酒盛
その頃。
試衛館道場のだだっ広い板の間では、島崎を囲んで食客や弟子たちが酒盛りをはじめていた。
酒が入っても「白旗書簡」そして小峰軍司に関する話題は尽きない。
「八王子千人同心の郷、日野にまで、そんな物騒な思想を持ち込む輩がいるとは」
「田舎もんは騙しやすい」
自分だけは例外だとでもいうように土方歳三が冷笑をうかべた。
赤ら顔の井上源三郎が、
「ちょうどいい。私は明日から日野の道場へ出稽古に行くことになっています。戸吹の松崎道場まで、少し足を伸ばして話を聞いてきましょう」
と申し出ると、それを聞いた山南敬介が身を乗り出した。
「私も、同行して構わないでしょうか」
「もちろん構いませんが、遠いですよ」
山南について来れるのか、井上はいかにも疑わしげに念を押した。
「日野なら、夜明け前に出れば、昼には着くでしょう」
健脚の山南はこともなげに応えた。
土方歳三が伸びをして、うっすら涙を浮かべた目をこすった。
「あんたも物好きだな、山南さん。俺はもうしばらくこっちにいる。源さんから、彦五郎さんに宜しく言っといてくれ」
佐藤彦五郎は、彼らと同じく近藤周助の門弟の一人だったが、天然理心流の故郷である日野の名士で、土方歳三にとっては、従兄であり、姉の夫にあたる。
「はいこれ!」
藤堂平助は、道場に戻った鈴木大蔵に仏頂面で書状を突き出した。
大蔵は気もそぞろといった様子でそれを受け取ると、「すまんな」と言ったきり、そのまま奥へ引っ込んでしまった。
「ちぇ!」
平助が舌打ちして一人で素振りを始めていると、大蔵が勢い良く引き返してきて、
「これはいつ来た?」
と書状を振って見せた。
「さっき。水戸藩の若いお侍が持ってきた。その、金子建四郎って、先生の師匠だろ?」
「ああ」
大蔵は文面を追いながら答えた。
そこには、「白旗書簡」の出所について、神田お玉ヶ池玄武館が疑わしいしいため、急ぎ調べてほしい旨がしたためられてあった。
「くそ!やっと琴の居場所が知れたというのに」




