16話目:怖いもの知らず
賑やかな談笑が繰り広げられていた食堂も、たったひとりの男が足を踏み入れただけで別世界のように静まり返ってしまう。
男の方は別段気にした様子もなく、トレイに皿を乗せて料理を取ると、さっさと窓際の席について食べ始めた。周りに左右されないタイプと言えば少し聞こえは良いが、つまるところ協調性が無いだけである。
男をちらちらと盗み見ながら何事か囁き合う隊士達。異分子である男に対し、偏見を持つ者も少なくなかった。
犯罪を犯した者と一緒に働くなんて……。きっとほとんどの人間が忌み嫌い恐れているだろう。
「……まあ、予想はしていたけど。ゲレオンはもう少し周りの空気に気を配りなさいよ……」
「俺は予想以上っすかねー。でも確かにあのオッサン怖い雰囲気だし」
食堂の片隅で観察していたのはラクチェアとトビアス。呆れ顔で頬杖をつくラクチェアは溜め息をこぼした。
「そうね。普通の人はそうなのかもね。でもあの人、きっと根っからの悪人ではないのよ」
口は悪いし態度もふてぶてしいが、エディルの事を気にかける彼の優しさは幾重にも隠された本性ではないかとラクチェアは思っている。年を重ねれば重ねる程に増えていくしがらみは、きっと本当の彼を覆い隠しているのだと。
ゲレオンは無造作に料理を口に運んでいく。周りの声など一切耳に入っていないかのように。
「ああもう! 私ちょっと行って……」
「あ、ま、待って副長!」
立ち上がりかけたラクチェアの袖をトビアスが掴む。ふと人波が割れていくのが目に入った。
料理の乗ったトレイを両手で持ち、一直線にゲレオンの元へ歩いていく人影。ざわざわと落ち着かない周囲の様子をよそに、その少年は唇を開いた。
「そこ、空いてる?」
堂々とゲレオンに話し掛けた少年は、カミル。強気な瞳は臆する事なく男を見下ろしていた。
「さあな。誰も座っていないという事は空いているんだろう」
「あっそ」
回りくどい言い方に短く返すと、カミルはゲレオンの真向かいに席を取った。周囲のざわめきは一向に落ち着かない。
(カミル……)
心配そうにカミルを見つめるラクチェア。トビアスもハラハラと二人に視線を注ぐ。
「目上の者には敬語で接するのが礼儀だろう、坊主。教わらなかったか?」
「カミルだよ。だってあんた新人だし。俺より下っ端だよ、下っ端」
「生意気だな」
決して穏やかとは言えない会話の内容に、隊士達はヒヤリとする。相手は犯罪者。機嫌を損ねれば何をされるかわからない……。
「……!? オッサン、カレーに何入れてんだ!?」
突如響いた叫び声。緊迫する空気。も、つかの間。
(カレー?)
(カレーがどうしたって?)
驚愕するカミルの視線の先、ゲレオンの手元に自然と目が行く。彼が握った小さなスプーン。その上に山盛り盛られた白い物は。
「砂糖だが」
「はああ!? 信じらんねー! カレーは辛いのがいいんだろう!?」
「知るか。俺はこれが好きなんだ」
「汚い顔して何言ってんだよ!」
「顔は関係ないだろう!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。遠巻きに見ていた隊士達から、段々に力が抜けていく。
「……何かしらアレ」
「ふ、はっ。ああ、やっぱカミルっていいなあ! 俺も行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
口論を続けながら食べる事をやめない二人へとトビアスが駆けていく。三人に増えた会話の内容は更に迷走し、年下の少年達に振り回されるゲレオンがほんのり憐れに見える程だった。
「じゃあオッサンは顔に似合わず甘党なんだ」
「こんな顔で悪かったな」
「ムスッとしてるからじゃないの? 笑ってみれば。ホラホラ」
「やめんか……もがが」
次第に他の隊士達も普段通りに食べ始める。恐らく明日はゲレオンが来ても今日みたいな空気にはならないだろう。もしかするとカミルのように自ら食事を共にする者もあるかもしれない。
(よくできました)
ラクチェアは目を細め嬉しそうに微笑むと、既に空になっていた皿を返却し食堂を後にした。




