作戦
「その、多摩の道場に行けば、小峰という男に会えるのですか」
山南敬介は、道場主近藤周助に入門の挨拶を済ませると、門弟達が集まる板の間に通され、島崎勝太、土方歳三、井上源三郎らと膝を交えていた。
血気盛んな門弟達が集う場所に相応しく、すすけた木戸や床板には、何かで引っ掻いたような落書きがそこかしこに見受けられる。
「さあ、俺も奴と会ったわけじゃねえからな。松崎さんの話じゃ、四、五日前に、随分久方ぶりでひょっこり顔を見せたらしい。今は江戸の剣術道場に居るって噂だが」
場慣れた様子で壁を背に脚を投げ出した土方は、頭巾を外すと髪を撫で付けながら答えた。
「あいつ、多摩くんだりまでその手紙を配り歩いてんのか?」
島崎は頬杖をついて、焙じ茶すすった。
「ただの酔狂じゃねえぜ?」
土方は訳知り顔で小さくうなずいて見せた。
「黒船と一戦やらかす同志を募ってるそうだ」
「その手紙で奮起を促し、天下に広く憂国の士を求むというわけですか」
山南は、座の中央に置かれた書簡に目を落とした。
「よせよ。そんな上等なもんじゃねえ。金さ」
「金?」
「ああ、田舎道場ってのは、それこそ小金持ちの百姓のせがれ共が暇を持て余してるんだ。こいつを出汁に、ペリーの無法な振舞いを一席ぶって、煽るだけ煽った挙句、憂いを同じくする者は、我ら攘夷の尖兵に金を出せって寸法さ」
「剣を持って共に戦えというならともかく、金だけ出せとは、随分割り切った物言いだな」
島崎が口の端を吊り上げた。
井上源三郎がそれを横目に顔をしかめる。
「小峰君を疑うわけじゃないが、どうも胡散臭いねえ」
「しかし、黒船の砲門を相手に、町道場の剣客風情が何人束になったところで、どうなるというものでもないでしょう。先ずは、資金を調達するのが、順当な手順ではある」
山南は、飽くまで理詰めの姿勢を崩さないものの、それは明らかに本心から出た言葉ではなかった。
「どうだかな。道場は何やら色めき立っていたが、俺には奴の小賢しい理屈に、連中が煙に巻かれてるようにしか見えなかったぜ」
「しかし一方では一味に引き入れられる者もいる。小峰さんもその一人でしょう。彼らが、相手によって舌を使い分けているのが気になりますね」
「山南さん。俺たち学のねえ貧乏人は、天下国家を語る術を持たん。とは言え、指を咥えてただ見ていろと言われるのも癪な話だ」
島崎は複雑な笑みを浮かべた。
「ご謙遜を。むしろ哀れむべきは、走狗となって働いている連中だ。元締めが誰にせよ、私には彼らを弾除けにする腹積もりが透けて見えるようで気に入らん。進んで火中の栗を拾いに行く人間を、とやかく言うつもりはないが」
「あんたは、何を嗅ぎまわってるんだ?」
土方が探るような眼で山南に問いかけた。
「自分でもよく分かりません。ただ、そう言った不穏な動きについて御公儀が目を光らせているらしいのです」
「お上が腰を上げたとなっては、穏便に済む話じゃなさそうだ」
井上が気の重そうな声で言った。
「ええ。それもどうやら私の友人が騒動に巻き込まれているらしいのです。彼に火の粉が降りかかる前になんとかしたい」
「で、どうする?」
「先ずは、その小峰軍司殿を探そうと思います」
「面白くなって来やがった」
土方が軽く膝を打った。
「なにが?」
島崎がそちらをじろりと睨むと、土方は傍らにある柳行李をぽんと叩いてみせた。
そこには彼の生業でもある散薬が入っている。
「こいつを捌くのに、あちこち廻ってるとよ、ここんとこ江戸市中の大店でも、攘夷の断行を口実に金をせびってく浪人がいるって話をよく耳にはさむぜ」
「別に面白くもねえな」
「かっちゃん、ここで一発、お上に恩を売っておくのも悪くねえぞ」
土方は幼馴染の気安さで、ちょっとした儲け話でも持ち掛けるように言った。
「正気か、おまえ?」
「山南さん、頼りにしていいぜ。この島崎勝太はな、ガキの頃、刀一本で、野盗の一味をとっ捕まえたことがあるんだ」
「昔の話だ」
「大事な食客が困ってるんだ。俺達もその捕り物に一枚噛ませてもらおうぜ?」
「いや、捕り物をする気は…」
山南が困惑していると、井上が割って入った。
「それはいい。歳、お前なら商売柄、商家への出入りも容易かろう。その浪人者の人相風体を聞き出せ」
「俺がかよ?」
「そうだな。一門の小峰が関わっているなら、知らん振りも出来んか。歳、お前どうせ暇だろ?」
島崎は、また一口茶をすすると、ため息混じりに土方を見やった。
「暇なわけねえだろ!見ろよ、この格好!どっからどう見ても働いてんだろうが!」




