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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
71/76

作戦

「その、多摩の道場に行けば、小峰という男に会えるのですか」


山南敬介は、道場主どうじょうしゅ近藤周助に入門の挨拶あいさつを済ませると、門弟もんてい達が集まる板の間に通され、島崎勝太、土方歳三、井上源三郎らとひざまじえていた。

血気盛けっきさかんな門弟達がつどう場所に相応ふさわしく、すすけた木戸や床板には、何かで引っいたような落書きがそこかしこに見受けられる。

「さあ、俺も奴と会ったわけじゃねえからな。松崎さんの話じゃ、四、五日前に、随分ずいぶん久方ぶりでひょっこり顔を見せたらしい。今は江戸の剣術道場に居るってうわさだが」

場慣ばなれた様子で壁を背に脚を投げ出した土方は、頭巾ずきんを外すと髪をで付けながら答えた。

「あいつ、多摩くんだりまでその手紙を配り歩いてんのか?」

島崎は頬杖ほおづえをついて、ほうじ茶すすった。

「ただの酔狂すいきょうじゃねえぜ?」

土方は訳知わけしり顔で小さくうなずいて見せた。

「黒船と一戦やらかす同志をつのってるそうだ」

「その手紙で奮起ふんきうながし、天下に広く憂国ゆうこくの士を求むというわけですか」

山南は、座の中央に置かれた書簡しょかんに目を落とした。

「よせよ。そんな上等なもんじゃねえ。金さ」

「金?」

「ああ、田舎道場ってのは、それこそ小金持ちの百姓ひゃくしょうのせがれ共がひまを持て余してるんだ。こいつを出汁ダシに、ペリーの無法むほうな振舞いを一席いっせきぶって、あおるだけあおった挙句あげくうれいを同じくする者は、我ら攘夷じょうい尖兵せんぺいに金を出せって寸法さ」


「剣を持って共に戦えというならともかく、金だけ出せとは、随分ずいぶん割り切った物言ものいいだな」

島崎が口の端を吊り上げた。


井上源三郎がそれを横目に顔をしかめる。

「小峰君を疑うわけじゃないが、どうも胡散臭うさんくさいねえ」

「しかし、黒船の砲門ほうもんを相手に、町道場の剣客風情けんかくふぜいが何人(たば)になったところで、どうなるというものでもないでしょう。ずは、資金を調達ちょうたつするのが、順当じゅんとうな手順ではある」

山南は、くまで理詰りづめの姿勢をくずさないものの、それは明らかに本心から出た言葉ではなかった。

「どうだかな。道場は何やら色めき立っていたが、俺には奴の小賢こざかしい理屈に、連中がケムに巻かれてるようにしか見えなかったぜ」

「しかし一方では一味に引き入れられる者もいる。小峰さんもその一人でしょう。彼らが、相手によって舌を使い分けているのが気になりますね」


「山南さん。俺たちがくのねえ貧乏人は、天下国家てんかこっかを語るすべを持たん。とは言え、指をくわえてただ見ていろと言われるのもしゃくな話だ」

島崎は複雑な笑みを浮かべた。

「ご謙遜けんそんを。むしろあわれむべきは、走狗そうくとなって働いている連中だ。元締もとじめが誰にせよ、私には彼らを弾除たまよけにする腹積はらづもりが透けて見えるようで気に入らん。進んで火中かちゅうくりを拾いに行く人間を、とやかく言うつもりはないが」


「あんたは、何をぎまわってるんだ?」

土方が探るような眼で山南に問いかけた。


「自分でもよく分かりません。ただ、そう言った不穏ふおんな動きについて御公儀ごこうぎが目を光らせているらしいのです」

「おかみが腰を上げたとなっては、穏便おんびんに済む話じゃなさそうだ」

井上が気の重そうな声で言った。

「ええ。それもどうやら私の友人が騒動そうどうに巻き込まれているらしいのです。彼に火の粉が降りかかる前になんとかしたい」

「で、どうする?」

「先ずは、その小峰軍司殿を探そうと思います」

「面白くなって来やがった」

土方が軽くひざを打った。

「なにが?」

島崎がそちらをじろりとにらむと、土方はかたわらにある柳行李やなぎごうりをぽんと叩いてみせた。

そこには彼の生業なりわいでもある散薬さんやくが入っている。

「こいつをさばくのに、あちこち廻ってるとよ、ここんとこ江戸市中の大店おおだなでも、攘夷じょういの断行を口実に金をせびってく浪人がいるって話をよく耳にはさむぜ」

「別に面白くもねえな」

「かっちゃん、ここで一発、おかみに恩を売っておくのも悪くねえぞ」

土方は幼馴染おさななじみの気安さで、ちょっとしたもうけ話でも持ち掛けるように言った。

「正気か、おまえ?」

「山南さん、頼りにしていいぜ。この島崎勝太はな、ガキの頃、かたな一本で、野盗やとうの一味をとっ捕まえたことがあるんだ」

「昔の話だ」

「大事な食客しょっかくが困ってるんだ。俺達もその捕り物に一枚噛いちまいかませてもらおうぜ?」

「いや、り物をする気は…」

山南が困惑こんわくしていると、井上が割って入った。

「それはいい。トシ、お前なら商売柄、商家への出入りも容易たやすかろう。その浪人者の人相風体にんそうふうていを聞き出せ」

「俺がかよ?」

「そうだな。一門いちもんの小峰が関わっているなら、知らん振りも出来んか。歳、お前どうせヒマだろ?」

島崎は、また一口茶をすすると、ため息混じりに土方を見やった。

ヒマなわけねえだろ!見ろよ、この格好かっこう!どっからどう見ても働いてんだろうが!」


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