条件
神田お玉が池玄武館の稽古場は、相変わらず多くの門人でごった返している。
「残念だが、もう君の面倒をみられなくなった」
激しい稽古を終え、額に汗を浮かべた山南が言った。
良之助は、先ほど母屋で山南を見かけたときから、何かあると思っていたが、この件かと得心した。
「なぜです?」
山南は、風の入ってくる縁側のほうへ向かいながら、稽古着の袂をつまんでパタパタと扇いだ。
「私は島崎さんに弟子入りすることにした。当分こちらへは顔を出さん」
「で、では、わたしも!」
良之助は、慌ててその後を追った。
「それは、駄目だ」
「私が学びたいのは、北辰ではなく、あなたです。あなたが試衛館に入門するというなら、乗り換えても構わない」
「君は、まだこの玄武館で、学ぶべきことが沢山あるだろう。それでは、君を任された清河先生にも、申し訳が立たん」
食い下がる良之助を、山南は突き放した。
「しかし、山南さんだって、天然理心流に何某か此処に勝るものがあると思えばこそ、そんな事を言い出したのでしょう?ならば、私だって、それを習得したいと考えるのは、勝手のはずだ」
「大方そんなことを言い出すだろうと思って、私の代わりに、良い後見を推薦しておいたよ」
「そんなの、誰だろうが納得できません!」
良之助は不服そうに首を横に振った。
「真田範之介殿は、多摩で天然理心流も納めている。たった二年で中目録を取った手練だそうな。相手にとって、不足はなかろう?」
「真田…。あのギョロ眼か」
良之助の闘争心に、火がついたようだった。
「では、そいつを倒せば、また手解き頂けますか?」
「彼は、この玄武館の塾頭候補筆頭だぞ?そんな男に勝る剣士に、私如きが教える事など、何もないよ」
「逃げ口上は結構。如何?」
良之助の挑戦的な視線を、山南は穏やかな表情で受け止め、やがて、ニコリと笑った。
「君には降参だ。ま、よかろう」




