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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
60/76

大蔵おおくらが、手紙を書き終えてふと気づいたとき、窓の外は夜のとばりが降り、部屋には明かりがともっていた。


「そう言えば」

大蔵おおくらが急に思い出したように言葉を発した。

「以前、そうやって私の顔をじっとながめるのは何故なぜか聞いたことがあったろう?」


小亀は、二刻ふたときばかりも黙々と筆を走らせていた大蔵おおくらから急に声をかけられて、戸惑とまどいを隠せなかった。

「あ、あの、はい」


「あの時、貴方あなたはなにか言おうとしたね?」

大蔵おおくら端正たんせいな顔が間近まぢかに迫り、彼女の眼をのぞき込んだ。


「すみません。あれは、忘れてください」

床に散らばっている大蔵おおくらの書き損じをひろい上げて、無理やりその視線をらせた小亀は、どぎまぎしながら答えた。


「気になるな」


「あの、本当につまらないことなんですけれど…」

「うん」

先をうながすような大蔵おおくら相槌あいづちに、小亀はもう続けるしかなかった。

「わたしが初めてこの花街はなまちに来た時、一緒に置屋おきやに連れられて来た同じ年頃の娘がいたのです」


その時、小亀には大蔵おおくらひとみが少し揺らいだように見えた。


「私たちは、二人とも新造しんぞうと呼ばれる年頃でしたから、下働きとか、お稽古事けいこごととか、一緒にいる時間が長くて、すぐに仲良くなりました。とても綺麗なで、その…」

「なに」

「その、大蔵おおくら様のお顔が、その娘にあまりに似ておられるので…」


ふと面を上げた小亀は、悲鳴をらしそうになった。


大蔵おおくらの顔は、死人のように青ざめていた。

その眼は、まるでこの世ならぬものを見たように見開かれ、薄暗うすぐらい部屋の中で炯々(けいけい)と光っている。


小亀は、自分が大蔵おおくらの気に障る言葉を口にしたのだと思い、その場にひれ伏した。

「も、申し訳ございません。大蔵おおくら様のような立派な殿方とのがたに失礼なことを!」

大蔵おおくらは、小亀の反応にハッと我に帰ったように身を引いた。

「いや…すまない。別に気を悪くしたわけじゃない」

「なにとぞ!」

小亀はか細い首を上げようとしなかった。

「やめてくれ!怖がらせるつもりはなかったんだ」

大蔵おおくらが、その華奢きゃしゃな肩に触れると、小亀は小さく身をふるわせた。

「…その娘の名は」

大蔵おおくらつぶやくように言った。

「いえ、もうそのお話は」

小亀は伏したまま、ふるえる声で答えた。

「その娘の名はなんと言うんだ!!今、何処どこにいる!」

大蔵おおくら怒声どせいに、小亀はすすり泣きながら言葉をしぼり出した。

「…お琴さんです…わけは存じませんが、水揚みずあげ前に、利根のお侍様に身請みうけされました…それきり消息しょうそくは聞きません…」


鈴木大蔵はふらふらと立ち上がると、先ほどの書状を小亀の手元に置いて、

「これを、小者こものに届けさせてくれ」

そういい残すと、放心ほうしんしたように部屋を出て行った。


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