛け、カミルが一気に跳び上がった。そのまま太い枝にしがみつき軽々と一回転して体を持ち上げる。

 目の前にはピンクのリボン。枝に引っ掛けて破らないように慎重に取ると、躊躇う事なく地面へと飛び降りた。


「ほら」


 一連の動作を見て目を丸くしていた少女は、差し出されたリボンを見て我に還る。安心した笑顔を見せ、リボンを胸に抱いた。


「ありがとう! お兄様からいただいた大切なリボンだったの……」

「どういたしまして。じゃあ、俺達はこれで」


 服の汚れを払いその場を去ろうとするカミルとトビアス。その袖を慌てて少女が引っ張り引き止める。


「ま、待って! あの、もうひとつ頼み事があるの!」

「頼み事?」


 見上げる少女と目が合い、カミルはふと既視感に襲われた。見た事があるような、ないような。


「守護隊の隊舎はどこにあるのかしら? 私、そこへ行きたいの」

「隊舎? 何でまた」

「人捜しをしているの」

「だったら俺達が捜してあげるよ。何ていう人?」


 トビアスがそう提案すると、少女は慌てたように首を左右に振った。


「ち、違うの。捜している人は隊舎にいるの」


 その言葉にようやく合点がいったカミルとトビアスは、なるほどと頷いた。二人で顔を見合わせた後同時に少女に向き直り、同じタイミングで口を開く。


「じゃあ一緒に行こう。その方が早いから」


 台詞まで一致した二人に、少女はぱちぱちとまばたきをして笑い出す。


「ありがとう。信用していいのよね? 私はコーネリア」

「カミル」

「トビアスだよ。信用してもらって大丈夫。俺達守護隊だから」


 愛らしく笑うコーネリアにトビアスはウインクをしてみせる。その軽い行動はちょっと信用出来ないよなあと思い、カミルは肩を竦めた。


*****


 印象としては、いいトコのお嬢様。纏う雰囲気とでも言えばいいだろうか。ちょっとした仕草や言葉遣いの端々に、育ちの良さを感じる。

 後ろからついてくるコーネリアを時々振り返り、カミルはこっそりと観察する。お嬢様には厳しいだろう坂道を、意外にも彼女は元気に上り切った。少し息は上がっているようだが、弱音を吐く様子は無い。


「ほら、あそこが隊舎だよ」


 目指す建物が視界に入った事で、コーネリアは更に元気になる。


「……疲れないか?」

「疲れたわ! でもまだまだ平気。こんな風に外を歩けるのは久しぶりだから、楽しいの」


 嬉しそうに笑うその顔に、またカミルの脳を既視感がノックする。


(なんだっけ……?)


 あと少しの所で思い出せないまま、三人は守護隊の隊舎に到着した。中には当番班がいるだけ。思い返せば捜し人の名前も聞いていない事に気付き、カミルはコーネリアを振り返った。


「そういえば誰に会いに来たんだ?」

「ええと……ラクチェアさんとおっしゃる方よ」

「副長?」


 その時ちょうどラクチェアが訓練場の方から歩いてくるのが見えた。今日も見学していたのか、ノエルも一緒にいる。

 いつも通りのノエルと、少しぎくしゃくした様子のラクチェア。その光景に、カミルの胸がちくりと痛む。


「副長……」

「ノエル兄様!」


 ラクチェアに声を掛けようとしたカミルの脇を、コーネリアが駆け抜けていった。


(……ノエル、兄様……って……)

「うっそ……王子の妹? て事は姫? お姫様?」


 隣で呆然とするトビアス。カミルも同じ気持ちだ。まさか一国の姫君が余所の国をひとりで歩いていたなんて。

 駆け寄ってくるコーネリアの姿にノエルも目を見開く。両手を広げて飛び付く妹を抱き止めながら、言葉にならない声が漏れた。


「コ……っ、なん……」

「お、王子の妹さん……ですか?」

「はい! コーネリアと申します」


 既視感の謎が解けた。柔らかなハニーブロンドとチェリークォーツの瞳。ノエルによく似た笑い方。すぐに気付かない方がおかしかったのだ。


「ななな、何でここにいるの? コーネリア」


 妹の肩を掴み顔を覗き込むノエル。


「ノエル兄様の好きな方にお会いしたくて」


 無邪気な笑顔でコーネリアはきっぱりと言い切る。その言葉に目の前の二人が赤面しようとあわてふためこうと一切気にしていない。

 ラクチェアの方へトコトコと歩み寄り、じぃっと見つめる。


「あ、あの……」


 対応に困るラクチェアの手を、おもむろにコーネリアは握りしめた。


「お姉様とお呼びしてもよろしいかしら!」


 ラクチェアの唇から言葉すら消えた。突然無茶な事を言い出すのはやはり兄妹だからだろうか。

 そんな光景を横で見ながら、カミルは小さく溜め息をついた。隣にいたトビアスがそれに気付く。


「きつい?」

「別に」


 自分で蒔いた種だ。今更ラクチェアとノエルの事をどうこう言う資格はない。まして嫉妬する事も、カミルには許されない。


「カミル! トビアス!」

「うわあ!!」


 急に眼前に現れた少女の姿に、思わず叫び後ずさる。


「ここまで連れてきてくれてありがとう。あなたたちのおかげでお姉様にお会いできたわ」


 ぎゅっとコーネリアの細い指がカミルの手を包む。あたたかく柔らかいその感触に、カミルの心臓が強く跳ねた。


「べ……っ、別に、仕事ですから! コーネリア姫が特別とかそんなんじゃなくてただ困ってたから助けるのは当然というかそんな事でお礼なんて言わないでください!」

「あ、敬語」

「は、はい?」


 何が気に障ったのか、コーネリアは頬を膨らませる。トビアスに助けを求めようと振り返れば、顔を背け口に手を当て肩を震わせる友人の姿。

 動揺するカミルの様子にウケていた。


(この野郎)

「何で敬語なの? 嫌よ、さっきまで普通に話してくれていたじゃない」


 詰め寄るコーネリアから逃げるように、一歩また一歩と後退する。


「いや、だって王子の妹なら姫様で……」

「友達がいいわ」

「は?」


 にこりと笑ってコーネリアは手を差し出す。


「あなたたちとは友達がいい。友達になりたいの」


 変わったお姫様だと、カミルは息を呑む。差し出された手は小さくて、普通の女の子と同じ手だった。

 コーネリアの肩越しに見えたノエルは微笑みながら見つめている。身分を気にしない所も、兄譲りなのだろう。

 恐る恐る手を握り返すと、コーネリアは嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。


「トビアスも!」

「え、あー……じゃあ、よろしく」


 照れたように鼻の頭を掻いて、トビアスもコーネリアと握手を交わした。


(なんか、嵐みたいだな、コーネリア)


 先程まで痛んでいた胸は、強い風に掻き乱されて今はもうそれどころではない。跳びはねてはしゃぐコーネリアを見つめ、カミルは力が抜けたように笑った。

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