13話目:王子様救出作戦
手足を縛られ、床に座ったままノエルは隣の部屋の会話に聞き耳を立てていた。
「阿呆共め。余計な事をする」
「なんだと!? 何が余計な事だってんだよ!」
言い争う声。と言っても声を荒げているのはひとりだけで、もうひとりはただ静かに淡々と相手を責めているだけだった。
罵声を飛ばしているのは恐らくドルクと呼ばれた男だろう。
「すべてが余計な事だ。金品は構わんが人はやめろと言ったろう」
「そこまでお前の言う事を聞く義理はねえな! 俺達は俺達のやりたいようにやる!」
「阿呆め。金はともかく、人を売るのは足がつきやすい。そんな事もわからんか? よほど捕まりたいと見える」
「……っ!」
静かに喋る男の声は低く、感情が読みづらい。それは目の前にいるであろうドルクも同じらしい。だからこそ反発したくなるのだ。
「男の方は貴族かもしれないと言ったな? ならば連れがいただろう。ひとりで出歩く事など、軟弱な人種には無理だ」
(軟弱って)
「だがお前達は御者しか押さえなかった。つまり連れがいた場合、そいつはこの場から逃げ出し、最悪ユニフィスの守護隊あたりに駆け込んでいると想定するのが妥当だ」
ノエルの顔がぎくりと強張る。彼の予想は当たっている。カテリーナは無事にユニフィスまでたどり着いただろう。
(この人……)
「昼間にそんな失態をやらかすなど論外。おまけに、外の見張りはなんだ? あれでは不審人物がこの小屋に居るとわざわざ教えているだけだ」
「う……うるせえ! 少しばかり頭が良いからって調子に乗るんじゃねえ!」
「俺の頭が良いのではない。お前達が阿呆なのだ」
ガシャンと何かが割れる音。ガタンと何かが倒れる音。扉の向こうで何が起こっているのか、ノエルにはわからない。
(仲間割れ……?)
しかし先程の会話を聞く限り、あまり仲間のようにも感じられなかった。ドルクと話していた男は、どこか他の者達とは違う。
考え込んでいたノエルの耳に、近付いてくる足音が聞こえた。静かに扉が開かれる。
(……)
無造作に後ろで束ねられた長い黒髪。思考を読み取らせない深い漆黒の瞳。無精髭を纏った口を開き、壮年の男はノエルへと語りかけた。
「これはこれは」
「……何?」
男はしゃがみ込み、ノエルの耳元に唇を寄せる。
「ラゼリアの第二王子ではないですか」
「!! 何……っ、何で……」
自分の素性がバレた事に、思わず言葉を詰まらせる。しらばっくれれば良かったと気付いたのは少し後だった。
「俺が最後に見たのは五年くらい前ですがね。あまり変わっていないからすぐにわかりましたよ」
「気にしてるのに!」
「そいつは失敬」
くつくつと喉の奥で笑い、男は立ち上がる。
「さあて……どうするかね」
(この人、やっぱり違う。雰囲気が……)
「……ん?」
入り口の方で何やら話し声が聞こえた。見張りの男と、若い女性の声。
乱暴に扉を蹴り開け、小さな悲鳴と共に二つの影が床に転がされた。
「何だ。何をしている」
「道に迷ったとかでここに近付いてきやがった。このまま解放したら俺達の事をバラされるだろう」
「まったくもって阿呆共だな……。短絡的にも程がある。そのまま追い返せば良かったものを」
溜め息をつき、男は不運な人影へと歩み寄る。開けられたままの扉の向こうに、ノエルの知っている人物が転がっていた。
(え!?)
いつもの制服ではなく村娘のようなシャツとスカートを身に纏ったラクチェアが、ひっそりとノエルに向かって微笑んだ。
*****
狭い倉庫の中に、閉じ込められた四人。怯え切った女性、埃っぽい空気に咳き込む少年、隣の少女にただ驚いている青年、冷静に辺りを見回す少女。
「……ラクチェア、何でここに……というか何で捕まって……」
「助けに来たんです。お怪我はありませんね?」
「無いけど……いや、そうじゃなくて、危ないじゃない。普通の人のフリなんかして……ねえ、聞いてる?」
「え? ああハイ聞いてますよ。……よいしょっと」
ブツリと音がして、ラクチェアの手首を縛っていた縄が床に落ちた。彼女が握っていたのは親指くらいの小さな刃物の破片。それを使い、ノエル達の縄も次々に切っていく。
「うん、ここがいいかな。えっと、そこの方」
ラクチェアは女性を呼び寄せ、奥に詰まれた木箱の中へ隠れるように促す。ひとり暗い場所へ閉じ込められる恐怖から女性は躊躇したが、安心させるようにラクチェアが優しく諭すと、恐る恐る木箱の中に収まった。
「王子も、こっちの箱に」
「……ううん、大丈夫。いざという時は僕が引き付けて彼女には近付けさせないから」
「でも」
「平気。ここにいるよ。……来てくれてありがとう、ラクチェア。カミルも」
ふわりと微笑むノエル。その優しい笑みを目にするのは一ヶ月ぶり。変わらない事に安堵しながらも、以前とはどこか違った気持ちでそれを見つめるラクチェア。
まともにノエルの顔を見られずに、ぷいとそっぽを向く。
「あああ当たり前です。私は守護隊の副長ですし、これは仕事ですから」
(うわあああ私何て事言ってるの? 嫌だ感じ悪い! ご、ごめんなさい王子……)
素直でない言葉が口をつき、ラクチェアはひとり心の中で冷や汗をかき続ける。自分で言っておきながら、その意地っ張りな態度がノエルの目にどう映ったのか不安で堪らなかった。
ちらりと横目で見たノエルの表情はどこか淋しげで、途端にラクチェアは青くなる。
「あ、うん、そうだよね。お仕事だもんね」
肩を落とし物陰に隠れていくノエルの背中に、思わず手を伸ばす。けれど指先はとうとう届かずに、虚しく宙を泳いだだけだった。
本当は心配で堪らなかったのに。心配だったから自ら敵地へと赴いたのに。
(言えない)
言えないのは何故?
「副長、合図を」
カミルの声に、ラクチェアはハッとする。頬を軽く叩き気持ちを切り替えると、閉ざされた扉を鋭く見据えた。
(覚悟しろ)
深く息を吸い込み、腕につけていたアクセサリーをくわえる。骨細工のそれは、隊士達が共通で使っている笛だった。
力の限りに、その笛を吹く。甲高い音が辺り一面に響き渡り、馬の鳴き声が遠く反応した。
焦ったような男達の声。バタバタと重い足音が近付いてくる。
もうすぐ開かれるであろう扉を睨み、ラクチェアとカミルは低く腰を落とした。




