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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
3章
15/60

15話目:訪れる変化

「名前は?」

「……ゲレオンだ」


 隊舎の一室で行われているやり取り。黒髪の男……たった今ゲレオンと名乗った男の取り調べ。

 捕えられた身の上だというのに、堂々とした態度で頬杖をつくゲレオン。時折薄く微笑んでは見透かすような眼差しをラクチェアへと注ぐ。


「あなたの差し金で強盗をさせられていたと、数人から証言があったわ」

「そうか」

「嘘ね?」


 ラクチェアも負けじと睨み付ける。目を逸らせば彼のペースに乗せられてしまう。


「嘘だと何故言い切れる」

「……勘よ。あなたの言い分は?」

「ふん。奴らが最初に襲ったのが俺だっただけの話だ。どいつもこいつも阿呆ばかりで考えが甘すぎる。仕方がないから知恵を貸してやったまでだ」

「そう。ではそれは本当なんでしょう」

「勘か?」

「勘よ」


 きっぱりと言い切ればゲレオンは楽しそうに笑う。楽しそうに笑うくせに、瞳の奥に見えるのは諦めの色。何を諦めて生きているのか、ラクチェアにはわからない。


「あなたはエディル隊長を知っているの?」

「知っているとも」

「何故あなたの剣はエディル隊長のものと似ているの?」

「奴に剣を教えたのが俺だからだ」


 すんなりと答えられ、肩透かしを喰らった気になる。


「エディルはどうした。どこにいる」


 感情の読めない男。けれどエディルの事をしきりに気にかける彼は、どこか焦っているようにも見えた。


(ううん……違う。心配、してるの?)

「隊長は今任務で遠方に出ています」


 嘘をついた。見透かされるかもしれない。内心冷や汗をかいた。

 けれどゲレオンは嘘に気が付いた様子はなく、かすかに安堵の息を漏らした。


「ゲレオン……」

「さあ、仕事をしろ副長殿。俺を罰するのが貴様らの仕事だろう」


 再び感情を隠したゲレオンは椅子から腰を上げ、ラクチェアに顔を近付けた。闇より深い黒の瞳が眼前に迫る。


「……罰を受けるのがあなたの望みなの?」


 感じていた違和感の正体。彼の心中を理解しなければ彼と渡り合う事など出来ない。


「あなたは最初から捕まる事を期待していた……違う?」

「そんな事を期待する奴は相当のマゾだな」

「罰を受けたかったから。罰を受けたかったのは……何かから逃げる為?」

「想像力豊かだねえ、お嬢さん」

「あなたは本当は優しい人ね」

「勘か」

「勘よ」


 見つめ合ったまま、一歩も譲らない二人。無言の時が流れ、そばに立つ隊士は交互にゲレオンとラクチェアを見比べた。


「いいわ。罰を与えましょう」

「賢明な判断だ。俺のようなろくでもない男は罰を受けるべきだろう。どのぐらい牢屋で過ごせばいい? それとも死刑か?」


 嬉しそうに饒舌になるゲレオンにラクチェアは満面の笑みを見せる。彼が望むものを確信した。


「あなたには守護隊に入隊してもらいます」


 そう告げた瞬間、世界が凍り付いた。同席していた隊士達も、淡々としていたはずのゲレオンも。ラクチェア以外の全員が、驚いたようにラクチェアを凝視する。


「何だそれは! それが罰だと!?」

「ええ。これが罰」

「ふざけるな! 早く俺を牢屋へぶち込め!」

「嫌。どうしてあなたの望み通りにしなければならないのよ。そんなの罰にならないじゃない」


 子供のように頬を膨らませる目の前の少女に、ゲレオンは絶句する。まさかこんな事態になるとは思っていなかったのだろう。何度も舌打ちをし、苛々と髪の毛を掻きむしる。

 少しずつラクチェアへと傾いていく形勢の天秤。


「犯罪者を入隊させると言うのか? それがどんな危険性を孕んでいるのか、わかったうえでそんな事を?」

「あら、あなたはきっと犯罪に繋がる事はしないわ」

「何故わかる。それも勘か?」


 ここが決め手。彼にも恐らく残っているだろう。ほんの少しでいい。残っていてほしい。

 自らの誇りとプライドを。


「いいえ。これは信頼よ」


 ゲレオンの目が大きく見開かれる。


「あなたはもう犯罪に手を染めない。少なくとも、守護隊にいる内は。だってあなたの頭は悪くないもの。そうでしょう? ゲレオン」


 黒の瞳にわずかだが光が灯る。罰を受ける事を望むくらいに、辛い現実が彼にはあったのかもしれない。けれど逃げる事を許すには、惜しい男だ。


「……ふん。たいした山猿娘だ」

「だから! 山猿って言うのやめてよ!」

「いいだろう。お前の与える罰とやら、受けてやる」


 彼は今、初めてラクチェアの前で心底楽しそうに笑った。


*****


「それで、入隊させちゃったの?」

「はい!」


 久しぶりのノエルとの朝食。と言っても、ラクチェアは相変わらず傍らに立っているだけだったが。


「……わかってたけど、ラクチェアって凄いよね」

「え? 何がですか?」

「ううん、何でもない」


 笑顔で首を振るノエル。ラクチェアはそんな彼を見て思わず溜め息を漏らした。


「何? 何で溜め息?」

「いえ、……ますます可憐になられたなあと」


 ガチャン、とソーサーにカップを落とすように置いてノエルが固まる。微動だにしないのを不思議そうに覗き込むラクチェア。


「王子?」

「……可憐? 僕が?」

「ええ! もう本当に、花のようです。薔薇はイメージとちょっと違うので……うーん、マーガレットかな……」

「花……」


 ショックを受けている事にも気付かず、ラクチェアは楽しそうに語る。ノエルがいる日常が、彼女にとってはそれほどに嬉しかったのだ。

 ノエルの可憐さを充分に語った所で、一息ついた。満足げにニコニコと笑う姿は悔しい事にノエルにはとても可愛く見えたけれど、男として譲れないものがある。


「……僕は男だよ?」

「え? はい、存じてますが」

「うーっ、もう! 可憐ていうのは女の子への褒め言葉でしょ! そりゃあ、ちょっと、いや、結構華奢な方だけど……でも!」


 勢い良く椅子から立ち上がり、ノエルはラクチェアの真正面へと移動する。


「ほら、背も伸びたし」


 確かに。薄々気付いてはいた。一ヶ月前よりも顔を上に傾けなければノエルと目線が合わない。

 そうですね、と言おうとしたラクチェアは次のノエルの行動に言葉を飲み込む。


「君を抱えるくらいの力も、ちゃんとあるんだよ」


 背中と膝の裏に腕が回されたと思ったら、拒む間もなく一瞬の内にラクチェアの足が地面から離れた。横抱きに抱えられ、至近距離にノエルの拗ねたような顔がある。


(きゃーっ!! ぎゃーっ!!)


 あまりの事にラクチェアは動けず、目の前の青年を見つめる事しか出来ない。


「これでもまだ可憐だって……女の子みたいだって言う?」

「いいい言いません! 言いませんのでおおお下ろしてください!」


 以前にも何度か抱擁を受けた事はあったが、たいていの場合ラクチェアを慰めたり落ち着ける為のものであり、これとは恥ずかしさの度合いが違う。この抱え方ではまるで……。


「あれ、なんですか二人ともー。結婚式の予行練習?」


 紅茶のカップ片手に現れたカテリーナが、にやにやと笑いながら茶化すように声をかけた。


「え、あ! ち、違っ……!」

「早く! 早く下ろしてください! 王子のバカぁ!」

「わっ、ちょっと、ラクチェア……っ」


 手足をばたつかせて暴れるラクチェアの体重を支え切れず、ノエルは体勢を崩す。そのまま二人で地面に転がり、悲鳴をあげた。

 原因の一端を担ったカテリーナはというと、腹を抱えて大爆笑。揺れるカップから盛大に紅茶が零れた。


「いてて……ごめんラクチェア」

「い、いえ……私も暴れてしまいましたし」


 地べたに座り込み、土に汚れたお互いの顔を見合わせる。


「王子はお顔が汚れていても……その」

「何?」

「……男前ですね」


 そうして二人で肩を震わせ、小さく吹き出す。


「ね、ラクチェア」

「何ですか?」

「好き」

「……っ」


 不意打ちの告白にラクチェアの頬が紅く染まる。繰り返し聞いた言葉。けれど何故か今の「好き」はいつも以上に心臓を揺さ振った。


「私は……友人として好きです」

「知ってる」


 外側から幾度となく叩かれる心の扉。その取っ手に手を掛けてしまっている事に、ラクチェアはまだ気付かない。

 気付いたとしても、もう手遅れなのだ。

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