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姫君への軌跡  作者: 瀬川メル
3章
14/60

14話目:黒髪の男

「さっきの音はお前らか!?」

「何しやがった!」


 怒鳴りながら扉を乱暴に蹴破り、倉庫の中へ押し入ってくる男達。ラクチェアとカミルは同時に先頭の男目掛けて体当たりを食らわせた。


「がっ!」


 バランスを崩して男は後方へ倒れ、後ろにいた数人を巻き添えにした。その腰に結わえられていた鞘から、ラクチェアは短剣を抜き取る。カミルも同じように別の男から剣を奪った。


「この女っ!」


 起き上がった男は怒り狂い掴みかかった。自分に向かってくる太い腕をすり抜け、ラクチェアは剣の柄で思い切り男の顎を殴る。続けざまに腹部を蹴り飛ばし、男はゴロゴロと転がっていった。

 横を見れば剣を受けるカミルの姿。力負けし、じりじりと押され苦戦していた。


「カミル! そんな戦い方を教えた覚えはないぞ!」


 凛とした守護隊副長の声に叱咤され、カミルは何かに気付いたように目を見開く。刃を弾くようにして後ろに飛びのき、後ろ手にボロい布きれを掴むと男の視界を塞ぐように投げた。

 男が布きれを取り払うのと同時に、彼の急所を蹴り上げる。声にならない悲鳴を上げ、男はうずくまり動かなくなった。


「……そこまでやれとは言ってないけど……」

「だって……」

「おいおい、おっかない女子供だな」


 突然割り込んだ声に、ラクチェアとカミルは身構える。黒い髪の壮年の男。外も騒ぎになっているはずなのに、この状況下で焦るそぶりも見せない。

 腰に携えていた細身の剣を抜き、ラクチェアへと振り下ろす。


「副長!」

「平気だ! そちらを頼む!」


 カミルの背後にもうひとり男が立つ。ラクチェアが刃を受け止めたのを確認すると、カミルも自分の相手に集中した。


「お嬢ちゃんが噂の副長さんか。名前は確か……ラクチェア・フォールズと言ったかな」

「何で私の名前……!」

「噂話というのは風の如く走るものだ。だが想像していたのとはだいぶ違うな。もっと筋骨隆々とした山猿のような女傑かと」

「誰が山猿よ!」

「褒めているんだがな」


 黒髪の男は本気で剣を振るっている様子はない。飄々とした態度からは感情さえも読み取れず、ラクチェアも大きく踏み込めないでいた。


(なんなのこの人。それにこの太刀筋は……)

「ふん。エディルと似た剣だな」


 エディル。聞き間違いではない。確かに目の前の男は守護隊隊長の名を口にした。


「あなた……っ、隊長を知っているの!? それに、あなたの剣こそ隊長のものによく似ているわ……」

「奴はどうした。外にも姿は見えなかったようだが。まさか死んだか?」

「私の質問に答えるのが先よ!!」


 男の懐に飛び込み、握りしめた左の拳で力任せに彼の頬を殴り付けた。さすがに男はよろめき、呻き声を漏らす。


「あなたは何者なの!? 隊長の何なの!? 答えなさい!!」


 追撃しようと構えた瞬間、後ろから叫び声が聞こえた。


「ラクチェア!! 危ない!!」


 思わず振り返った先には、ラクチェアが顎を殴り付けた男がいた。彼の手には短剣が握られている。その切っ先が自分へと狙い定めている事に気付いた時には、もう振り下ろされていた。

 けれどその瞬間はいつまで経ってもやって来なかった。


(あれ?)


 つむっていた目を開き、一番最初に視界に入ってきたのはハニーブロンド。小刻みに震えているのは大きな力を受け止めているせいだと、遅れて気付く。


「王子……!?」


 ラクチェアへと振り下ろされるはずだった剣を、ノエルもまた剣で受け止めていた。彼が剣を手にしている所など、ラクチェアは初めて見る。


「えーと、えーと……こ、こう!」


 ぶつぶつ呟きながらノエルは男の剣を受け流し、その手を思い切り蹴る。男の手から離れた剣はカラカラと回りながら小屋の隅へと転がっていった。


「ほう……やるじゃないか。温室育ちかと思ったら」


 目を細め楽しそうに笑う黒髪の男。しきりに無精髭の生えた顎をさする。


「副長!」

「副長ご無事ですか!?」


 隊士達が次々に小屋の中へ駆け込んでくる。外にいた男達はあらかた片付いたのだろう。


「無事だ。こいつらも連れて行け。それと、奥に女性が隠れているから頼む。怖がらせるなよ」


 指示を出し、ラクチェアはようやく息をついた。抵抗を一切見せなかった黒髪の男は、連行していく隊士に何事か話し掛けては怒らせ、その反応を楽しんでいる。


「その男は私が取り調べます。後で隊舎に行くわ」

「わかりました」


 一瞬、男と目が合う。深く底無しにも見えるその瞳。どこかエディルと似たような雰囲気を感じた。

 強盗団が全員連行された後、隠れていた女性も隊士に連れられて行く。何度も何度もラクチェアに向かって頭を下げ、御礼の言葉を述べていった。


「ふふ、よし。怪我人無し。上出来上出来」

「上出来上出来じゃないよ、ラクチェア。もう少しで君が切られていたんだからね?」


 隣にいたノエルは、じと目でラクチェアを見つめる。


「あ、やっ、えっと……ありがとうございました。王子、剣を扱えたんですね」

「……覚えたの」

「え?」


 わずかに頬を染め、ノエルは言いにくそうに呟く。


「ラゼリアの騎士に稽古をつけてもらったんだ。本当はもっと違う形で見せて……驚かせたかったんだけど」

「驚きましたよ! でもどうして稽古なんて……」


 ふと真剣な眼差しを向けられ、ラクチェアの心臓が跳ねる。けれどそれは一瞬の事で、ノエルはすぐに柔らかく微笑んだ。少しはにかんで。


「ユニフィスにいる間は君が僕を守ってくれるでしょう? でも守られるだけなのは嫌なんだ」

「し、仕事、ですもの」

「うん、でも……格好悪いじゃない? 好きな女の子に守られっぱなしなんて」


 好きな。

 好きな女の子。

 何度も言われた言葉なのに、言われる度に頭の中が真っ白になる。


「僕だって君の事を守りたいと思うんだ」

(私を?)

「君は女の子だし……それに案外泣き虫だから」


 顔が熱い。息が出来ない。動けない。目を逸らせない。

 逃げたい。逃げたくない。触れて。触れないで。


「そん、なの……初めて言われました」


 その辺の男性よりも強く成長したラクチェアを守ろうなどとは、エディルでさえ口にした事はない。皆背中を任せてくれる、ラクチェアの強さを信頼してくれている。


「そうなの? ……どんなに強くてもラクチェアは可愛い女の子だよ」


 ラクチェアの手をそっと握る指は、ラクチェアよりよっぽど女性のように白く美しい。


「僕は、君を守りたい」


 足元がふわふわと不安定になり、思考も鈍る。そのまま引き寄せられそうになった所で割って入った咳ばらい。振り返れば居心地が悪そうに眉をひそめたカミルとトビアス。


「えっと、そろそろ行きません?」

「カテリーナさんも心配しているだろうし」


 他人の存在を認識し、ラクチェアの顔は一気に赤くなる。


「そっ、そそそそうね! さ、帰りましょう! サクッと! サクッと!」


 明らかに動揺した様子で歩き出したラクチェアを見てノエルは少しだけ残念そうに溜め息をついた。それから小さく笑って、ぎくしゃくと動くラクチェアの手を握り、驚いた彼女に明るく笑いかける。


「うん、行こう」


 ノエルに手を引かれるままにラクチェアは走り出し、その後ろをカミルとトビアスが呆れ顔で追い掛けた。

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