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新選組余話-比翼の鳥-  作者: 子父澤 緊
黒船と白旗 前編
59/76

呼子

市谷甲良屋敷いちがやこうらやしき試衛館しえいかん道場には再び門人もんじんたちの掛け声が響いていた。


「いったい、これを誰が?」

縁側えんがわに腰掛けた山南敬介は、その書簡しょかんに目を落としながらたずねた。


「持ってきたのは、そこにいる小僧です」

試衛館しえいかん道場の跡継あとつぎ島崎勝太は、庭先にわさきで犬とじゃれ合う沖田宗次郎をあごで指した。


山南は書簡しょかんから顔を上げて、少年を見た。

「きみ、どこでこれを?」

「それはただじゃ教えらんないね。あと、わたしは小僧じゃない」

宗次郎は、島崎を指差して顔をしかめて見せた。


勿体もったいをつけないでくれよ」

中沢良之助が、宗次郎ににじり寄った。

宗次郎は、大柄おおがらな良之助の顔をほとんど直角ちょっかくに見上げて、胸先むなさきにその指を突きつけた。

「じゃ、さっきの続きといこう」

「続き?」

宗次郎は悪戯いたずらっぽく笑った。

「お琴さんが、源さんに勝ったら教えてあげる」


「悪ふざけが過ぎるぞ」

宗次郎の姉婿あねむこ、沖田林太郎が、たしなめた。


「山南さんも、そう思うかい?」

宗次郎は、山南を試すように問いかけた。

山南は、肩をすくめて笑って見せる。


「ねえ、みなさん、勘弁かんべんしてくださいよ」

井上源三郎が、情けない声で、自分を置いてけぼりに進んでいく話をさえぎった。


「源さんもああ言ってんだろ」

島崎が面白がるように、宗次郎をにらんだ。

「ちぇ、わかったよ。じゃ、勝負は次回におあずけだ。いい?お琴さん」

「え?ええ」

琴は苦笑いでうなずいた。

「お琴さんが勝ったら、次はわたしが相手をしよう。でも負けたら、源さんに付き合って、高田の穴八幡あなはちまんで『一陽来復いちようらいふく』のお守りをもらって来るんだ」


井上は真っ赤になって、宗次郎の肩をつかんだ。

「宗次郎、なに言ってんだおまえ?」


「そうだ。なんの義理があって姉上がそこまで!」

姉思いの良之助も、割ってはいったが、宗次郎は耳を貸さない。

露店ろてんとかもいっぱい出るし、きっと楽しいぜ?」



「あの…、井上様が困っておられますが…」

琴が、申し訳なさそうに井上をうかがった。

「いやいや、そんなことは。そういうわけでは…」

井上がしどろもどろで言い訳を始めるを、宗次郎がさえぎった。

「あの日さあ」


「え?」

宗次郎が唐突とうとつ真顔まがおになったので、井上が怪訝けげんな顔をする。

「ほら、出稽古でけいこの帰りに、源さんと深川八幡に寄ったあの日。やっぱり露店ろてんがいっぱい並んでてさ」

「お前が、勝手にフラフラ入って行っただけだがな」

井上は、ぼそりとつぶやいたが、宗次郎が何か大事なことを言おうとしている様子を察して、それ以上は言わなかった。


アメめながら射的しゃてきを見てたら、隣にいた…そうだなあ…勝太さんくらいの若いおさむらいに、見世物みせもの呼子よびこが近づいて来て、何かを無理やりにぎらせたんだ。そのおさむらい、しばらくその紙をながめてたんだけど、すぐ放り投げて行っちゃったんだよ。で、何かなあと思って拾ったのが、それさ」

宗次郎は、山南の手にあった「白旗書簡しろはたしょかん」を指差した。


一同は押し黙った。

見世物みせもの呼子よびこが、自分の意思でそんなものを配り歩いたりするかね?」

島崎が口を開いた。


「…あの男」

井上が、何かを思い出したように、つぶやいた。

琴には、井上が言う「あの男」が誰か、すぐに思い当たった。

「私に絡んできた、あの時の男ですか?」


井上は我に返ったように、先の言葉を打ち消した。

「いやあ、ただの思い過ごしでしょう。どうにも場違ばちがいな男だったので、それと何か関係があるのかなと勘ぐってしまっただけです。なぜあんなところにいたのか、ちょっと気になっていたもんですからね」


「私には、九条家の縁者えんじゃだとか言ってましたが」

「九条家?」

良之助が聞き返した。


それはまさに、玄武館げんぶかんに「白旗書簡しろはたしょかん」の件でねじこんだ「やんごとなき」家柄の名だった。


「ええ。藤の定紋じょうもん羽二重はぶたえを着てた」


「『九条藤くじょうふじ』か…本物でしょうか」

山南は、何か考えるときのくせらしく、あごに手をやった。


「どうでもいいよ、そんなの。とにかく。約束だぜ、お琴さん」

宗次郎の声が、それぞれの思案しあんを断ち切った。

穴八幡あなはちまんですか?」

琴が小さく微笑ほほえんだ。

「だから、それはあんたが負けた時さ」

「その時は、わたしもおともしましょう」

山南が真面目な顔で、あごに指を触れたまま、琴の方を見た。


「あんたも?」

宗次郎が露骨ろこつに嫌な顔をした。

「ええ、これからも、時々お邪魔じゃましてよいでしょうか」

「山南さん…、それは歓迎かんげいだが」

島崎が困った顔で腕を組んだ。

沖田林太郎が、言いよどむ島崎を代弁した。

「あんたはなかなかの使い手だが、剣以外のことも少しは学んだほうがいいと思うぜ」

「…?もちろん、棒術ぼうじゅつ柔術じゅうじゅつの方も、御教授ごきょうじゅ頂きたい」

「そうじゃなくて、人生の機微きびってやつさ」


「メリケンの奴らにゃ、そんなもん通用しねえよ!」

良之助が、琴の腕を乱暴につかんで引き寄せた。


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